「こんばんは、徳川家康です」大河ドラマ『青天を衝け』に“型破りな語り部”が出るのはなぜ?

「こんばんは、徳川家康です」大河ドラマ『青天を衝け』に“型破りな語り部”が出るのはなぜ?

吉沢亮 ©時事通信社

 NHKの大河ドラマ『青天を衝け』のきょう放送の第23回では、主人公の渋沢栄一(吉沢亮)が幕府使節団の一員として渡欧しているあいだに、幕末のクライマックスとなる大政奉還が描かれる。予告編では、草g剛演じる徳川15代将軍・慶喜が「政権を……帝(みかど)に返上する」と告げるカットに、北大路欣也演じる初代将軍・家康が感慨深げに目をつぶる姿が挿入されていた。

 北大路扮する家康は、今年2月に『青天を衝け』がスタートしたときから折に触れて劇中に現れ、時空を超えて幕末・維新について解説するユニークな役割を担う。毎回登場する際のあいさつ「こんばんは、徳川家康です」は、視聴者にはすっかりおなじみとなり、たまに出てこなかったりするとSNSで騒がれるほどだ。家康が語る後ろでは、パフォーマンス集団「カンパニーデラシネラ」のメンバーが、パネルなど小道具を自在に操ってパントマイムを披露し、解説に彩りを添えている。 

 家康を解説役に据えるアイデアは、脚本の大森美香によるもので、当初はスーツ姿で登場させる予定であった。それが配役が北大路に決まると、彼が大河『江〜姫たちの戦国〜』(2011年)などテレビで何度も家康を演じてきたことを踏まえ、和装に変更されたという。

■『八代将軍吉宗』の“案内役”は…

 幕末・維新を舞台にしたドラマに家康が登場するとは、いかにも型破りだ。ただ、こうした役どころは過去の大河ドラマにも例がある。たとえば、西田敏行が徳川吉宗を演じた『八代将軍吉宗』(1995年)では、吉宗と同時代を生きた浄瑠璃・歌舞伎作者の近松門左衛門に江守徹が扮してドラマの案内役を務めた。このアイデアは、脚本のジェームス三木がドラマの語り口をどうするか考えるなかで生まれたという。従来どおりナレーターが陰で解説するのは、ありきたりで新鮮味がない。では、登場人物の誰かが語り部を兼ねるのはどうか。そこで目をつけたのが近松だった。

 近松は初回のオープニングからさっそく登場すると、「昨今は心中ものを多く手がけたせいか幕府のお役人衆ににらまれ、難儀をしております」とぼやく。だが、これにへこたれる近松ではない。「天下定まり、太平の世とは申せ、人の心に住み着く煩悩はいかんともしがたし。これはお上も下々もご同様。さればでござる。こたびは将軍家にまつわる内々の話を筆の走るがままに書き連ね、頭の固いお役人衆に一泡吹かせようと、かように存じております」と、反骨精神をもって時の体制の内幕へと斬り込んでいく。

 吉宗より30歳ほど上の近松は、ドラマの途中で亡くなるのだが、死後もあの世から亡霊となって舞い戻り、最終回まで語り部を務めることになった。「さればでござる」が決まり文句のその名調子も功を奏してか、それまで何作か苦戦が続いていた大河にあって、最高31.4%、平均26.4%と久々に高視聴率を記録する。

■《少しふざけ過ぎたかも知れないと反省》

 近松で成功したのに味をしめたジェームス三木は、再び手がけた大河『葵 徳川三代』(2000年)でも、語り手に中村梅雀演じる水戸(徳川)光圀(水戸黄門)を据え、その家来として佐々介三郎と安積覚兵衛も登場させた。時代劇『水戸黄門』における助さん・格さんのモデルだが、このドラマでは史実に合わせ、光圀の始めた史書『大日本史』の編纂事業に従事する役回りだ。それぞれ浅利香津代、鷲尾真知子と女優をキャスティングしたのも異色だった。

 劇中の光圀は『大日本史』を編纂するにあたり、“正しい歴史”を追究するため、身内である家康・秀忠・家光の徳川三代(演じたのはそれぞれ津川雅彦・西田敏行・二代目尾上辰之助=現・四代目尾上松緑)にも遠慮することなく客観的な視点を心がける。その点は『八代将軍吉宗』の近松門左衛門と同じだ。

『大日本史』の編纂が始まるのは、徳川三代が全員亡くなったあと、1657年からだが、光圀はときおり過去にワープして解説するなどの遊びも見られた。極めつきは最終回で、光圀が白ひげに頭巾と羽織をまとったおなじみの“水戸黄門”の出で立ちで現れたかと思えば、諸国漫遊に出かけると言い出す。それは史実ではないと介三郎と覚兵衛が必死に止めるのだが、光圀は印籠を突き出し、葵の紋がアップになったところでドラマは幕を閉じた。最後までサービスたっぷりであったが、ジェームスは《少しふざけ過ぎたかも知れないと反省している》と後年記している(『片道の人生』)。

■主人公と対立する相手を語り部に

『八代将軍吉宗』も『葵 徳川三代』も、主人公と対立する相手を語り部に据えることで、とかく英雄として描かれがちな歴史上の人物を、既存の固定されたイメージにとらわれず相対的に描き出そうという姿勢がうかがえる。これはその後の大河ドラマ『龍馬伝』(2010年)で岩崎弥太郎(香川照之)、『平清盛』(2012年)では源頼朝(岡田将生)を語り手にしたことなどにもつながっているように思われる。

 大河ドラマにおけるユニークな語り手といえば、一昨年放送の『いだてん〜東京オリムピック噺〜』で、日本の五輪初参加から1964年の東京五輪の開催までを語らせるのに、オリンピックとは無縁のはずの落語家の古今亭志ん生を持ってきたのも忘れがたい。青年期〜壮年期を森山未來、老年期をビートたけしが演じた志ん生は、語り手というだけでなく、物語の鍵も握り、狂言回しと呼ぶにふさわしい活躍を見せた。

 大河ドラマは、可能なかぎり史実をベースにしている点で、一般的な時代劇とは一線を画す。それだけに、登場人物や時代背景の解説には昔から力を入れてきた。そこで思い出されるのは、『独眼竜政宗』(1987年)のオープニングタイトルの前、いわゆるアバンタイトルでの解説コーナーだ。

 その回に出てくる事件や人物にまつわる解説が2分足らずでまとめられているのだが、その切り口が毎回ユニークだった。第4回では、天下人である秀吉・家康と政宗の年齢差は、現代のプロ野球界に置き換えると、長嶋茂雄と王貞治、そして放送の前年にデビューしたばかりだった清原和博の年齢差とほぼ同じだと説明した上、自身も天下を狙っていた政宗の「せめて20年早く生まれていたら」との言葉を紹介している。

■視聴者の度肝を抜いたオープニング

 あるいは、放送日がちょうど政宗の命日(5月24日)と重なった第21回では、その日、仙台で行われた遠年忌法要をアナウンサーがレポートし、ほぼニュースの様相を呈した。このほか、劇中に出てくる場所や、あるいはその場面の登場しない本能寺や関ケ原についても、それぞれ現在の風景を映しながら紹介する回もあった。こうしたドラマゆかりの地をたどる趣向は、その後、『太平記』(1991年)より番組終わりの1コーナーに引き継がれ、現在も続いている。

『独眼竜政宗』はジェームス三木が初めて手がけた大河ドラマである。第1回のアバンタイトルでは、1974年に政宗の墓を改葬するにあたって遺骨が発掘されたときの映像が流れたのに続き、政宗の頭蓋骨がアップで映し出され、当時小学生だった筆者は衝撃を受けたのを思い出す。そこには、《新しい大河ドラマは、綺麗ごとではなく、どろどろした人物の内面を、あからさまに絞り出そう》というジェームスの決意が込められていたという(『片道の人生』)。

 視聴者の度肝を抜いた大河の初回オープニングといえば、第3作にあたる『太閤記』(1965年)では前年に開業してまもない東海道新幹線が登場し、NHKの局内で「報道映像が誤って流れたのか」と大騒ぎになったという(残念ながら、このときの映像は現存しないが)。これは、新幹線が名古屋駅に到着したところで、一気に戦国時代の尾張へと飛び、緒形拳扮する少年時代の豊臣秀吉が登場するという演出であった。

『太閤記』のディレクターの吉田直哉はそれまでドキュメンタリーを撮ってきた経験から、大河でも「過去と現代の対話」をテーマに打ち出し、初回から思い切った冒険に出たのである。吉田はその後も、翌年に担当した『源義経』を含め、ことあるごとにドラマを中断しては「その場所はいま……」を描くシーンを挿入した。その際、古戦場はいまや宅地造成により巨大団地に変わりつつあるなどといった説明を入れたので、「社会科ドラマ」の異名をとるほどであったという。

■大河ドラマにおける「過去と現代の対話」

 歴代の大河で印象深いオープニングといえば、『獅子の時代』(1980年)で、1867年にパリ万国博覧会に出展した幕府使節団の一行が現代のパリ・リヨン駅に現れたシーンも思い出される。この使節団に若き日の渋沢栄一も随行していたことは、いままさに『青天を衝け』で描かれているところだ。

 菅原文太と加藤剛が主演した『獅子の時代』では、2人の演じる会津と薩摩の藩士(いずれも架空の人物)がパリで知り合うことから、現地ロケが大々的に行われた。『青天を衝け』でも当初は日本からスタッフとキャストがフランスに渡って撮影する予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大防止のためとりやめとなる。しかし、劇中にはどうしてもフランスの風景が必要だった。そこで、フランスと日本でそれぞれキャストを撮り(フランスでは背景もあわせて撮影)、あとから合成するという手法がとられた。先週放送の第22回でいえば、将軍慶喜の名代・徳川昭武(板垣李光人)がナポレオン3世に謁見するシーンなどがそうやって撮られたというのだが、まったく違和感を抱かせないところに技術の発達だけでなくスタッフの熱意を感じる。

 栄一たちがヨーロッパにいるあいだに、先述のとおり日本では大政奉還、さらには明治維新と時代が大きく動いていく。そのタイミングで『青天を衝け』はいったん今週で中断、次の第24回まで3週間(7月25日・8月1日・8日)、東京オリンピック中継のため放送休止となる。再開したあと、果たして家康は近代化していく日本の姿を、いかに現代の私たちに向けて伝えるのだろうか。大河ドラマにおける「過去と現代の対話」はいまなお続いている。

【参考文献】
『NHK大河ドラマ・ガイド 青天を衝け 後編』(NHK出版、2021年)
ジェームス三木『片道の人生』(新日本出版社、2016年)
吉田直哉『映像とは何だろうか――テレビ制作者の挑戦』(岩波新書、2003年)
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(近藤 正高)

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