横浜とタイガースの幸福な関係 “ハマトラ”に声援を

横浜とタイガースの幸福な関係 “ハマトラ”に声援を

第95回全国高校野球、丸亀戦に先発した横浜・伊藤将司

 はじめまして。出版社ミシマ社で営業をしている、大谷世代、いや大山・藤浪世代の須賀と申します。いつも弊社代表の三島が監督を務めております、文春野球タイガースへの応援ありがとうございます。

 先日、我が母校である横浜高校の甲子園出場が決定。そのご祝儀的に「阪神と高校野球を絡めたりして書いてみて」と文春野球の打席を与えられました。まあ私は野球部ではなく帰宅部だったのですが。草野球で打席に立つ度、野球部出身ではないのに、「バッター〇〇高校出身ー!」と味方からヤジられるのは、強豪校出身者あるあるでしょうか? 不幸にも相手のノリの良い外野手がバックして、出るはずもない長打を警戒する日には、力みきって散々な打席が続くことになります。大阪桐蔭や智弁和歌山の名門帰宅部(?)出身の草野球選手がいらっしゃいましたら、対策を教えてほしいものです。

■横浜とタイガースといえば

 さて、横浜高校とタイガースといえば、なんと言っても横浜高校OBである伊藤将司投手と及川雅貴投手の両左腕の活躍。前半戦の伊藤投手の新人離れした安定感、また先週土曜日(7/31)の西武戦(エキシビションマッチ)での及川投手の快投を見るかぎり、後半戦は先発ローテ6枠のうち、2枠をこの若武者たちが占めてもなんの不思議もございません。

 そしてこの両左腕の活躍は、日本一に向けた吉兆でもあります。ここまで唯一の日本一に輝いたあの85年。チーム2位の12勝を挙げたのが、横浜高校出身の中田良弘投手でした。(余談ですが、小川洋子さんの名作小説『博士の愛した数式』に、交通事故で記憶に障害を負った博士が愛する江夏豊がつけているはずの、「完全数」の背番号28をつけている投手として名前が登場しています。このタイガースと数学が美しく絡み合う物語を読むたび、美の神様に愛されたこの球団に祝福を送りたくなります。)

 中田投手以後、タイガースのローテに定着した横浜高校出身のピッチャーは現れていないです。二人が後半戦も好投を繰り広げ、伊藤投手が2ケタ勝利をあげようものなら、投手陣の盤石度合いの上でも、ジンクスの面からでも、タイガース36年ぶりの日本一は揺るぎないと言えるのではないでしょうか。

 などとつらつら書いていると、阪神の優勝を心から祈りそうになります。母校愛につられて危ないところでした。というのも、本当はドラゴンズのファンなんです。ベイスターズファンの松樟太郎先生に続き、他球団ファンが登板して申し訳ないです。

 横浜にはベイスターズというフランチャイズ球団がありますが、私が少年野球をプレーしていた15年ほど前は、今と違って横浜ファンはそれほど多くありませんでした(少なくとも私のまわりには)。間違いなく一番多かったのは巨人ファン。さすがに2番目は横浜ファンだったと思いますが、阪神ファンや当時黄金期だった中日ファンとの差はそれほどなかったはずです。

 横浜の阪神ファンについて考えるとき、「ハマトラ」という言葉が、なにかキーワードであるかのように思い浮かんできます。「ハマのトラファン」を略しただけではなくって。

「ハマトラ」という言葉は死語と呼ぶのもはばかられるほど昔からあって、「横浜トラディショナル」の略語として、1970年代中盤に横浜の元町を中心に流行したファッションを指しています。フェリス女学院生などお嬢様の女子大生が身につけていたようなのですが、サザンオールスターズの名曲『シャ・ラ・ラ』で原由子さんが「横浜じゃトラディショナルな彼のが」と歌っているので、メンズ版ハマトラもあったのでしょう。この『シャ・ラ・ラ』、女の子が彼氏に「乱れた暮らしで口説かれてもイヤ」で、「横浜じゃトラディショナルな彼」の方がいいのだと言いながら、でも「あなたの事が頭にチラつ」くという曲です。

「トラディショナルな彼」、そしてトラッド趣味がある人は、どちらかといえば大人しくて静かな印象です。そういうファッションが流行ったのはなんとなく合点が行くのですが、その横浜に阪神ファンが結構多くいることが不思議に思えます。阪神ファンには、どこかストリート系ファッションなイメージがあるじゃないですか。

■「ハマトラ的虎ファン」に声援を

 初めて横浜スタジアムで阪神戦を観たのは、おそらく2005年。父親とデイゲームを三塁側内野席で観ていたその試合の終盤、阪神は逆転のピンチ、ベイスターズのバッターは種田仁選手を迎えました。

 当時、得点圏打率ではリーグ随一の成績を残していた種田選手を迎え、三塁側は緊張に静まり返る……、と思いきや、「メガホンかして」「こっちもかして〜」と、所々にメガホンを集めているらしい人が。彼らは何をしているのか?

 ベイスターズファンは種田選手の打席になると、応援歌に合わせて「ガニマタ打法」の姿勢で屈伸運動を繰り返す「タネダンス」を踊っていました。対抗して、というよりはおふざけで、阪神ファンもちらほらとタネダンスで応戦。横浜ファンとの違いは、まわりから集めたメガホンを積み重ねたものをバット代わりに握っていたこと。10本近く繋がれたメガホンは、屈伸するたび波打って、曲芸のようでした。

「これが阪神ファンか、さすがにおもしろいなあ」なんてことを思っていた当時小5ぐらいの私。しかし、後ろに座っていた20代〜30代の男性阪神ファンが「ホントは応援したいんだけどな……」と、ごく小さくつぶやいたのです。メガホンを手渡した後で。

 阪神は逆転のピンチです。今チームを鼓舞せずに、なんのためのメガホンなのか。しかしそんな場面で、タネダンスをやりかえす笑いのセンスは認めざるを得ない。だからこそ彼もついメガホンを渡してしまったのでしょう。とはいえやっぱり……。

 このつぶやきが、20年ほどたった今でも妙に印象に残っています。男性ファンの葛藤は、横浜でタイガースファンをするというあり方を象徴している気がしてならないのです。私は子どもの頃、その時その時の強いチームを応援していたのでコロコロ贔屓チームが変わり、「このまま一生どこのチームのファンにもなれなかったらどうしよう」と真剣に心配していたのですが、それでも阪神ファンだけにはなったことがないです(すみません)。それだけ子ども心に阪神ファンになることの難しさを感じていたということでしょう。

 まあ、もうひとつの「ハマトラ」を見てみると、横浜の阪神ファンも実際はノリノリの人も多いのかもしれません。

 大谷翔平選手を育てた花巻東高校の佐々木洋監督が、その下でコーチ修行をしていたことでも知られる、横浜隼人高校の水谷哲也監督。彼の過剰なる阪神愛は、ユニフォームを見れば一目瞭然。ヨコハマの「Y」をギリギリまで「T」に近づけ、ハヤトの「H」に重ねた見覚えのある帽子と、これまた瓜二つの縦縞ユニフォームを身にまとった球児たちは、「ハマトラ軍団」と呼ばれています。袖のワッペンまで本家を模すこだわりは一見の価値ありです。2009年、ハマトラ旋風を巻き起こし、筒香嘉智選手擁する横浜高校も破り、悲願の甲子園初出場の立役者となった2年生エースの名は「今岡」一平投手であることには、人智を超えたなにかを感じます。

 しかし、内気な少年時代を横浜で過ごした者としては、「ホントは応援したいんだけど」に共感を覚えます。水谷監督、徳島のご出身ですし。

 元町からそれほど離れていない横浜スタジアムに通い詰め、たまに「関西のノリ」に疑問を持つことがあっても、その関西のファンと同じぐらい、関西の阪神を愛している。そんな人を勝手に「ハマトラ的虎ファン」と呼んで、ひそかに声援を送りたいと思います。

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(須賀 紘也)

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