貴族の生まれで売れっ子画家…ロートレックが描いた“カフェの宣伝ポスター”に込められた「行きたくなる工夫」とは?

貴族の生まれで売れっ子画家…ロートレックが描いた“カフェの宣伝ポスター”に込められた「行きたくなる工夫」とは?

店の名前の下にあるのは住所。現在は同じ場所にイベントのできるコンサートスペースがある。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「ル・ディヴァン・ジャポネ」1893年 紙・リトグラフ 宮城県美術館所蔵

 19世紀末パリのモンマルトル界隈には歌や踊りを楽しめる交流の場が沢山ありました。今回取り上げるのは、そんな場の一つだったカフェ・コンセール「ル・ディヴァン・ジャポネ(「日本の長椅子」という意味)」の宣伝ポスター。描いたのは、貴族の生まれで美食家、売れっ子画家でカフェの常連、娼婦たちとも放埒に遊んだ自由人ロートレック。当時のパリ文化を象徴する一人といえるでしょう。本作は広告でありつつ、それ自体が芸術でもあり、当時のパリの奔放で猥雑な活気や喧騒を伝える文化資料でもあります。

 まずは広告ですから、カフェの盛り上がった雰囲気や文化の香りを表し、見る人が行きたくなるようにしないといけません。そのための工夫がさりげない描写の中にたくさん詰まっています。

 一つめは登場人物。当時の人々は画面上の特徴から3人が誰だか分かったと考えられます。中央の堂々とした黒衣の女性はロートレックと仲の良かったジャンヌ・アヴリルで、同じくモンマルトルにあったキャバレー「ムーラン・ルージュ」の人気ダンサー。舞台の上での彼女はフワっとしたスカートを着て、足を高くあげて踊りますが、ここでは対照的にシックな装いで観客席を占めています。彼女の右側にいるのは音楽・文化批評家のデュジャルダン。まるでジャンヌから肘鉄をくらわされたようにも見えます。そして左上の頭が切れている女性は、その華奢な体格とトレードマークであるひじが隠れる長い手袋から、人気歌手イヴェット・ギルベールと推理できたでしょう。つまり、ここは舞台だけでなく、客席にもアーティストや文化人が集う場所だと匂わせています。

 次に、造形的な特徴に注目してみます。デュジャルダン氏が持つステッキとジャンヌが座る椅子の背がJ字状を描き、互いに呼応しています。その同じ形が向きや角度を変えながら、オーケストラ席の指揮者の腕、ベースのネック部分、イヴェットの腕などに繰り返されています。この反復が生むリズムが、店全体に楽しい雰囲気が広がっている様子を演出。また、ロートレックの即興的な線描や手描き文字が軽やかで楽しそうな印象を与えます。

 改めて全体を見ると、前景・中景・後景を左下から右上の斜線で区切り、カーテンや椅子のラインと合わせて、右肩上がりの流れを作り、盛り上がりを感じさせます。そして、小さなイヴェットと大きなジャンヌという極端な遠近感や、淡い背景に真っ黒なジャンヌという強い明暗差が、画面を一瞥したときのインパクトをもたらしています。

 店の名前にもあるように、当時のフランスの芸術家たちは日本に強い関心を抱き、自分たちの表現に取り入れようとしていました。

 ロートレックもその一人。たとえば、歌手イヴェットをあえて首が切れたように描くという意表をつく切断、ジャンヌの衣装の陰影のない黒一色のフラットな仕上げなどは浮世絵から取り入れたと考えられます。

「令和3年度第3期コレクション展示」
宮城県美術館にて12月26日まで
https://www.pref.miyagi.jp/site/mmoa/exhibition-20210918-p01-01.html

●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。

(秋田 麻早子/週刊文春 2021年10月14日号)

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