辺境ノンフィクション作家が世界の果てでやっと出会えたリアル「口噛み酒」の味

辺境ノンフィクション作家が世界の果てでやっと出会えたリアル「口噛み酒」の味

川内有緒氏 ©平松市聖/文藝春秋

 アニメ『君の名は。』に出てきた“口噛み酒”からヒキガエルジュースまで、世界中のありとあらゆる奇食に挑んだ 『辺境メシ』 の刊行を記念して、著者・高野秀行とゲスト・川内有緒の対談イベントが神保町・東京堂で開催された。「はぐれノンフィクション軍団」なる秘密結社(!?)の隊長・高野と隊員の川内による抱腹絶倒対談!

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■隊員は3人だけ「はぐれノンフィクション軍団」

高野 最初に川内さん、ちょうど 『空をゆく巨人』 が開高健ノンフィクション賞を受賞されて、おめでとうございます!

川内 ありがとうございます。受賞後すぐにお電話いただいて。みんなメールが多いなかとても嬉しかったです。さすが隊長!(笑)

高野 川内さんとは「はぐれノンフィクション軍団」仲間なんですが、誰も知らないでしょうから、ちょっとだけ説明しましょうか。

川内 私が入団したのは4年ぐらい前ですが、高野さんがプロデュースした本の秘密結社みたいなもの(笑)。隊員は3人だけですかね?

高野 歴代3人で、ひとりはもう辞めてしまって。第1号が『困ってるひと』という闘病記を書いた大野更紗さん。僕はあの本のプロデュースをやったんですね。ものすごくヒットしたんですが、あれは笑える闘病記の走りでした。そのあと、モハメド・オマル・アブディンという目の見えないスーダン人の友達の、『わが盲想』という本を出したんです。

川内 私は最初、『パリでメシを食う。』という本を出した頃に1ファンとしてイベントで高野さんに会ったんです。その後、高野さんがTwitterで「国連についてもうちょっと知りたいな」と書いていらして、たまたま私が『季刊レポ』で書いていた国連についての原稿を送ったら、「これ本になるんじゃない? よかったら編集者紹介するよ」と言ってくださって。それが無事に1冊の本になって、めでたく軍団に入団(笑)。『パリの国連で夢を食う。』という本のタイトルは、2日酔いの高野さんがつけてくれました。

■世界イチ臭い缶詰「シュールストレミング」の試食会

高野 たまには2日酔いも役に立つんですよね(笑)。川内さんは『辺境メシ』の中に出てくる、世界で1番臭いニシンの発酵食品、シュールストレミングの試食会に参加してくれたんです。2度開催したのですが、両方ともお友達と一緒に。

川内 荒川土手の横の素敵なマンションの一角でやりましたね。

高野 昔チェンマイで一緒に仕事をしていた先生が今スウェーデンに移住していて、その方が日本にくるときお土産として持ってきてくれたんですよ。本当はシュールストレミングは危険だから飛行機に乗せちゃいけないらしいんだけど。

川内 気圧の変化で爆発したら、もう逮捕レベルですよね(笑)。

高野 そうそう。もらってから、家のベランダに置いて1年くらい忘れてたんですよね。あるときふと見たら、缶詰がパンパンに膨らんでるの。妻が本当に恐れて「これ、あんたが外国とか行ってるあいだに爆発したらどうすんの? 警察が来るし、このマンションに住んでいられなくなる」と言うんで、慌てて試食会をやることにしたわけですね。この写真のように、使い捨ての雨合羽で完全防備して。

川内 でも、これよく見ると何かおかしいですよね。

高野 完全防備してるのに、手袋忘れてるの。

(会場大爆笑)

■開けて1秒後にはもう異臭が!

高野 で、缶切りで開けるとバシャッと飛ぶから、料理用のボールに水を張って、そのなかでやったんですよね。そしたらブシュブシュブシューッてすごい勢いであぶくを吹いて。

川内 1秒後にはもう異臭が始まってましたよね。

高野 みんなワーッとか言ってどんどん遠ざかって行って。でも最後パカッと開けたらビックリしたことに、空だった。

川内 そう、何もなかった!

高野 要するに発酵が進みすぎちゃって溶けて汁となって流れ出ちゃってて。だから浦島太郎ってこんな感じだったのかなって冗談抜きで思いましたよ。ホントビックリしたね。

川内 でも臭いのインパクトは半端なかったですね。うちは娘がいるので、オムツを溜めておくと異臭を発し始めるんですが、3日ぐらい経つとこういう臭いになるのかな(笑)。

高野 人間はすごく否定的な反応が多かったけど、うちの犬を参加させてみたんですね。僕が納豆をよく食べさせてる納豆犬のマドは、好きでペロペロしているわけですよ。ちゃんと食べものとして認識してた。

■お花見の罰ゲームにシュールストレミング

川内 シュールストレミングってヨーロッパだと比較的簡単に手に入るから、飲み会とかでたまに持ってくる人いるんですよ、お花見とかで。

高野 お花見に!?

川内 「開けてみる?」みたいな、ちょっと罰ゲーム的な感じで。だからちょっと懐かしかったな。

高野 1回目、食べられなかったので、今度は通販で買ってリベンジしたわけですよ。そっちのほうは開けたら発酵があまり進んでなくて臭いはたいしたことなかったね。魚もピカピカしてて、生みたいだった。

川内 見た目はちょっと美味しそうでした。でも、私が1番ビックリしたのは蝿。一瞬でブワーッと、どこから来たんだっていうぐらい集まってきて。

■15年ものの熟れ寿司はキラキラしてるの

高野 巨大銀蝿みたいなのが、群がってきた(笑)。食べてみたら臭いとかはそんなに気にならないんだけど、生臭さが半端ないし、あとしょっぱかったね。なんか生っぽいんですよ。

 じつは去年、中国の広西壮族自治区に行ったんですが、トン族という少数民族がいます。そこには熟れ寿司、日本の寿司の原型と言われてるものがあって、お米と一緒にデカいソウギョという魚を漬けた10年もの、20年ものの寿司があるというので、探したんです。そしたら15年ものがあるというので、地元のおじいちゃんに案内されて行ったら、納屋の片隅に昔の風呂桶みたいなのがあって、バカッと開けたらなんとシュールストレミングの臭い。ドブのようなウンコみたいな臭いですよ。そのとき「おー、なんか懐かしい!」って思って。そこからザバーッと魚を引き上げたら、いま獲れたみたいにキラキラしてるの、黄金色で。

川内 15年も経ってるのに、すごーい!

高野 水分が抜けてるんでふっくらはしてないんだけど、ホントにツヤツヤ光り輝いてる。なんでこの人たちが魚をそんなに何年も保存してるのか? それはやっぱりめでたいときに食べるんだそうです。発酵してるから味が美味しくなるというのもあるけど、もうひとつは、宴会のときにいつでも大きな魚が用意できるとは限らない。漬けておけばある意味いつでも美しい魚を出してきて卓に乗せることができる、そういう意味もあるんじゃないかなと思いました。

■『辺境メシ』の食欲を減退させる力

川内 なるほど、シュールストレミング的な発酵食は世界じゅうにあるんですね。それにしても、いまの話なんて本全体から比べたら氷山の一角。比較的食べやすい部類のひとつですよね。

高野 読んでてどうでした?

川内 もう具合悪くなっちゃったくらい!「週刊文春」の連載中愛読していたのですが、1冊で読んだらたたみかけるような迫力があって、食欲を減退させる力がすごいです(笑)。

高野 明治大学の清水克行先生がゼミの学生に読ませたら、女の子のひとりが、「先生、これは食事の前にちょっと読むと食欲が減退してダイエットにいいです」って言ったそうです。食事の前にぜひ。

川内 これは新しいダイエット法ですね!?

■アニメ映画『君の名は。』にもでていた口噛み酒の話

高野 こういう変な食べ物っていうのはみんな興味があるんですね。先日も、高校生相手に講演会をしてきたら、1番盛り上がるのは質疑応答で、「いままで食べたもののなかで1番変なものはなんですか?」「不味かったものは?」とか(笑)。せっかくなのでここで、若い人たちにもアニメ映画『君の名は。』で有名になった、口噛み酒の話を少し。

川内 これは読んでて、すごく飲んでみたいと思いましたよ。

高野 最初、僕は映画が流行ってることを知らなくて、口噛み酒を探しにペルーに行ったんだって話をすると、みんな「え、あの口噛み酒!?」って言うから、なんでそんなメジャーなんだろうとビックリしたんです。映画の冒頭を見たら、主人公の巫女の女子高生が神様にお供えするための御神酒を作るために、炊いたお米を噛んでチョチョッと出すんですね。

川内 上品な感じのシーンでしたね。

高野 それがロマンチックで官能的だって話題になってたらしいですね。僕はそんなことは知るよしもなく、口噛み酒には以前から興味があって調べていたら、もう世界各地でどんどん失われていて、いま口噛みをやってるのはアマゾンの先住民ぐらいだと。そこで早稲田探検部の先輩・関野吉晴さんに相談したら、「じゃあ俺の知ってる村行けば?」って紹介してくれた。でもそこはいま許可関係がすごく厳しくなっていて、結局入れなかったんですね。現地ではマサトと呼ばれるお酒で先住民の人たちには一般的なのですが、いまはもう口噛みっていうやり方はしてなくて、サトウキビの汁やひどいときはラム酒を混ぜたりして近代的なやり方で作ってる、と。

川内 もはや完全に違う酒ですよね。

■目の前で見たリアル「口噛み酒」は

高野 そう、邪道もいいとこ。聞いてみたら、昔ながらの口噛みやってるところなんてもう関野さんが通っていた村ぐらいしかない。でも、たまたま居合わせた村長夫人が「10年くらい前にやめたけど、私できるよ」と。「じゃあ試したいんでぜひお願いします」って言ってやってもらったんですね。まずはキャッサバっていう芋をふかして潰してマッシュポテトにするんです。イメージと現実は違うだろうとは思ってたけど、僕はこれを見て本当に衝撃でした。さあ、現代の『君の名は。』をどうぞ。

昔ながらの口噛み酒の作り方
https://youtu.be/EfvFDw337bc

川内 ひゃー、強烈! めっちゃ重労働ですよね。

高野 何かに似てると思ったら、大食い大会。あの太ったおばさんがものすごい勢いで食べては出し、食べては出しって、汗だくになって30分やっている。終わったと思ったら、またしばらくして戻って来てもう1回始めて。唾液の酵素のパワーってたかがしれてるので、よっぽどたくさんやらないと糖に変わらないらしい。だからマッシュポテトが最後はドロドロになるんだけど、たぶん2割ぐらいは唾液(笑)。

川内 本に、昔は処女しかできなくて、虫歯がうつるかもしれないみたいなことが書いてありましたが……、酒で虫歯菌うつりたくないですね(笑)。

■家のベランダで発酵させた口噛み酒の味

高野 昔は処女しかできなかったというのも、若い健康な人のほうが病気が少ないという意味あいもあったんでしょう。で、発酵するのに数日かかるからタッパーに入れて日本に持って帰ってきたんですよ。しばらく家のベランダで栽培して、日中は日なたに出して夜は冷蔵庫に入れたりしていたら、だんだん匂いが酸っぱい感じに変わってきて。でも、それがいい変化なのかヤバイ変化なのかもわからない。正解を知らないから。そもそも試飲の仕方がよくわからないし、そこでジャッジしてくれる人として再び関野さんをお呼びして、飲んでもらったんです。

川内 関野さん、すごく喜んでる!

高野 こんな適当で、気圧や温度管理もデタラメなやり方だったのに、なんと正解だった。関野さん「懐かしい!」ってすごい喜んでて、ビックリしましたね。ヨーグルトドリンクみたいな、韓国のマッコリの薄いような味。関野さんによると、現地の人たちはこれをカヌーに作って、ひと晩、ふた晩かけてあるだけ飲むそうです。

川内 前に南米に行ったとき、パナマのクナ族っていう先住民が住んでる島に着いたらちょうど祭りの日で、デカい樽にいっぱいお酒作ってて、みんなで踊りながらそれをひしゃくに汲んでひと晩ずっと飲み続けるみたいな飲み会がありましたよ。

高野 まさにそんな感じですね。

川内 どんどんいけるから、何も考えずに「お、酒だ!」みたいな感じで飲んでたけど、翌日一緒に飲んだカメラマンがぶっ倒れてた(笑)。

■どぶろくをストローでチュウチュウ

高野 アルコール度数が低いからけっこう飲めちゃうんですよね。いま思い出したんだけど、ミャンマーとインドの国境近くに住んでる元首狩り族のナガは、一年じゅう納豆ばっかり食べてる人たちですが、彼らもけっこう朝から酒飲んでるんだよね、ストローでチュウチュウどぶろく吸って。要するに熱帯地域って新鮮な水がなかなか手に入らない。でも発酵していると、腐敗を起こす菌を排除してくれるから水分と栄養分を補給する意味で飲んでるんだと関野さんは言ってました。

川内 水資源に乏しいヨーロッパも似た事情がありますね。ヨーロッパは歴史的にお酒を飲める人しか生き残れなかったというか。遺伝子上、お酒が飲めない人は不衛生な水を飲まざるをえなくてどんどん淘汰されていったという説もあります。日本は水が豊富な国で、お酒が飲めない人もたくさん生き残れたんです(笑)。

高野 へー、ひとつ賢くなりました。僕らが昼酒飲んでるのも生存上の重要な意味があるっていう理論的な裏付けが今日できましたね。

川内 アハハハ。ひとつ、私が高野さんに紹介したい友人の話をしてもいいですか?

高野 どうぞどうぞ。

■「私も胎盤食べました」刺身、肉野菜炒め、鍋にも

川内 この本でひときわ衝撃的なのが胎盤餃子の回ですが、私の友達で好んで胎盤を食ってる人がいるんですよ。出産するたびに胎盤を取っておいて食べてるの。3回出産したんだけど、1回目は味見程度に食べてみたら、これは美味いなと、2回目は刺身や肉野菜炒め、3回目はトマトソース煮込みにして食べたそうです。

高野 すごいですね。実は本を出してからも、ちらほら「私も胎盤食べました」ってメールやTwitterなどで連絡をくれる方がいました。僕の探検部の先輩は奥さんが出産したときに家族みんなで鍋や刺身にして食べたそうです。レバーの風味そのもので、へその緒は貝柱みたいな味だとか。

川内 友達はすごく上品な味だと言ってましたね。

高野 あと、自然分娩の愛好家の人たちは基本食べるって情報をくれた人もいました。食べ方は生、刺身にして。それを聞いたときに面白いと思ったのは、中国で胎盤食べるときは餃子。つまり、もともと食べものじゃないものを口に入れるとき、とりあえず餃子にするのが自然な形なんでしょう。ところが日本人はとにかく生食が好き。新鮮だったらまずは刺身で食べてみようって。そういうところに文化の違いを感じますね。そろそろ時間なので、最後に質疑応答を少しだけ。

■ヒキガエルジュースの味

参加者 高野さんへの質問ですが、召し上がって味や匂いがやっぱり気持ち悪かったものと、意外にイケたものと、どちらが多いですか? あと有緒さんは以前パリにお住まいでしたが、パリの方とか欧米人から見てグロい日本食って、なんでしょう?

高野 まず私から。一見気持ち悪そうでも食べてみると意外にそうでもないことのほうが圧倒的に多いですね。ひとつには、少しテンション上げ気味にしてるんですよ。たとえばヒキガエルジュースなんかはかなり微妙な代物ですが、我に返らないように無意識の防御反応が働いているから「美味しい!」って飲める。ただ、だんだん青臭さが出てくるんですよね。蜜とかマカとか入れて味をごまかしてるから青臭いバリウム状態。やっと終わった!と思ったら、アンドレ・ザ・ジャイアントに似たお姉さんが、「はい、これオマケ」ってまたもう1杯出してくれたときは、さすがに気持ち悪くなりましたが(笑)。

■ユネスコ職員に嫌われていた日本の食材は?

川内 私がパリにいたときユネスコという国連機関の1部に勤めてたんですけど、けっこうな勢いで嫌がられてたのが海苔。あの真っ黒なのがすごい気持ち悪いものに見えるらしく、「よく食べられるね、あれってなんなの?」みたいな。あと日本茶ブームでパリの人って日本茶をたくさん飲むんですが、そこに砂糖をドバドバ入れるんです。本物を教えてあげようと思って、日本からわざわざ持ってきた最高級のお茶を同僚に飲ませたら、みんな「海藻みたいな味」「海の匂いがする」って。「砂糖を入れないとお茶が飲めない」とか言ってたのが印象的ですね。

高野 僕しばらく家でずっと中国茶飲んでた時期があって、ウーロン茶とかジャスミン茶を飲んでて、久しぶりに日本茶を飲んだら、「うわっ、生!」と思った。とても青臭いというか。

川内 発酵の過程なんですかね。日本のお茶はたしかにどこか海っぽい味なんです。

高野 ぜんぜん発酵してないんだよね。だからやっぱり日本人は生が好きなんだよね。

川内 素材をそのまま楽しむってことですね。

高野 味覚ってそれぞれの地域の固有の文化とセットになったものなんですよね。そろそろ時間なのでこのくらいにしたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

高野秀行(たかの・ひでゆき)1966年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学探検部所属時に執筆した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。2005年、『ワセダ三畳青春記』で酒飲み書店員大賞を受賞。2013年刊の『謎の独立国家ソマリランド』で講談社ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。他に『西南シルクロードは密林に消える』『アヘン王国潜入記』『イスラム飲酒紀行』『謎のアジア納豆』『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』(清水克行氏と共著)など著書多数。

川内有緒(かわうち・ありお)1972年、東京生まれ。ノンフィクション作家。国際連合教育科学文化機関ユネスコ勤務後、作家に。著書に『パリでメシを食う。』『パリの国連で夢を食う。』『晴れたら空に骨まいて』など。2013年、『バウルを探して』で新田次郎文学賞を受賞。最新刊は、本年、開高健ノンフィクション賞を受賞した『空をゆく巨人』。

(「文春オンライン」編集部)

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