「最強の楯」か「至高の矛」か…関ケ原前夜に繰り広げられた、石垣と鉄砲の“激戦”

「最強の楯」か「至高の矛」か…関ケ原前夜に繰り広げられた、石垣と鉄砲の“激戦”

『塞王の楯』(今村翔吾 著)集英社

 越前・一乗谷(いちじょうだに)は、織田信長の侵攻の前に炎に包まれた。戦火に追われた匡介(きょうすけ)は山中で、ある男に出会う。石垣造りの職能集団「穴太衆(あのうしゅう)」の頭目で「塞王(さいおう)」と呼ばれる当代随一の石積み職人、飛田源斎(とびたげんさい)だ。彼のもとで匡介は研鑽を積み、若き後継者へと成長していく。

 作家の今村翔吾さん最新作『塞王の楯』の主人公は、穴太衆の職人たちだ。

「もともと石垣に興味があり、職人の物語を書きたいと思っていて、穴太衆の技術を継承している粟田建設の粟田純徳社長に取材したら、驚くことばかりで。竹田城や熊本城の修復はもちろん、高速道路の基礎工事にも技術が生かされていて、石積みで作った石垣は、コンクリートより強度が高い。粟田さんは拳大の栗石(ぐりいし)をひたすら組み上げる修業を10年間続けた。粟田さんの祖父は、ばらばらに並ぶ石を見るだけで、過不足なく石垣を築けた。超人ですよね」

「石の聲を聴け」。作中、源斎が匡介に伝えた言葉や技は、粟田さんから教わったことが生かされている。職人の日常にも拘った。

「秀吉が天下統一すると、城の仕事は減り、寺や土豪の屋敷の修繕など、あちこち出張して細々とした仕事をこなさないとならない。生きていくために働くのは、現代のサラリーマンと同じ。彼らは中央政界や軍勢の動向などを把握しているわけではありません。太閤が死んだと町々で聞いたり、関所が増えていることから有事の前触れかと考えたり、限られた情報のなかで、生き抜こうとする彼らの力強さを伝えたかったのです」

 戦禍で父母や妹を喪った匡介は「最強の楯」としての石垣を備えた不落の城を築けば、戦はなくなると信じている。しかし、同じ理想を持つものの、全く違う考えの男が立ちはだかる。鉄砲作りを生業とする「国友衆」の次期頭目、彦九郎(げんくろう)だ。どんな城でも攻め落とす武器「至高の矛」を持てば、互いに使うのを躊躇い、戦がなくなると考えている。

「石垣も鉄砲も、相手に先んじてレベルを上げていかねばならない。拮抗させることで束の間の平穏が実現しても、根本的な解決にならないことを双方わかっていない。まさにそうした矛盾を描きました。争いは絶対になくならないが、人間が考えることを放棄したらあかん問題だから、僕もみなさんにも考えて欲しいとの思いをこめました」

 やがて匡介と彦九郎は、決着の時を迎える。関ヶ原前夜、激戦が繰り広げられた大津城の戦い。寄せるは“西国無双”と恐れられた立花宗茂。守るは、「凡庸」で“蛍大名”と揶揄された京極高次。匡介たちは石垣を利用し、守り、攻める。砲弾乱れ飛ぶ戦場で、崩れた石垣をその場で積み直して補修する「懸(かかり)」の描写は圧巻。「そこは“戦屋(いくさや)”の今村やからね」と笑う。

「虚構ではありませんが、実は『懸』は僕が名付けました。造語の巧者だった池波正太郎先生にあやかって(笑)。当時の世界の三分の一の鉄砲が日本産で、そのうち三割が近江の国友か日野で作られていた。城攻めに大筒が使われた数少ない事例。強力な鉄砲に対抗する穴太衆の秘儀として楽しんでいただけたら」

 今村さんの小説は「熱い」と評されることが多い。

「そう言われるのは恥ずかしいんですけど、最近は熱く語ったり、打ち込んだりすることを冷笑するような風潮がある。でも、僕の作品に感動してくれる人がいることは、青臭さや熱さをどこかで求めているんだと思う。悩み、怒り、戦う登場人物たちの姿に、本当の自分、なりたかった自分を見出してもらえる作品を作っていきたいですね」

いまむらしょうご/1984年京都府生まれ。2017年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。『童の神』で角川春樹小説賞、『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞、『じんかん』で山田風太郎賞、「羽州ぼろ鳶組」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2021年11月25日号)

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