「照ノ富士は今場所に全てを懸けていました」“元安美錦”安治川親方の7月場所総評

「照ノ富士は今場所に全てを懸けていました」“元安美錦”安治川親方の7月場所総評

元安美錦(安治川親方) ©文藝春秋

 梅雨が明け、暑さが厳しさを増す名古屋。

 これほどまでに暑かったかと、肌で感じる名古屋。

 先場所に続き、私「安治川」が今場所も書かせていただきます。

■2年ぶりの名古屋場所!

 これまでコロナの影響で地方場所はすべて「東京開催」。昨年3月春場所以来の地方場所、2年ぶりの名古屋場所になります。事前に相撲協会全員のPCR検査を実施し、ワクチン接種を行っての名古屋入りとなりました。名古屋入りしてからも、外出制限や行動制限に努め、厳戒態勢で本場所を迎えました。ですから、美味しい「名古屋めし」との再会は果たせておりません。

「ひつまぶし」「味噌カツ」「天むす」など、残念ながらお店で食べることは我慢していました。

 想像しただけでお腹が鳴り出したので、「名古屋めし」のお話は一旦置いておき、相撲の話に戻りましょう。

■場所前の照ノ富士は……

 今場所の注目は、先場所優勝した大関照ノ富士の「綱取り」に、先場所は優勝決定戦で敗れはしたものの、成績次第では横綱の可能性もあった大関貴景勝。6場所連続休場から進退をかけて土俵に立つ横綱白鵬。2場所連続10勝で大関復帰に挑戦する関脇の高安。新小結の若手成長株である若隆景と明生や、21場所振りに幕内の土俵に戻ってきた宇良などなど、話題はたくさんありました。

 感染予防のため出稽古がなく、他の部屋の力士の稽古内容の情報が入ってこないため、仕上がり状態については分かりませんでしたが、同部屋の照ノ富士の場所前の様子を少しだけ。

 照ノ富士は5月場所が終わると、すぐに治療に専念していました。両膝、肩、肘に痛みがあり、15日間戦い続けた負担が一気に出ていたのです。私も現役中は15日間終わると膝以外にもあらゆるところが痛み、おまけに熱をよく出し、場所休み(本場所が終わった後の1週間の休み)が寝込んで終わる事もよくありました。それぐらい力士の15日間はハードなのです。

■今場所に全てを懸けていた

 照ノ富士は、治療しながらもトレーニングを続け、番付発表の前から相撲をとる稽古を開始していました。四股やすり足など基本の稽古に時間をかけて、毎日泥にまみれて稽古をしていました。その姿には鬼気迫るものがあり、やり過ぎじゃないのか? とこちらが心配になるぐらい。稽古後はしっかりケアをし、それ以外は相撲の映像を繰り返し観て、「相撲の事ばかり考えている」と言っていたものです。

 今場所に全てを懸けていました。

 しっかり稽古し、しっかりケアをする。そしてまた稽古する。その繰り返しで非常にいい状態で場所を迎えました。

 さっそく「各関取との熱戦を期待しましょう」と言いたいところですが、早々に関脇高安が腰を痛めて休場。兄弟子にあたる元稀勢の里の荒磯親方と、稽古をみっちりしていたと聞き、期待していただけにとても残念。今場所後に荒磯部屋を起こして独立する為、兄弟子との最後の稽古になるからこそ、高安は気持ちが入り過ぎたのかなぁ。3日目から出場してきましたが、ちょっと悔やまれます。

■白鵬の“瞬間的反応”はまだ健在

 それでは、仕切り直して参りましょうか。

 初日に照ノ富士は先場所で負けている遠藤との一番。綱取りのかかった初日に、冷静にどっしりと構えた取り口で危なげなく勝利。やれる事はやってきたからこそ出せる冷静さでしょう。元ヤンキースの松井秀喜選手が、バッターボックスでどっしり構えている姿を脳裏に浮かべてしまいました(笑)。

 貴景勝も、大栄翔に自分のリズムと厳しい攻めで勝利。調子が良い力士は、観ていて動きにリズムを感じるものです。

 進退をかけ、久しぶりの土俵に立った白鵬は、成長著しい明生との一番。右膝の状態を踏まえ、いつもは左足から踏み込む白鵬ですが、右足から踏み込み、がっぷり組み合う。立ち合い一歩目の足を変えるのはなかなか難しい。というより、体に染みこんでいるがため違和感が生じるのです。私は右膝の怪我をした次の場所、膝の負担を考え、もともと立ち合いは左足からいくところを痛めた右足を前に出すように変えました。たとえてみれば普段は右手で字を書くのを、左手で書くような感じです。違和感がありますよね。

 相撲に話を戻すと、明生が前に攻めて白鵬は防戦一方。土俵際、投げの打ち合いで同時に落ちていきましたが、執念で白鵬の勝ち。この微妙な一番をしっかり勝ち取る白鵬の瞬間的反応は、まだ健在でした。

■横綱への「挑戦」から「攻略」へ

 白鵬、照ノ富士、貴景勝の3人を中心に場所が進んでいくと思った矢先、貴景勝が頸椎を痛めて休場。頭から当たっていくだけに、とても心配です。まずはしっかり治療に専念してほしいものです。

 優勝争いは早々に白鵬と照ノ富士に絞られました。

 横綱戦を見ていると、横綱に対しての若手の向かい方が少し変わってきたように感じています。たとえば初日に白鵬に当たった明生は、負けて悔しさを滲ませていました。7日目に横綱と対戦した翔猿は、立ち合いに距離を取り、なんとか突破口を見出そうとしていました。

 横綱戦は「自分の今持っている力を全部出そう」とし、勝敗は二の次。「横綱に自分の力がどこまで通じるか」が目標になり、それで勝てれば自信になりますが、負けても「まだまだ通用しないか……」と納得してしまうもの。

 私もそうでしたが「倒しにいくぞ!」という姿勢になるまで結構な時間がかかったものです。ですが、「倒そう!」という気持ちで臨んでいく力士の取組は、これはこれで面白い。横綱への「挑戦」から「攻略」へ――。

 どんどんと向かっていってほしいものです。

■14連勝同士の対決

 迎え撃つ白鵬は、本来の相撲ではないものの、勝利を重ねていく。関脇高安、大関正代に対しては、とにかく勝ちにいきました。色々な意見が上がっていますが、勝ちへの執念は凄まじく、14連勝としました。

 一方、照ノ富士も先場所以上に厳しい相撲で相手に相撲をとらせず、万全に勝ち星を重ねて14連勝。ほぼ横綱昇進を手中に収め、残すは全勝優勝だけ。いい緊張感を保ち、穏やかに決戦の日、千秋楽を迎えました。

 土俵上の厳しい表情とは打って変わった穏やかな表情を見たい方は、 私のTwitter を是非ご覧下さい(笑)。

 誰がこの2人を倒すのかと期待していたのですが、誰もが倒せずに、ついに千秋楽全勝対決。

 さあ、いざ決戦。

 白鵬が横綱の意地を見せるのか、はたまた照ノ富士が横綱になるために超えていくのか。

■気迫と気迫のぶつかり合い

 結果は、白鵬が勝って全勝優勝。

 相撲内容についてはとやかく言いませんが、気迫と気迫のぶつかり合いは凄かった。

 お互いのこの相撲にかける想いが出た一番となりました。

 絶対負けない、勝つ! という気持ちの部分は、上位にいる力士、これから上を目指そうとする力士の心に、熱いものを投げ込んだのではないでしょうか。何も感じないようであればそれまでだ(あくまで相撲内容は置いといて……)。

 照ノ富士は優勝こそ逃し、残念ではありましたが14勝1敗で名古屋場所を終えました。

 横綱となるに相応しい成績と相撲内容でした。

 来場所は横綱としてどんな相撲をとるのか、どんな稽古を積んでいくのか、今から楽しみでならないのです。近くで見させていただきますね。

 三賞は敢闘賞に琴ノ若、技能賞に豊昇龍と若手が活躍しました。

 豊昇龍は押されなくなり、攻め込めるようになってきました。来場所、上位との取り組みは楽しみです。叔父さん(朝青龍)のような気迫で白鵬に向かっていってほしいもの。

 琴ノ若は祖父、父と親子三代で三賞ということになります。プレッシャーもあるだろうが、それを感じさせない余裕を感じるのです。同部屋の琴勝峰と一生懸命に稽古を重ねてほしいものです。

■2人の横綱を誰が破るのか

 再入幕の宇良は10勝で館内を大いに沸かせました。明生を相手にまわしを力強く引きつけ寄り切った一番は、本人も自信になったでしょう。この相撲を武器に、動きの良さだけではない「ニュー宇良」を期待したいところ。たった1回でも本場所で出せた相撲が自信になり、形になっていくことがあるものです。私は大関初挑戦の対武双山(現藤島親方)戦での出し投げが自信となり、引退するまでの私を支えた武器となりました。

 来場所の宇良に是非とも注目です。

 新小結の若隆景も、負けは込んでしまったものの、今後は上位で通用すると感じているだろうと思います。

 来場所は横綱が2人になりますね。

 その横綱を誰が破るのか、楽しみに待とうではないですか。

 私が引退した2年前の名古屋場所も暑かったのですが、今年も変わらず名古屋は暑かった。暑さに負けぬよう、ひつまぶしの出前で栄養をつけて、この名古屋場所を締めたいと思います。(元安美錦 安治川)

(元安美錦(安治川親方))

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