「JK時代は友達のおさがりを着てました。パパはポルシェ買ってるのに!」田原俊彦の娘(27)が明かす、意外すぎる幼少期

「JK時代は友達のおさがりを着てました。パパはポルシェ買ってるのに!」田原俊彦の娘(27)が明かす、意外すぎる幼少期

田原可南子さん

 親が“大物”や“スター”と呼ばれる芸能人やスポーツ選手の子供たち。?いわゆる“二世”は、どのような環境に身を置き、どのような思いを抱いて親を見つめ、?どのようにして自身の進むべき道を見出したのか??

 田原俊彦の長女で俳優の田原可南子(27)は、?自分が“トシちゃんの娘”であることを特に意識せずに幼少期を過ごしたという。?その一方で、豪華な家に住んでいるのにバイト漬けを余儀なくされた青春時代については?いまだに不条理なものを感じ続けている。?

 かつて、バラエティ番組で「(父が田原俊彦で)不幸かもしれないんですけど」と語っていた彼女に話を聞いた。 (前後編の前編/ 後編 を読む)

◆ ◆ ◆

■「このおじさん、誰?」「ジャニーさんだよ」

??自分の家が“芸能人の家”だと意識するようになったのは、いくつくらいからですか??

田原 小学校に入ってですね。家族揃ってリビングで晩ごはんを食べながら、よく歌番組を見ていたんですよ。懐メロのコーナーになると昔の父が出てくるので、目の前でご飯を食べている父とテレビの画面にいる父を見比べて「エッ? エッ?」みたいな感じになっていましたね。

 あと、家族総出で父のディナーショーを見るのが毎年の恒例行事になっていて、行くとファンの方々が「キャーッ!」と手を振るので「パパって、なんだか凄いんだなぁ」とは思っていました。?

??親の昔の写真が出てきて驚くみたいな場面は我々もありますけど、田原家ではテレビで若かりし頃のお父様の姿を見ていたという。?

田原 写真はほとんど飾ったりしていませんでしたね。唯一、和室に飾ってあったのが、レーガン大統領と一緒に写っている写真。大事そうに額縁に入れてあって、父、大統領と奥さん、その横に知らない男性が写っていて。小さい時に「このおじさん、誰?」と父に聞いたら「ジャニー(喜多川)さんだよ」って。?

??とてつもないシチュエーションの写真ですけど、他にお父様が芸能人だと窺わせるものは目につくところには置いていなかったのですね。?

田原 納戸にいろんなトロフィーがしまってありました。日本レコード大賞とか。そういうのを見つけると「なんなんだろう?」と気になりましたけど、やっぱりテレビにバーンと父の姿が流れるのが一番インパクトがありましたね。?

??家のなか以外で、ご自身が他の家の子供とは違う環境にいることを気づくきっかけになったものはありましたか??

田原 家が大きすぎるなと感じたことかな。私、小学校までは公立で、校庭を駆け回っているめちゃめちゃ普通のガキンチョだったんですよ。友達もいっぱいいて、いろんな子のおうちに遊びに行っていて。でも、遊んで家に帰ってくると「あれ? うちって大きいな。なんか変だな」と思っていましたね。?

??「田原俊彦の娘だ」みたいな視線も感じることなく。?

田原 田原俊彦の娘っていうふうに理解されてはいたと思うんです。だけど、誰も色眼鏡で私を見なかったし、私自身も変に意識をすることもなかったので、そういう視線を感じたことも、妙な空気が漂うなんてこともなかったです。?

??ジェネレーションの差もありそうですけどね。?

田原 そうかもしれないです。仲良しの子のおうちに遊びに行くと、その子のお母さんに「可南子ちゃんのパパは本当にかっこよかったのよ〜」って言われることがあって。でも、「ああ、そうなんだ。うれしいな」くらいの受け取り方でした。とにかく深く考えてなかったです。?

■周りのお父さんと比べると「違うな」と感じたこと

??やはり、“周りのお父さん”と比べると違うなと思うことはありましたか??

田原 幼稚園の時に、父の日参観があって父が来てくれたんです。クラスの子たちがそれぞれのお父さんに抱っこされている集合写真を撮ったんですけど、いまそれを見ると「あ、パパってカッコよかったんだな」とは思いますね。?

??いまのお話を聞くと、お父様は幼稚園や学校の行事には積極的に参加してくれたようですね。?

田原 運動会は来てくれました。ちっちゃいビデオカメラを回して一生懸命撮っていました。?

??トシちゃんが運動会なんて聞くと、僕ら世代はマッチ(近藤真彦)やヨッちゃん(野村義男)と出ていた『オールスター紅白大運動会』(1967〜1996年にかけてフジテレビ系列で放送)を思い浮かべてしまいますけど。?

田原 私のお父さんとしても、ちゃんと運動会に参加してくれていました(笑)。?

■「欲しいものがあるならアルバイトしなさい」

??お父様は、家に仕事を持ち込まないタイプだとおっしゃっていますが。?

田原 昔から、家では仕事の話はしないです。ドライブ中に新曲のオケを流して熱唱することはありましたけど。何度も何度も流しては歌いまくるので、「もう、やめて!」とか「うるさいよ!」とか文句を言っちゃってました(笑)。?

??お父様の教育方針は、厳しかったですか??

田原 小さな頃から、生活態度全般に関しては厳しかったですね。食事中は行儀を良くするとか、時間はちゃんと守るとか。あと、お金の面。

 お小遣いは友達と比べると圧倒的に少なかったし、誕生日以外になにか買ってくれるというのもそんなになかったし。欲しいものがあるなら自分でアルバイトして稼げって高校生の頃から言われて、ずっとバイトしていました。?

??アルバイトは、どういった業種で。?

田原 飲食業が多くて、初めてのバイトはハンバーガー屋さん。一番長くバイトしたのがカレー屋さん。ぜんぶ、家の近所のお店ですね。

 お嬢様ばかりの高校に通っていたので、周りの子は私からしたらありえないくらいの額のお小遣いをもらっていたんですよ。一緒に遊んでいても私だけついていけない感じになっちゃって、見かねた友達が「ウェンディーズ、ごちそうするね」っておごってくれたりして(笑)。?

■携帯料金は4000円まで…月の途中から「前略プロフ」が開けない

??ありがたいけど、つらいものがありますね。「ウッ……」となるというか。?

田原 なります、なります。帰宅部だったので、放課後みんなで途中下車して、お茶したりするのがお決まりのルーティンだったんですよ。そこで「私、帰るね」と言うと、“お金がないから”みたいなオーラがガンガン出ていたみたいで、「いいよ、いいよ。ジュース買ってあげる」「やったー!」って(笑)。?

??そこで甘えられるのはお人柄だと思います。恥ずかしくて、言い訳して帰る子もいるでしょうから。?

田原 私は完全に甘えちゃう派でした。お金がなくて買えないから、いつも同じ洋服を着ていたときも、洋服好きな子が「私にはちっちゃいからあげる」って紙袋にドカーンって入ったのをくれて。「これ、この前もらったやつだよ」とか言って、その子の前で平気で着ていました。

 甘えられるというか、あんまりプライドが高くないだけかもしれない。なんなんだろう。昔からそうでしたね。?

??高校生だと携帯電話の料金も、友達とうまくやっていくうえでは死活問題になりますよね。?

田原 携帯も毎月4000円くらいで止まっちゃう設定だったんですよ。当時はLINEとかないからメールでやりとりしていたんですけど、途中で上限を超えて携帯が止まっちゃってメールができなくなる。だから、家でパソコンから好きな子にメールしたりして(笑)。クラスのみんなは無制限の設定でやっているのに、私だけ今月はもう携帯が使えない、みたいな。?

??田原さんが女子高生の頃だとガラケー時代ですから、「前略プロフィール」なども全盛でしたよね。そういうのもなかなかできなかったわけですか。?

田原 前略プロフも作ったは作ったけど、月の途中から開けない、つぶやけない、みたいな。いま考えると、なんてかわいそうな子供だったの?って思うんですけど(笑)。ひどいですよね。父は自由に使っていたと思いますけど。まぁ、自分で稼いだお金なので当然なんですけど。?

??お父さんが愛車のポルシェを乗り回しているのを見ていると、ちょっと辛いですよね。?

田原 辛いですよ。なんで、自分はバンバン買っているのにって。そういえば、運転免許も自分でお金出して取りました。18歳になったらすぐに取ろうと思っていたけど、教習所って20万円とか30万円はいっちゃうじゃないですか。だから、ミスマガジンをやって貯めたお金で教習所に通いました。?

■苦労した分、「自分で頑張れよ」という気持ちが強い父

??家はすごく大きくて立派だけど、そこに住んでいる娘の生活は苦しいというか。貧乏じゃないのを知っているだけに、不条理ではありますよね。?

田原 謎でした。「これ(家)、狭くしていいからお小遣い増やして」って本気で思っていた時もありましたね。同級生も我が家がお小遣いに厳しいのは知っていたけど、なぜなのか理解できなくて「カナちゃん家(ち)って、なんでそうなの?」とかよく聞かれました。

 中学、高校、大学と私立の高い学費の学校に通わせてもらったので、そこはもちろん感謝はしていますけど。?

??お父様が子供の頃に苦労されていたからですかね? 小学校に入ってすぐに父親を亡くされて、生活が大変だったとおっしゃっていますから。?

田原 たぶん、そうです。母子家庭ですごく貧しかったみたいで、「プレハブ小屋に住んでた」とか話していました。きょうだいも姉ふたり、妹ひとりで自分以外すべて女だったから、「自分が頑張らなきゃ」みたいな気持ちがものすごくあったみたいです。

 20歳でおばあちゃんに一軒家を買ってあげたりしたのも、その気持ちがあったからだと思います。私に対しても「自分で頑張れよ」というのが強くて、仕事でも、お小遣いでも、あらゆる面でそれを感じるんですよね。?

??当時の苦労話とかはちょいちょい聞かされる感じなんですか??

田原 ちょいちょい。でも、ピンとこないものが多いんですよ。こないだ、「俺が初めて飼った犬は拾った犬だ」「段ボールに入れられていたチャコだ」と言い出して。こっちとしては犬を拾うという経験がないから「それ、ほんと?」ってなって。でも、頑張ってきたんだろうなって。?

??その経済観念や金銭感覚というのは、可南子さんのなかでうまく活かされていますか。?

田原 いや、反動で浪費家になっちゃった気がする。私に子供ができることがあったら、それなりに自由にさせるぐらいはあげたほうがいいのかなって思っています。これは、お小遣いの辛い体験があったからこその思いですね。?

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撮影=橋本篤/文藝春秋

「パパはアイドルとして一生を遂げようとしてるけど」還暦・田原俊彦の娘(27)が明かす“父との本当の距離” へ続く

(平田 裕介)

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