《安達祐実が40歳に》結婚、出産、離婚、濡れ場を熱演…『家なき子』のイメージから脱皮した“紆余曲折の俳優人生”

《安達祐実が40歳に》結婚、出産、離婚、濡れ場を熱演…『家なき子』のイメージから脱皮した“紆余曲折の俳優人生”

安達祐実 ©Getty

 女優の安達祐実がきょう9月14日、40歳の誕生日を迎えた。2歳のときにベビーモデルとしてデビューして以来、芸歴はじつに38年を数える。9歳のとき、出演したカレーのCMで「具が大きい」のフレーズとともに子役として一躍人気を集めた。その後、小学6年で映画『REX 恐竜物語』(1993年)に主演したのに続き、中学入学後には主演ドラマ『家なき子』(1994年)が大ヒットし、劇中でのセリフ「同情するなら金をくれ」も流行語となる。

 最近では、容貌がいつまでも変わらないと若い女性たちから脚光を集め、一昨年に美容雑誌『VOCE』のYouTube公式アカウントで公開したセルフメイク動画の再生回数はすぐさま500万回を突破、Instagramの公式アカウントも100万フォロワーを超えている。昨年には女性ファッション誌『CanCam』6月号(小学館)の表紙モデルに同誌最年長の38歳で起用され、話題を呼んだ。

 もっとも、子役時代から現在のように再び注目されるまでには紆余曲折があった。まず、『家なき子』のイメージがあまりに強く、成人になってからもオファーされるのは同作のヒロインのような陰のある暗い役ばかりという時期が続いた。自分のやりたい役ができないことにストレスを感じ、体調を崩すこともしょっちゅうだったという(※1)。一方で、彼女自ら『家なき子』のイメージを意識して演じてしまうこともあり、その路線を維持したほうがいいのか? という葛藤もあったようだ。それでも20代のうちに最初の結婚と出産、さらに離婚とさまざまな人生経験を積み、以前より自分に自信を持てるようになったせいか、徐々に子役時代のイメージに引きずられなくなったとも語っている(※2)。

 30歳になる前後には、仕事が減った時期もあったようだ。安達はその原因を、自分の見た目と実年齢と、結婚して母親になったという現実とのちぐはぐさゆえ、出演依頼する側もそれ相応の役をつけづらくなったのだろうと考えた。ここから、まずこちらから変わっていかないと、世間のイメージを変えていくことはできないと思い立ち、所属事務所の人たちと話し合いを重ねる。それによって仕事の選び方も変わっていったという。そして、新しいことをする前には、一回、いままでの安達祐実像を壊すことが必要だということになり、その起爆剤として映画『花宵道中』に主演する(※3)。それはちょうど芸能生活30周年を迎える節目、2014年のことだった。

■遊女役で「濡れ場」を熱演

 宮木あや子の同名小説が原作の『花宵道中』で安達が演じたのは、朝霧という江戸時代の遊女だ。朝霧は遊女であることを当たり前のように受け入れていたが、偶然出会った染物職人と恋に落ち、やがて悲しい末路をたどることになる。純愛ストーリーとはいえ、遊女の物語だけに、ヌードや濡れ場のシーンもあった。それでも彼女は、《女優として変わっていかなきゃいけない時期だと感じていましたし、今の自分ならその役に挑戦することで起きる賛否両論の反応すべてを受け止める準備があると思ったので、演じることを決め》たという(※4)。

『花宵道中』が公開された年には、写真家の桑島智輝と再婚するという転機も迎えた。馴れ初めは、写真集 『私生活』(集英社) を制作したときである。20代の終わりから2年半にわたって撮影が行われたその写真集で、彼女は演技は一切やめ、毛穴も目の下のクマも修正せず、素の姿をさらけ出した。桑島は結婚してからも安達を毎日撮り続け、一昨年と昨年には、その一部をまとめた写真集 『我我(がが)』 『我我旅行』 (いずれも青幻舎)が夫妻の共著として刊行された。そこでは妊娠、出産し、授乳する姿なども含め、彼女の私生活がまったく飾り気なしに淡々と記録されている。

 昨年には、深夜ドラマ『捨ててよ、安達さん。』(テレビ東京系)に本人役で主演した。ただ、自分自身の役は、ほかのどのキャラクターを演じるよりも難しかったという。

《他の役を演じる時は、その人がどんな性格だろうと関係ないし、自分とは切り離して考えられるのですが、本人役となるとそうはいきません。物事の受け止め方だったり、感情の湧き上がり方ひとつをとっても、『本当はこうじゃないんだけどな』と思う部分がどうしても出てきてしまう。だからこそ、あまり自分を追求しすぎないほうがいいと思って、フィクションの役柄を演じる時と同じ感覚を持つようにしていました》と、安達は撮影にのぞんだ際の心情を語っている(※5)。

『捨ててよ、安達さん。』の劇中、ある雑誌の連載企画でさまざまな「捨てられないモノ」を捨てていくことになった安達は、毎回、夢の中で人間の姿になって現れるモノたちと対話しながら、自らの人生をも顧みることになる。夢の中にはいつも正体不明の少女が登場し、彼女とやりとりを繰り広げた。少女役の川上凛子がまた達者で、元子役の安達と現役の子役の対決としても楽しめる。

 各話の内容や設定には彼女の実生活も多分に反映されており、たとえば、彼女の愛読書である小池真理子の小説『狂王の庭』や、30歳ぐらいから集め始めたというブライス人形も登場する。シリーズの終盤では、先述したような仕事が減った時期のことや、さらにはそのころに母親から言われたというある言葉を、安達が思い出して悩み苦しむ様子も描かれた。そうした場面を見ると、俳優が自らの過去を清算するには、やはり演技によって昇華するしかないのだと思わせる。

■“いい意味での気持ち悪さ”を醸し出している

 先ごろ、安達がゲスト出演したテレビ番組(※3)で、司会役のマツコ・デラックスが彼女について「ただの“40歳を迎えるきれいな人”だけじゃ済まされない“いい意味での気持ち悪さ”」を醸し出しているところが、若い世代には新鮮に感じられるのだろうと分析していた。「気持ち悪さ」と言うとちょっと語弊があるが、ようするにある種の違和感ということらしい。マツコに言わせると、安達祐実の違和感とは、さまざまな人生経験を積みながらも、絶対に失われない少女性を自分のなかに同居させていることだという。

 ここ10年ほど、安達は過去の自分のイメージを捨て去ることに全力を注いできたわけだが、マツコ・デラックスが指摘するとおり、それでもなお少女性は残り、彼女の魅力として注目されている。そう考えると、『捨ててよ、安達さん。』の最終回で、安達がさまざまなものを捨ててきた末に口にする「あーあ、もう十分捨てたよ、私は。もう捨てないよ!」というセリフは、今後に向けての決意表明とも解釈できる。過去を捨て去って再スタートを切った彼女は、これから俳優としてどんな境地を切り拓いていくのだろうか。

※1 『婦人公論』2013年11月22日号
※2 『週刊新潮』2014年12月25日号
※3 日本テレビ系『マツコ会議』2021年9月4日放送分
※4 『ダ・ヴィンチ』2014年12月号
※5 『an・an』2020年4月15日号
このほか、安達祐実『YUMI ADACHI A to Z』(双葉社、2019年)などを参照しました

(近藤 正高)

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