いつも頑張りすぎる背番号23、オースティンが私と息子に教えてくれたこと

いつも頑張りすぎる背番号23、オースティンが私と息子に教えてくれたこと

9月23日のヤクルト戦、フェンス際でを捕球するオースティン

「この中の何人、この試合勝とうと思ってプレーしてたか」

 新チームになって初めての公式戦、高2の長男が所属する野球部は小さなエラーからリズムを崩して初戦を落とした。「試合が終わってから監督に言われたんだよ。この中の何人この試合勝とうと思ってプレーしてたかって。みんな黙っちゃった、俺も黙っちゃった」。勝ちたくなかったの? と聞くと「勝ちたかった。勝ちたかったけど勝とうと思ってプレーしてたかって言われたら分からなくなった」。わかんねえ……ひとりごとのように呟いて息子は黙った。 

 その時私の脳裏をなぜかよぎったもの。2020年6月24日。結果的に3−2で勝った中日戦終了後、一瞬カメラに抜かれたオースティンの姿だった。山ア・嶺井バッテリーに厳しい表情で何かを語りかけている。2アウト満塁のピンチを凌いだバッテリーにオースティンは何を伝えたのだろうか。音声のない映像では、オースティンがヤスアキに何か喝を入れているようにも見えた。私は今年チームに合流したばかりの“助っ人”外国人の、アグレッシブな行動に驚いた。オースティンはあの時何を言いたかったのだろう。

■「オースティンはひたすらボールを追ってるんだ」

 2020年の春、沖縄県宜野湾。まだコロナもどこか他人事だった頃、ベイスターズのキャンプで私は初めてオースティンを見た。天使みたいなくるくるの髪の毛にキャップを乗っけて、オースティンは自転車に乗っていた。チリンチリンを爆裂に鳴らしながらサブグラウンドを走り抜けていった背番号23。陽気なアメリカ人というよりは、無邪気な子どものように見えた。こんな異国の地で躊躇なくチリンチリンさせるなんて、この人は只者ではないのかも……と、その時感じた。

 しかし外国人選手に過度な期待をしてはならぬ、それは古より言い伝えられしベイスターズの十戒。春先のオープン戦でホームランを打ちまくるオースティンを、私は薄目で見ていた。青田昇が背負い、黒木基康が背負い、長崎慶一が、マイヤーがレイノルズが、そしてロバートローズが背負った23番は、私の薄目をかっぴらかせるほどの活躍を続けた。オースティンがいてくれてよかった。混沌と混乱の2020年を、確かにオースティンは明るく照らしてくれた。でも。

 頑張りすぎるのだ。あまりにも通常の外国人選手基準に収まらない。走塁は常に積極的。別段足が速いわけではないのに、装甲車のように塁から塁にまっすぐ突っ込んでくる。映画『フォレスト・ガンプ』の主人公がひたすら走ってるシーン、あれだ。「人生はチョコレートの箱、開けてみるまで分からない」というのは『フォレスト・ガンプ』のキャッチコピーだが、オースティンの走塁が思ってもみなかった1・3塁を演出する。あのソフトバンク甲斐キャノンから盗塁する。「暴走」と「好走塁」の間を想定外という形で掻い潜っていく。オースティンは確かにチョコレートの箱だった。

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 2020年7月31日。甲子園でボーア選手の打球をフェンスに激突しながらキャッチする。しばらく起き上がらないオースティン。しかし彼はそのままプレーを続け、その後も打席に立ちタイムリーヒットも放った。確実に脳震盪を起こしていたはずなのに。契約のこととかよく分からんけど、そんなことまでする必要はないと考える選手もいるだろう。それも間違いではない。だけどオースティンは無我夢中で突っ込んでしまう。

「オースティンはひたすらボールを追ってるんだ」。野球部で同じ外野を守る息子は言った。「相当腹括ってないと、フェンスにスライディングなんかできないよ、怖いもん」。「痛い、怖いという気持ちより、試合に勝ちたいという思いが勝ってるんだと思う」と続けた。でもケガするかもしれないよ、ママはそれ正しいことか分からない。いい人づらする私に「うん。でもそういうプレーが変えるんだよね、何かを」。

■人生の一瞬一瞬を味わおうとするオースティンの貪欲さ

 2021年8月18日。東京ドームで行われた阪神戦で、オースティンは近本選手のライト方向の打球をフェンスにぶつかりながらキャッチする。その日の解説の新井貴浩はオースティンを「打つだけではない、守ること、走塁、全てにおいて一生懸命プレイする。プレイハード」と表現した。

 去年読んだ一つの記事を思い返す。2020年5月2日に配信された、オースティンが17歳の時に、精巣がんにかかっていたという東スポウェブの記事。今の長男と同じくらいの年にかかった大病。幸い早期発見で命に別状はなかったものの、強烈な痛みを味わったというオースティン。その記事でオースティンはこんな言葉を残している。

「この経験で、人生の一瞬一瞬を味わい、楽しむことを学んだ。野球への感謝、周囲への感謝、あらゆることに影響を及ぼしてくれた」

 この記事を読んだときは「大変な病気を克服されたんだな……」という感想だった。しかしそれからシーズン中のあらゆる場面において、頑張りすぎる走塁、ケガと紙一重の守備、追い込まれてもフルカウントまで持っていく打席での粘り……全ての場面でオースティンのその言葉が蘇ってきた。もう二度と同じ時は来ない、人生の一瞬一瞬を味わおうとするオースティンの貪欲さ。元気に野球ができることの喜びと感謝と、勝ちへの渇望。それは理屈ではなく、合理性でもなく、ただ一期一会の野球と対峙する、オースティンなりの生きることへのケジメなのかもしれない。

 勝とうと思ってプレーすることがどんなことなのか、ママにはよく分からない。あなたはプロを目指してるわけでもなく、学校の部活動の範囲で楽しんで、できればもっと勉強してほしいと思うのが本音だ。だけどたぶん、野球も勉強も同じ。人生の一瞬一瞬を味わい、楽しむんだよ。コロナでめちゃくちゃにされた高校生活かもしれないけど、体育祭も文化祭も修学旅行もなくなっちゃったけど、だからこそ今生きてることを存分に楽しんで欲しい。野球ができることを楽しんでほしい。それはきっとどこかで「勝つためのプレー」と繋がっている。オースティンはそう、教えてくれている気がするから。

 なーんて、本人に言うのは照れくさいし、きっと伝わらないだろう。私はベイスターズショップに向かった。昔石川雄洋のリストバンドを宝物のように大事にしていた息子に買った、オースティンのリストバンド。「フェンスには飛び込まんでいいからね」と言いながら渡した母に「うん、怖いから」と息子は笑った。

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(西澤 千央)

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