「後半は絶対に巻き返す」中日・京田陽太が二軍生活で得た“初めての感情”

「後半は絶対に巻き返す」中日・京田陽太が二軍生活で得た“初めての感情”

京田陽太

 京田陽太は初めて二軍に落ちた。

「少し前からスタメンを外れていたので、まずいなと思っていたのですが、いざ抹消を告げられた時はめちゃくちゃ悔しかったです」

 5月27日。バンテリンドームナゴヤの中日対ソフトバンク3回戦が終わった後、各選手は翌日からの札幌遠征のため、ロッカールームで慌ただしく荷物を整理していた。二軍行きを宣告された選手は首脳陣、チームメイト、裏方に挨拶をするのが慣例。京田も「明日からファームです」と頭を下げて回った。選手会長の降格に驚く者、励ます者、あえて明るく接する者がいたが、心ここにあらずの京田は誰に何を言われたか、ほとんど記憶がない。しかし、2人の言葉は今でも鮮明に覚えている。

「お前のことをみんなが見ている。練習の取り組み方、練習以外の立ち居振る舞い。全部だ。しっかりやれよ」

 福留孝介だった。

「試合中は必ず仁村(徹)さんの横にいろ」

 約束を交わしたのは荒木雅博コーチだった。

 若手、ベテラン、怪我人。二軍には様々な選手がいる。背番号1は彼らの視線を感じながら、暑いナゴヤ球場で必死に白球を追った。そして、約束も守った。

■仁村監督が伝授したシンプルな解決策

「びっくりです。(仁村監督の)言うことが当たるんです。例えば、相手バッテリーの配球。『次はこの球だ』と予想すると、本当にそのボールが来る。あと、石垣(雅海)が打席の時にスイングや見逃し方を見て、『こっちにゴロを打つぞ』と言ったら、その通りになりました。生で解説を聞いている感覚です。理由もすごくシンプルでした」

 シンプル。これが学びのキーワードだ。当然、仁村監督は京田の打撃も解説した。明解な分析がスッと頭に入った。今ではすっかり自分の悪癖を言葉にできる。

「僕のバッティングがダメな最大の原因は『結果を求めて当てようとすること』です。すると、左肩が出る。前に突っ込む。体は開く。最終的にはへっぴり腰になる。僕の三振の典型的な形です。バットの軌道も上から叩く感じになるので、ボールとの接点が少なくなる。確率は悪いに決まっています」

 京田は多くの修正点を列挙したが、これらを全て意識すると、逆にパニックになりそうだ。しかし、仁村監督はシンプルな解決策を伝授した。それは「飛ばす」だった。

「バッティング練習ではセンターから右中間に全球ホームランを打ちなさいと。飛ばすためにはバットの軌道をアッパー気味に変え、前を大きく振らないといけません。すると、左肩は自然と残る。体は突っ込まないし、開かない。結果、へっぴり腰にもなりません。しっかりフルスイングできるようになりました」

 全体練習が終わった後は室内練習場にこもり、一心不乱に飛ばしまくった。課題は徐々に改善されていく。ただ、試合では状況に応じた打撃が求められる。また、当てに行くのか。仁村監督は京田に一言送った。

「配球の後追いをするなと言われました。狙い球をこれと決めたら、三振してもいいから、思い切り振って来いと。僕はあれこれ考えてしまうタイプだったんです」

 一軍は戦場。試合前にはスコアラーから緻密なデータが届く。まずは入り球、カウント球、決め球をインプットする。得点圏かどうか、前打席で打ったかどうか、初球を振ったかどうかで配球が変わる可能性もある。頭は常にフル回転。プロに入って5年間、京田は足し算ばかりしていた。

「初めて引くこと、消すことをしました」

 練習では球を飛ばす。試合では球を決める。これのみ。初めての引き算でシンプルな答えに行き着いた。

■二軍で得た新しい刺激と初めての感情

 さらに二軍では刺激も加わった。

「藤井(淳志)さん、大野(奨太)さん、遠藤(一星)さんの姿です。ベテランの皆さんほど練習しますし、ベンチで大きな声を出している。僕ももっと頑張らないといけないなと思いました」

 6月6日。ナゴヤ球場のウエスタンリーグ中日対阪神11回戦。13対3と10点ビハインドの9回表。すでに京田はベンチに退いていた。勝敗が決した炎天下の無観客試合。6番手のルーキー上田洸太朗が無失点で抑えると、京田は「ナイスピッチ! ここから!」と真っ先にベンチを飛び出し、手を叩いて出迎えた。「若い選手が守っていましたし、あの時に僕ができることがそれでした」と振り返る。ベテランに加え、才能に満ち溢れる若者の存在も大きかった。

「フリーバッティングはずっと(石川)昂弥と同じ組でした。僕がいくら飛ばす意識で打っても、昂弥にはかなわない。打球音、角度、飛距離、全て別格です。あれで高卒2年目なんてあり得ないですよ」

 朝は早く、環境は劣る。メディアの扱いは小さく、活躍しても一銭にもならない。それが二軍だ。しかし、京田は全く苦にならなかった。情報を断捨離し、シンプルな意識で課題に向き合い、真摯なベテラン、必死な若手、懸命な怪我人に刺激を受け、体の芯から汗をかく。プロ入り後、京田に初めての感情が湧いてきた。

「野球が……楽しかったです」

 6月29日に一軍登録。そして、7月14日。マツダスタジアムの広島対中日14回戦の第4打席。前半戦の最終打席で今までにない手応えがあった。

「森下(暢仁)のインコースの厳しいカットボールでした。うまく左肩が残って、バットの面を使って、反応でセンター前に返せたんです。今までなら、へっぴり腰で凡退していたと思います」

 今はオリンピックでシーズンが中断している。これも初だ。

「やってきたことを継続します。ファームの1か月は野球が楽しかったですが、本当に心から楽しかったと言えるのは1年間通して結果を出してからだと思います。前半はピッチャーが頑張っていたのに、たくさん足を引っ張りました。後半は絶対に巻き返します」

 次はどんな初めてが待っているのか。戦いの再開までしばらく牙を研ぐ。

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(若狭 敬一)

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