「下請けの映像プロダクションで、連日残業が続いても手取り20万いかなかった」 『来世ではちゃんとします』の作者が“深夜のマンガ喫茶”で抱いた“反骨心”

「下請けの映像プロダクションで、連日残業が続いても手取り20万いかなかった」 『来世ではちゃんとします』の作者が“深夜のマンガ喫茶”で抱いた“反骨心”

「下請けの映像プロダクションで、連日残業が続いても手取り20万いかなかった」 『来世ではちゃんとします』の作者が“深夜のマンガ喫茶”で抱いた“反骨心”の画像

 ブラック映像制作会社で働く、性に奔放なこじらせ男女の日常をコミカルに描いたマンガ『 来世ではちゃんとします 』。ドラマはシーズン2まで放映され、大人気となっています。作者のいつまちゃんに、作品誕生の経緯をお聞きしました。(全2回の1回目。 2回目 を読む)

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【マンガ『来世ではちゃんとします』を読む】

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『 来世ではちゃんとします 』とは…

高円寺の映像プロダクション(株)スタジオデルタで働く5人は、性的にこじらせたメンバーばかり。5人のセフレがいる性依存系の大森桃江(27)、彼氏いない歴=年齢のアセクシャルでアロマンティック(他者に対して性的欲求も恋愛感情も抱かないセクシュアリティ)女子・高杉梅(27)、女性を情緒不安定にするメンヘラ培養沼・松田健(26)、トラウマから処女しか愛せないセカンド童貞・林勝(26)、風俗嬢にガチ恋愛中の檜山トヲル(29)。性に奔放な男女の日常の行方を描くコメディマンガ。

■働きに見合った給料をみんなもらえてなかった

──メインキャラクターの勤務先である、映像プロダクション「スタジオデルタ」はかなりのブラック会社ですが、実際にいつまちゃん先生が働いていた会社がモデルなのですか?

いつまちゃん モデルではないです。登場人物は全員フィクションですね。ただ業務形態や仕事模様は参考にさせて頂きました。下請けの3DCG映像プロダクションだったのでやることがとても多く、納期に余裕のないアニメ案件の時は土日も関係なく働いていましたね。連日残業が続いても手取り20万いかないという生活だったので、会社に寝泊まりする日々が続いたときは、アニメ業界の労働環境と薄給について真剣に考えたりしていました。諸悪の根源は業界全体に根付いたもので、個々の会社が悪いわけじゃないんですよ、私の倍働いていつも助けてくれた社長も先輩も同僚も…働きに見合った給料をみんなもらえてなかった。

■オリジナル連作「セフレちゃん」でバズり…

──プロットはどうやって作成したのですか?

いつまちゃん 最初は、内向的だけど仕事ができる檜山くんみたいな社員ばかりの会社に、外交的でちょっとアウェイなギャル(見た目は梅ちゃん)が入社して奮闘するお仕事マンガを考えていたんですけど、王道ラブコメは私全然面白くできなくて。それなら、当時Twitterで人気だった「セフレちゃん」みたいな子を主人公にして、仕事に恋に悩みもがく話がいいんじゃないかと大森桃江ちゃんを考えました。


──「セフレちゃん」というのは?

いつまちゃん 私が描いていたオリジナルキャラクターです。もともと私は自分の失恋をネタにTwitterでエッセイマンガを描いていたんですけど、初めてのオリジナル連作「セフレちゃん」でバズってフォロワー数が一気に伸びたんです。なので編集部もそのテイストを期待してましたし、健気に恋をしていたはずなのに、なぜか都合のいいセフレになってしまう「セフレちゃん」みたいな桃江ちゃんがスタジオデルタで働くストーリーにすれば私の良さが活きると思ったんです。

■モデルは生きてきた中で味わった様々な感情

 でも描き始めたら、「働いても働いても薄給で、好きな人にはふり向いてもらえない」という、すごく暗い話になってしまって…。それで今度は、桃江ちゃんのほかにも、桃江ちゃんと同じくらい個性豊かなメンバーを集めて群像劇にしたらいいんじゃないかと思って、会社帰りにマンガ喫茶に泊まって徹夜でプロットを描きました。その時急に何かが降りてきて(笑)。気がついたらバランスよく5人のキャラができあがっていました。

──5人がそれぞれ性をこじらせているという設定にされたのはなぜですか?

いつまちゃん 5人のモデルは今まで生きてきた中で味わった様々な感情ですね。

 例えば林くんの偏った思想は、第二次性徴期に貪るように読み、共に育った掲示板「2ちゃんねる」の様々な住人たちから着想を得てます。「女は付き合う前に一度安いチェーン店に連れていって(金銭目的じゃないか)反応を見ろ」みたいな書き込みが一時期議論の的になってましたが、ネット上のイメージだけで膨らんだ自分の経験不足による偏見って結構生きてて損するんですよね。これから仲良くなりたい人に対して試し行動して嫌われたり。みんな本当は純粋で傷つきたくないだけの良い奴なのにな…という歯痒い気持ちから生まれたのが林くんです。

■「いつか何者かになりたい」という反骨心

 魔性のタラシの松田くんは「相手が欲しがってる言葉がわかる」特性によって誰かにつけ込んだり相手の執着でがんじがらめになったりした時の虚しさから、梅ちゃんはたまに感じてしまう性欲への疑問や「いつか何者かになりたい」と思ってマンガを描き始めた反骨心から、好きな人にとことん尽くしても、やることがすべて空回りしまった悲しさは檜山くんに反映されています。5人のセフレがいる桃江ちゃんは、承認欲求と性的好奇心と母性を極端に表現したイメージです。

──お気に入りのキャラクターや、描いていて楽しいキャラクターはいますか?

いつまちゃん みんな自分の子どものように思っていますけど、たとえば桃江ちゃんのセフレの活躍回では、桃江ちゃん視点で「◯◯君かっこいい〜」と感情移入して描くことが多いので、私までドキドキしちゃってますし、松田くんの元カノの華ちゃんを描いている時は「華ちゃんやっぱり好きだな〜」と思います。その時描いているキャラにいちばん感情移入して描くので、「いちばん好きなキャラ=その時描いている誰かの好きなキャラ」という感じですね。描いていて特に楽しいのはバリキャリで女性が好きな長女、楽観的で定職につかない長男、可愛くて賢い女装男子の次男で構成された栗山三姉妹です。尖った個性の人々が自然に互いを尊重しあってる様子を描くのが好きですね。

──これだけ登場人物が多いと、読者の人気も分かれますか?

いつまちゃん 人気投票などを行ったことはないですが、サイン会など好きなキャラ描きますよ〜って時は桃ちゃんと松田くんがダントツで人気ですね。でも梅ちゃんも檜山も心ちゃんも桃ちゃんのセフレたちも満遍なくリクエストを受けます。ご自身の感情に近いキャラだったり、実際の好きな人に近いキャラだったり…読者の方それぞれにとって一番想いを託せるキャラクターを好きになっていただくパターンが多い印象ですね。

■人の発言の裏とか、バックボーンをずっと考えてしまう

──キャラの描き分けがリアルで、人間観察の鋭さを感じます。

いつまちゃん ありがとうございます。私は子どもの頃から「この人はなんで○○ちゃんには優しいのに、私には笑ってくれないんだろう」とか、「この子が極端に年上とばかり付き合うのは家庭環境も関係してるのかな」とか、考えてしまうクセがあるんです。

 人の発言の裏とか、その言葉を発したバックボーンとかをずっと考えてしまうので、「今日あの人はこう考えてたんじゃないだろうか」とか、人の10倍も20倍も考えながら生きているところが『来世ちゃん』にも出ているような気がします。偏見なので悪い癖ですが、かなり創作には役立ってますね。

■キャラクターをパズルのように組み合わせて描く

──単行本では「SNSお悩み相談コーナー」も掲載されています。「『来世ちゃん』で世の中の不条理に立ち向かう」「桃江ちゃんを幸せにすることで、失恋で傷ついた女の子を救う」ということは意識されているのですか?

いつまちゃん そういう善の目的ではまったく描いていないです。「桃江ちゃんがBくんの出張についていったらどうなるんだろう」とか、「Eくんがコロナで投資に失敗してたらどうなるかな」とか、今の世の中の時事と照らし合わせつつ、キャラクター同士を、ただパズルのように組み合わせて描いているだけです。

 でも作品が誰かに少しでもいい作用をもたらしているのであれば、描いていてよかったなと思います。

■今後どう変わっていくかは自分でも予測不可能

──ドラマの最終回では、アセクシャルでアロマンティック(他者に性的欲求も恋愛感情も抱かないセクシュアリティ)の梅ちゃんの結婚話も出てきました。あれはドラマ版のオリジナル脚本ですか? 今度の展開などはもう決めておられるのですか?

いつまちゃん ドラマのシーズン2をつくるにあたり、私が「いずれ白木・レオペアが梅ちゃんと同居する構想がある」ということをお伝えしたので、エピソードの先取り的な感じであのような展開になりました。

 ただ、X×Y=Zみたいな感じで、キャラとキャラが合わさっていくらでもドラマが生まれてくるので、私が「こうなるかも」と構想していても、描いているうちに展開が変わってしまうこともあります。そのときの時代の空気感とキャラクターの状況で、今後どう変わっていくかは自分でも予測不可能です。

■「来世ちゃん」という略称を考えてくれたのは担当編集

──『来世ではちゃんとします』というタイトルは、とてもインパクトがあります。『来世ちゃん』という略称もキャッチーで覚えやすいです。

いつまちゃん ありがとうございます。実はこのタイトルはTwitterでずっと相互フォローだった方の案なんですよ。読み切り版の「スタジオデルタのこじらせた大人たち」が最初のタイトルだったんですが、連載にするにあたってタイトルを変えた方がいい…と当時のグランドジャンプ編集長にご意見いただきまして、困り果ててTwitterで「キャッチコピーとかタイトルとか考えるの得意な方いませんか」と呟いたら、その方が「仕事でコピーも考えることも多いよ」と力になってくださって、10案くらい出してくださり、その中に「来世では、ちゃんとします」があったんです。「これだー!!」って光って見えましたね。

 ちなみに「来世ちゃん」という略称を考えてくれたのは担当編集さんです…ほんと良い人たちに恵まれましたね。

──もしかして、ペンネームの「いつまちゃん」も相互の方のアイデアですか?

いつまちゃん いえ、これは本名が「まつい」なので、それを逆さにしただけです。Twitter用に適当につけた名前がそのままペンネームになっただけですね(笑)。でも親しみやすいし呼び捨てにされないので気に入ってます。

【続きを読む 「セフレから恋人へのステップアップってかなり難しい」 “性こじらせ男女”を描いたマンガ家が考える“結婚観”】

(取材・構成:相澤洋美、撮影:杉山秀樹/文藝春秋)

「セフレから恋人へのステップアップってかなり難しい」 “性こじらせ男女”を描いたマンガ家が考える“結婚観” へ続く

(いつまちゃん)

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