藤井聡太は「強い」というよりも「恐ろしい」 豊島将之との激闘で明らかに進化した

藤井聡太は「強い」というよりも「恐ろしい」 豊島将之との激闘で明らかに進化した

写真提供:日本将棋連盟

藤井聡太は、難敵との戦いを制するために「自らスタイルを切り替えた」 から続く

 豊島将之竜王・叡王と藤井聡太王位・棋聖による「夏の十二番勝負」。当初は藤井のタイトル防衛がかかった王位戦七番勝負としてスタートしたが、藤井が叡王戦での挑戦を決めてダブルタイトル戦が行われることになった。

 今回は、「十二番勝負」の後半戦、8月18日の王位戦第4局以降の二人の対局を振り返っていきたい。

■8月18〜19日・王位戦第4局(豊島先手) 【レジェンドを彷彿させる藤井の指し回し】

 豊島は相掛かりを選択し、すぐに角交換した。前例のない形に引きずり込むとともに、藤井得意の自陣角を誘う。互いに自陣角を打ち、豊島が1歩得で小競り合いが終わる。角の働きはほぼ互角なれど、歩得で玉を堅めやすい豊島に対し、藤井は中途半端な歩越し銀が残った。駒組合戦となり、豊島は金銀3枚の菊水矢倉に組んだが、藤井は中住まいのままだ。やや豊島持ちで序盤を終える。

 中盤、藤井が先に動いた。あの歩越し銀を相手の銀と交換して、その銀をすぐ中央に打ったのだ。

 陣形に厚みを出してプレッシャーを掛け、相手に手を渡す、羽生善治九段が得意とする戦術だ。

 ここで豊島は飛車を回って敵玉のコビンを狙った。ごく自然な手なのだが、これが事実上の敗着で、代えて藤井が銀を打ったエリアを攻めるのが正解だったというのだから将棋は難しい。

 いや、難しい局面にして相手にターンを渡した藤井が巧みだったと言うべきか。

 藤井は戦機を逃さなかった。歩をリズミカルに突き捨て、銀桂の犠牲に角を手にして猛攻する。自玉の頭上で戦っているのに相変わらず恐怖心がない。歩の小技で豊島陣を乱し、大駒で守り駒をはがし、1手も受けの手を指すことなく攻めきってしまった。序盤でポイントを稼がれても巧みに局面のバランスを保ち、終盤に抜き去る。藤井将棋で何度見た光景だろうか。

 出てくる形容詞は「強い」や「凄い」ではなく「恐ろしい」「怖い」、そして「貫禄」「円熟味」。

 19歳の若者ではない。人生何周目ならばこの味がだせるのか?

■長考派は、見えすぎて選択肢が多いから時間を使っている

 この将棋を改めて並べてみて、羽生世代のレジェンドの顔が浮かんだ。序盤から惜しみなく時間を使って最善を追求する郷田真隆九段、手厚い陣形にして負けない将棋に持ち込む森内俊之九段、そして薄い玉形をものともせず、丸太を振り回して敵陣を破壊する佐藤康光九段だ。

 また、序盤の大長考は加藤一二三九段をも彷彿させる。

 4年前、「将棋世界」の加藤特集で郷田と私が対談したとき、郷田と加藤のタイプが似ているという話になり、郷田は、

「それはありますね。加藤先生ご自身もおっしゃっていますが、『長考して当たり前の手を指す』というところも似ていますね。自分で言うのもなんだけど、長考派というのは手がよく見えるんですよ。いい手が見えなくて困っているというわけではなく、見えすぎて選択肢が多いから時間を使っているんです。読まなくても良さそうな手を拾い上げて、どの手がベストか考えているのですね」

 と長考について語った。

 この言葉、そのまま藤井評で通じるではないか。彼が早指しも強いことは昨年、銀河戦史上最年少で優勝し、ABEMAトーナメントでも無類の強さを披露していることからも分かるだろう。藤井はいざとなればいくらでも早く指すことができる。しかし、将棋の真理を追求すべく盤の裏まで読んでいる。

■8月22日・叡王戦第4局(豊島先手) 【金引きの謎】

 豊島は前局の敗戦の雪辱をと、またも相掛かりを採用する。これで豊島は相掛かりを採用した10局中5局が藤井戦だ。?

 序盤、藤井がタテ歩取りにしたところまでは両者とも実戦経験がある。ここで豊島は前局に引き続き角交換して未知の将棋に持ち込んだ。その後、先後同型に戻るが、藤井は同型追随をやめて端に桂を跳ねて動いた。「後手番は積極的に」の信念通りだ。

 だが、これは豊島が仕掛けた罠だった。歩の合わせを誘って▲7九金と金を引いたのが絶妙の手順だった。藤井はこの手を明らかにウッカリしていた。飛車取りに歩を打たれ、金が取れないので決戦できない。やむを得ず飛車を逃げたが、これでは端桂のキズが残っただけだ。

 その後の豊島の指し回しは完璧だった。飛車交換後に歩であの桂を召し上げて差を広げていく。そして藤井が飛車を打ち込んだのに対し、竜を自陣にひきつけ、相手の桂の利きに角を打って飛車を捕まえたのだ。絶対に負けないという気迫あふれる手順で藤井を諦めさせた。

 ところで金を引く手はわずか3分、その時点での消費時間の通計は21分47秒だ。なぜこんな短時間で勝着を指せたのか? その理由は事前研究だけではない。豊島は▲7九金を過去に経験しているのだ。

「金を引いて陣形を引き締め、離れ駒をなくして攻めに備える」。この手を豊島は11年前の20歳のときに塚田泰明九段との竜王戦で指している。つまり豊島には「経験の差」があった。キャリア14年半の豊島とキャリア5年の藤井では経験値は比較できない。

 藤井将棋を徹底的に分析し、経験が生きる形に誘導し、「60%以上の勝率で中盤を乗り切り、終盤に時間を残し、2手以上差をつけて勝つ」という極めて困難なミッションを完遂した。

 藤井は新人王戦決勝三番勝負を2連勝で勝って以来、番勝負で2敗したことがない。

 藤井にとって初めてのフルセットになった。

■8月24〜25日・王位戦第5局(藤井先手) 【長考合戦、そして豊島の見落とし】

 藤井が相掛かりからDL(ディープラーニング)流の端歩突き。相掛かりは序盤の分岐が多いが、藤井は必ず9筋の端歩突きでスタートする。対して豊島は歩損作戦を選んだ。豊島は竜王の防衛戦で羽生相手に採用していて経験がある。というよりも、7月30日に行われた王将戦2次予選、藤井対石田直裕五段戦と同じ将棋をあえて選んでいる。

 その将棋から藤井はさらに工夫したが、それも豊島の想定内で序盤から緊迫した展開に。

 そして、41手目に藤井はこんこんと考えた。昼食休憩を挟んでデビュー以来最長の121分の大長考で、指したのは歩を突いて飛車の横利きを通す普通の手だ。藤井はその次の手にも1時間考えた。豊島も長考し、113分もの大長考でふたつ角を上がる。濃密な2人だけの時間。

 序盤の長考合戦を見て、27年前の同じ王位戦七番勝負で相掛かりの将棋を思い出した。

 1994年7月8〜9日、ともに23歳の羽生六冠と郷田五段による七番勝負第1局。駒組の段階で、羽生が昼食休憩をはさんで73分の長考で角を1つ上げる。対して郷田も91分で同じく角を上がる。さすれば羽生は70分考え、じっと銀を上がったのだ。指し手だけみれば、序盤の「普通の3手」に6時間もかけたのだ。

 まだネット中継がない時代、私は将棋連盟で棋譜入力のバイトをしていて消費時間に驚いた記憶がある。年齢制限まで1年を切った私にとっては、1手に三段リーグの持ち時間すべてを使う(三段リーグの持ち時間は昔も今も90分)とは、年下の2人がとてもまぶしく、そしてうらやましかった。

■慌てて攻めず、間合いをはかり、相手に手を渡す

 2日目、豊島は桂を跳ねて相手の飛車を追い、自分の飛車が飛び出た。流れからいえば藤井も飛車を追うところだ。実際控室でも飛車取りに銀を出る手を検討していた。

 しかし、藤井はじっと歩を打って受け、またも相手に手を渡した。

 前回、難敵との戦いを制するために「 自らスタイルを切り替えた 」と題したが、「慌てて攻めず、間合いをはかり、相手に手を渡す」指し手を意図的に選んでいる。

 この局面の飛・角・桂を対比して見ると、角と角は同じ位置で自ら交換すると歩が自然に前に出てきて損。飛車は狙われそうな豊島の高飛車に対して、横利きが通った藤井の下段飛車が勝り、玉と角の逃げ道を止めた豊島の桂に対して、攻めの桂が跳ねた藤井。位置関係が良くない豊島は焦った。

 そして、銀を出てしまった。

 次の端桂をうっかりしていたとは思えない。前局でも藤井は端桂を跳ねていたのだから。手番を渡してプレッシャーをかける藤井の指し回しが読みを狂わせたのだ。

 飛車が逃げると銀が取られるし玉砕覚悟で決戦するしかないと、誰しも思った。

 しかし、豊島は飛車を引き、出たばかりの銀をただで取らせた。この局面だけを切り取って見れば一番粘れる手かもしれない。それでも、ここで飛車を引く棋士は他にはいないだろう。

「王位戦で一番印象に残った手は」と問われたら、私は△8四飛をあげる。

 藤井はインタビューで「△8四飛は意外でしたが、流れを断ち切っても最善を追求するという姿勢が、豊島竜王の強さのひとつだなと思いますし、自分も見習わなければいけない部分だと思います」と答えている。

 だが、藤井は最後まで冷静だった。自陣の囲いを崩さず、持ち駒以外は前進させない。豊島は自陣角を打って桂取りを防ぎ、歩を打って銀の進出を防ぎと粘ったが、藤井は銀を引いて、金銀銀の手厚い構えを作って七番勝負を終わらせた。

■なぜ藤井には「2年目のジンクス」がなかったのか

 豊島は2018年に羽生から棋聖を奪って以来、王位戦(菅井竜也八段)、名人戦(佐藤天彦九段)、竜王戦(広瀬章人八段)、叡王戦(永瀬拓矢王座)と、タイトル挑戦に5連続で成功してきた。その豊島相手に4勝1敗で防衛とは、誰が予想しただろうか。

 なぜ藤井にはタイトルホルダーの「2年目のジンクス」がなかったのか。いくら藤井が規格外とはいえ、まだ10代の若者だ。しかも、タイトルホルダーとなったことでこなさなければいけない仕事が山ほど増えた。将棋連盟常務理事の鈴木大介九段に聞くと、藤井への取材等の依頼は3桁以上、つまり100件ではきかないという。

 しかも、藤井はCMをこなし、公務もこなし、その上非公式戦のABEMAトーナメントでも手を抜くことなく優勝した。その謎について、何人かの棋士・関係者に聞いて、ベテランの記者さんから言われた言葉が印象に残っている。「藤井さんは将棋の真理を追求したいとか、勝ちたいという気持ちはあっても、タイトルを取りたいとか防衛したいとかは思っていないのでしょうか?」と。

 記者会見で藤井が振り返ったのは負けた第1局だった。勝ったことよりも負けたことの反省をした。そして、「結果を出すことができてホッとした気持ち以上に、トップのお二人に番勝負で対戦する機会を得て、自分に足りない部分が新たに見つかりましたので、それを今後に生かしていければと思います」とも。

 棋聖を防衛したときも、「結果ばかり求めていると逆にそれが出ない時にモチベーションを維持するのが難しくなってしまうのかなと思っているので、結果よりも内容を重視して、1局指すごとに改善していけるところも新たに見つかると思うので、それをモチベーションにやっていきたい」と答えていた。

 藤井は、名人や竜王らトップ棋士たちとの真剣勝負が指せて嬉しいのだ。楽しいのだ。

 だからプレッシャーを感じなかった。忙しくて研究する時間がなくとも、研究会ができなくとも、 公式戦が鍛える場になっているのだ。

 藤井はもう、攻め急いでつんのめることはないだろう。

 どんな戦法をやられても驚くことはないだろう。

 金を引いて陣形を引き締める手筋は二度と忘れないだろう。

 そして、相手に手番を渡すことを恐れないだろう。この戦いで藤井は明らかに強くなった。

■永瀬は経験値の差で勝負しようとした

 最後に永瀬拓矢王座との竜王戦挑戦者決定三番勝負についても触れたい。

 第1局、永瀬は公式戦で9年ぶり(!)に先手三間飛車を採用した。永瀬はもともとは振り飛車党で「大山康晴名人の再来」と言われるほどの受け将棋だった。三段リーグで昇段を決めた佐々木勇気戦も三間飛車だった。

 逆に藤井は、公式戦で先手三間飛車と指すのは7局目で1年以上も経験がない。

 その経験値の差で勝負しようとした。さらに相穴熊の長い戦いに誘導した。藤井は終局が日付を超えたのは過去5局しかない。藤井が四段になる前に順位戦のB級2組以下がチェスクロック使用になったからだ。

 一方、永瀬は何十局も経験している。 

 狙い通り、中終盤のねじり合いで藤井の持ち時間を削った。藤井の指し回しが精密だったので形勢は不利だが、永瀬の思い通りの展開だ。あと100手粘って勝つ、いや持将棋で指し直しにしてとことんまで長くする。そんな意志を感じさせる粘り強さを見せた。そして、藤井を1分将棋に追い込んだ。

 だが藤井は崩れなかった。

 相穴熊戦では「金」の価値がきわめて高い。なので持ち駒の金は敵玉を仕留めるためか、自陣の穴熊を補強するために使うのがセオリーだ。ところが、藤井は玉から遠く離れたところへ飛車取りに打ったのだ。藤井将棋を称して「考え方が柔軟」とよく言われるが、この金打ちこそ、藤井将棋の柔軟さを示す妙手だった。この金で飛車をどかしたことで、あっという間に永瀬陣を崩壊させた。

■こんな短期間に吸収するのは才能としかいいようがない

 第2局、藤井は相掛かりを採用した。

 DL流相掛かりは「後出しジャンケン」で、後手の玉形や端歩を見てから対応する。藤井は前例ある形からさらに欲張った新手を見せる。永瀬は咎めにいき乱戦となるが、戦型の理解度で永瀬を上回り、1時間も持ち時間を余して快勝した。

 藤井が相掛かりを採用してまだ半年余りだが、これで7勝1敗。しかも、渡辺明名人、豊島、永瀬とタイトルホルダー3人全員から勝ち星を上げた。

 佐々木勇気七段に29連勝で止められ、豊島に3連敗した相掛かり。それを藤井は短い期間で得意戦法に変えた。AIへの理解度の高さもあるが、こんな短期間に吸収するのは才能としかいいようがない。

 渡辺は藤井将棋を評してストライクゾーンが狭くなった、打ち取れるゾーンが狭くなった、と野球にたとえて説明したが、相掛かりも自在に指しこなすのではたしかに穴がない。

 かくして藤井と豊島による「夏の十二番勝負」は、令和の頂上決戦とでも称すべき「十九番勝負」となった。両雄は、今秋の王将戦リーグでも激突する。

■ふと思い出した羽生の食事シーン

 9月2日、対局の昼食休憩で藤井のとなりの席になった。藤井は、竜王戦から中2日で棋王戦の斎藤明日斗四段戦だった。やはりまだ19歳、線は細いし華奢だ。なのに対局姿はとても大きく見える。

 藤井は弁当を一心不乱に食べ、10分ほどで食べ終わり、再開の20分前には対局室に戻った。1分1秒たりともおろそかにしない。休むという言葉は彼にはないのか? 私は腹ごなしに記者室によって、記者数人と前日の王座戦五番勝負第1局で永瀬王座が木村一基九段に逆転負けした話に。「永瀬さんも連戦で疲れがあったのかなあ」という話題から、「藤井さんは将棋の体力も図抜けていますよね」という話になる。これだけ連戦続きなのに、将棋のパフォーマンスがまったく落ちないのは驚異的だと。そういえば佐々木勇気も同じような感想をもらしていた。

 その日、私は惨敗して帰宅。夜眠れないので羽生・森内のデータを調べていて、ふと羽生の番組を思い出した。「プロフェッショナル 仕事の流儀」での羽生の食事シーンだ。羽生がサンドイッチを一心不乱に食べているシーンが藤井に重なる。羽生が将棋連盟の控室の桂の間で休んでいるのを見たことがないが、藤井も同じだ。

 9月13日には叡王戦五番勝負最終局を迎える。今後の将棋界の行方を占う勝負になる。

(勝又 清和)

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