「お年玉は父のギャンブルに使われた」「野球を見て新聞に◯×を…」貴闘力の息子が語る、カオスすぎた家族の日常

「お年玉は父のギャンブルに使われた」「野球を見て新聞に◯×を…」貴闘力の息子が語る、カオスすぎた家族の日常

納谷幸男さん

 親が“大物”“スター”と呼ばれる、芸能人やアスリート、アーティストの子供たち。いわゆる“二世”である彼らは、どのような環境に身を置き、どのような思いを抱いて親を見つめ、どのようにして自身の進むべき道を見出したのか??

 祖父が大鵬、父が貴闘力であるプロレスラーの納谷幸男(26)は、名力士の血筋を受け継ぎながらも相撲がどうしても好きになれなかったという。息子に強い期待を寄せる父親から与えられたのは、“力士になれ”という選択肢のみ。?

「親父と同じことはしたくない」という想いを抱いて2017年にリング・デビューを果たし、現在はDDTプロレスリングの若きエースとして活躍する彼に話を聞いた。?

◆ ◆ ◆

■幼い頃から、朝の稽古に引きずられて行かれ……

ーーいくつくらいで、自分の家庭が他とは違うなと感じましたか。?

納谷幸男(以下、納谷)小学校の1年か2年ですね。授業参観や運動会におじいちゃんとか親父が来ると、ザワつくんですよね。親父は髷(まげ)を結ってたので、お相撲さんなのは一目瞭然でしたから。?

ーーおじいさまとお父様が親方を務めていた大嶽部屋(旧・大鵬部屋)の存在を、地元で知らない人なんていないでしょうしね。地元の名士が学校にやってくるわけですから。?

納谷 おじいちゃんはそんな感じでしたけど、親父はそうでもなかった(笑)。ただ、ザワつくのは大鵬を知っている、同級生のお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん。そういうのがあっても、漠然と「おじいちゃんって、なんだか凄いんだなぁ」と思う程度で。?

ーー生まれた時の体重が4400グラムで、小学6年生で身長が180センチあったとお聞きしていますが、子どもの頃はどういうタイプでしたか。?

納谷 昔から身長は高かったですね。幼稚園でも小学校でもクラスで整列する時は、常に一番後ろって感じで。“デカくて面白い奴”みたいな扱いで人気はあったのかな。一方で、親父からの「デカいから相撲やらせたら凄いぞ」という期待とプレッシャーは感じてました。?

ーー幼稚園に入った頃には、お父様に土俵へ引っ張り上げられていたそうですね。?

納谷 相撲は取らなかったけど、無理矢理まわしも着けられて、お弟子さんと一緒に四股を踏まされたり、ぶつかり稽古をさせられたり。?嫌でしかたがなかったです。元々、相撲自体が好きじゃなくて、根底に「なんで相撲をやらなきゃいけないの?」ってのがあったんですよ。

 小学生になったくらいから、他の子はサッカーやったりとか、野球やったりとかって選択肢があるけど、うちには相撲しかない。選択肢を与えてもらえなかった。朝起こされて「四股を踏め」というのが相撲の原体験というかスタートになってますから、好きになれっこないです。?

ーーサッカーやってみたいとか、お父様に言ってみたことは??

納谷 言わなかったです。というより、言えなかったです(笑)。小学校の作文で将来の夢とか書かされるじゃないですか。毎年「力士になりたい」って書いてました。そう書けば親父は喜ぶし、怒られないし、波風立たないと思って。?

ーー朝の強制稽古では、お父様に「頭からゴミ箱に突っ込まれた」ことがあったと仰っていますよね。?

納谷 稽古場に連れて行かれるから、必死で逃げるんですよね。それを親父に捕まえられて、引きずられて連れて行かれる。「行きたくない」と暴れまくったら、ゴミ箱に放り込まれたことも。さすがにあんまりな場合は、隣に住んでるおじいちゃんのところへ逃げてました。?

ーー朝の稽古は毎日ですか??

納谷 主に休みの日です。ただ、それも親父の気分次第なんですよ。やらされるのは、大体が機嫌の悪い時(笑)。でも、地方場所と巡業で半年は家にいないんですよ。親父がいない時は、相撲の“す”の字もないので楽しかったですね。?

■お年玉はすべて父のギャンブルに使われた

ーー周囲から裕福そうに見られていたけど、そんなことはなかったと仰っていましたが。?

納谷 まぁ、周りと比べたら若干は余裕があったほうかもしれないですけど、他の相撲部屋の同年代の子たちと比べたら全然だったと思います。お小遣いの額も同級生と同じくらいだったし、お年玉はいっぱいもらうんですけど、親に預けていましたから。まぁ、それも結局はすべて親父のギャンブルに使われていたらしいですけど(笑)。?

ーー納谷さんがもらったお年玉をギャンブルに使ってしまうのは、なかなかの状況ですよね。?

納谷 思い返すと、親父は四六時中ギャンブルやってました。ボートレースやオートレースも全部やっていたと思います。パチンコとスロットは「機械を信用してない」とか言って、やってませんでしたけど(笑)。?

 少学生の頃、親父と僕は同じ寝室で寝ていたんですよ。そこで競馬と野球の中継をずーっと見て、新聞に○×を付けていて。子供の頃はなんとも思わなかったですけど、だんだんと「あっ、そういうこと」かって。?

■苦手だった相撲の上下関係

ーーお父様の強い希望で、12歳で相撲強豪校である鳥取市立西中学校に“相撲留学”することになります。まだ12歳、しかもひとりで鳥取というのは心が折れますよね。?

納谷 無理矢理でしたからね。小学4年生の夏休みにも“相撲合宿”みたいので鳥取市立西中学校には行ってはいるんです。同年代や少し上のやる気満々の子が集まって、みっちり相撲をやるんですけど、その時も「無理だな」と。僕、相撲独特の上下関係がダメで。??

 さすがにいまはやってないでしょうけど、当時はいろいろ目にしました。こんなのが当たり前の世界はおかしいと思って、絶対にいたくないと思うようになったんです。上下関係は大事ですけど、それとこれとは違うなって。小4の相撲合宿でも、それまで僕自身は先輩や後輩なんて経験したことがないのに、いきなりそういうのに直面しちゃって。?

ーーその苦さを覚えているゆえに、12歳で鳥取に行かされるのはヘビーですね。?

納谷 めちゃくちゃ反抗しました。泣いて「やめて」と親父に頼みましたけど、問答無用で鳥取に飛ばされましたね。寮に入ったんですが、寮には20歳くらいのモンゴル人の先輩が住んでるほかは、1年、2年、3年と中学生だけ。僕を入れて、6人とか7人くらいでした。

 寮自体の規則はゆるかったんですけど、そこでは中3が「頂点」なので、掃除のやり方がなってないとか、けっこう怒られましたね。はなから相撲は嫌いで、寮もそんな感じで「ほんと、無理」って。?

ーー2ヶ月で鳥取市立西中学校をやめて、地元の中学校に通うわけですが、お父様に直談判されたのですか??

納谷 ゴールデンウィークに一瞬だけ実家に帰れたので、そこがチャンスだと考えて、おじいちゃんに「無理」と訴えたらわかってくれて。おじいちゃんと親父が激しく言い合いした末に、東京に戻って地元の中学に通うことになりました。おじいちゃんは、どこかで僕に相撲をやってほしかったとは思うんですけど、「相撲をやれ」とは言わなかったですね。?

 東京に戻ってからは、ちょっとグレました。不良になって悪さをしたとかじゃなくて、鳥取の件も含めて、いままでの反動で親父の言うことを聞かないとか無視するとか。相撲も一切やらないし、帰宅部で、友だちと遊びまくってたし。?

■「あ、俺このままじゃいけない」と

ーーでも、高校はやはり相撲強豪校である埼玉栄高校に通うわけですが……。?

納谷 親父から「行け」と言われたんじゃないんです。栄高校相撲部の山田(道紀)監督が、毎月のように家にいらして「うちに来てほしい」と頭を下げられるんですよ。相撲はやりたくなかったけど、監督の熱意にほだされたというか。?

ーー自分の進むべき道が定まっていないから、そちらに流されてしまうみたいな面も。?

納谷 ありましたね。だけど、相撲部ではほんとに最初だけ練習に出て、あとは籍を入れているだけ。そのあたりから、「あ、俺このままじゃいけない」と思って。

 それまで自分で「これやりたい」というものがなかったから、自分の意思で何かしようと、高2でキックボクシングを始めたんです。親父がキックボクサーの藤原(敏男)先生と仲が良かったので、その繋がりで先生のジムに通うようになりました。?

■家の周りを記者が取り囲んでいて、ピンときた

ーーこの少し前ですよね。お父様の野球賭博が発覚するのは。?

納谷 中3から高1にかけてですね。報道が出る前に、家の周りに記者の人たちがズラーッといるので、「あ、悪いことが起きたな」って、ピンときました。前にも、部屋に関連する不祥事があると記者が来ていたので「ああ、またか」という感じ。?

ーーお父様に対しての失望や怒りは??

納谷 いや、正直、そういう感情すら残ってなかったです。当時は野球賭博の存在は知らなかったけど、競馬にめちゃくちゃハマっていたことも、親父が家の金を使い込んで母親が苦労していることも知っていたので。?

■疎遠になった父と、再び会話するようになったワケ

ーーそんな過去があったけれども、今はお父様と再び会話されるようになったと聞いています。そのきっかけは。?

納谷 今の業界に入って、親父のすごさをなんだかんだ感じるようになってからですかね。礼儀を重んじるというか、礼儀を尽くすというか。どんな人に対しても、喜ぶことをするんですよ。なにかしてもらったら、必ずお礼の手紙を書いたりしますし。?

ーーお父様のYouTubeチャンネル「貴闘力部屋」を拝見すると、根は良い方なんだろうなというのが伝わってきます。?

納谷 だから、親父の周りにはいっぱい人が集まってきますよね。そのなかには悪い人もいて、騙されることもあるんですけど(笑)。すごく信頼していた人にお金を持ち逃げされちゃったり。?

ーー実はご兄弟の中でお父様と一番関係がいいとも仰っていました。弟さんたちは皆力士ですが(鵬山幸林、王鵬幸之介、夢道鵬幸成)、納谷さんだけ相撲とは異なる道に進んだことも、関係しているのでしょうか。?

納谷 おそらく、親父もプロレスの経験はあまりないから、僕のやっていることに口の出しようがないと思うんですよ。でも、相撲だと「あそこああしてれば勝ってたのに」とか、文句も出ちゃう。あとは、親父があのYouTubeで相撲界のことをいろいろ言ってたら、弟たちも仲良くしづらいと思います(笑)。?

■ギャンブルは絶対にやらないと決めています

ーー『踊る!さんま御殿!!』(2019年11月26日放送)に出演された際、「親父と同じことはしたくない」と仰っています。これは相撲だけではなく、ギャンブルも含めた意味なのでしょうか。Twitterのプロフィールにも“ギャンブルはやりません”とありますが。?

納谷 ギャンブルは絶対にやらないと決めてます。あとは感情の起伏の激しいところも似たくないですね。親父が気分屋ゆえに失敗しているのを見てきたので。僕もカーッとくることありますけど、冷静になるように努めてます。?

ーー少し前の「貴闘力部屋」では親子共演をされていますし、2020年12月23日にはお父様が経営されている「焼肉ドラゴ東京スカイツリー駅前店」でプロレス試合をしたうえに共闘もしています。なんだかんだ言っても、親子仲は悪くないですよね。?

納谷 親父の店でやった試合は、面白ければいいんじゃないかなっていうくらいの感覚です。親父を出すことが面白いなら、こっ恥ずかしいけど出てもらいたいし。親父もノリがいいので、ああいったところはありがたいですよ。?

撮影=平松市聖/文藝春秋

(平田 裕介)

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