「村上は大丈夫だ。ヤクルトも大丈夫だ」 黙ってグラウンドを直視する村上宗隆の姿に見た“希望の光”

「村上は大丈夫だ。ヤクルトも大丈夫だ」 黙ってグラウンドを直視する村上宗隆の姿に見た“希望の光”

日本シリーズ第1戦、勝ち越し2点本塁打を放った村上宗隆

■悪夢のようなサヨナラ負けの渦中で……

(どこかで見た光景だな……)

 茫然自失の中で、そんなことを考えていた。そして、すぐに気がついた。

(……あっ、あのときと同じだ)

 僕の視線の先には三塁側ベンチにどっかりと座ってペットボトルの水を飲み干している村上宗隆の姿があった。グラウンド上ではオリックスナインが歓喜を爆発させ、スタンドに陣取るオリックスファンは興奮しながら全身で喜びを表現している。2021(令和3)年日本シリーズ初戦はあまりにも劇的なエンディングを迎えていた。

 3対1と2点リードで迎えた最終回。マウンドにはヤクルトの守護神、スコット・マクガフが上がっている。それは、今シーズン何度も見られたヤクルトの勝利の方程式だった。しかし、マクガフは一死もとれぬまま3点を失い、あっという間に天国から地獄へと突き落とされる。ヤクルトファンとしては、信じられない、いや信じたくないサヨナラ負けだった。

■ハッキリと脳裏に焼き付いた「その光景」

 この日僕は一塁側内野席で観戦していたのだが、敗戦が決まった瞬間からの記憶が曖昧だった。しかし、「その光景」はハッキリと脳裏に焼きついている。試合終了の瞬間、僕は手にしていた双眼鏡で三塁側ベンチを確認した。高津臣吾監督をはじめとする首脳陣は、すぐにベンチ裏に引き上げた。グラウンドにいた選手たちも、手際よく身支度を整えてすぐに姿を消した。

 フィールドでは、オリックスナインが上気した顔で仲間をたたえ合っている。一方の三塁側ベンチでは、一様に険しい顔をしたヤクルトナインがあっという間にグラウンドを後にした。ベンチ内に残っているのはジャージ姿の裏方さんたちだけだった。いや、すべての選手が引き上げたにもかかわらず、そこにはユニフォーム姿の村上が一人で座っていたのだ。

■ベンチには村上宗隆ひとり

 村上は黙ってグラウンドを見つめている。その先のオリックスナインの姿を目に焼き付けているのか、それとも今日の試合を脳裏で反芻しているのだろうか? このとき彼は、どんなことを考えていたのかはわからない。自身のツーランホームランでリードしたにもかかわらず、チームが敗れ去ってしまったことに対して、どんな感情を抱いていたのかはわからない。いずれにしても、村上はベンチにどっしりと腰掛けて、ペットボトルの水を一気に飲み干したのだ。

 この光景を見た僕は、「どこかで見たことがあるな」と感じ、すぐに「あのときと同じだ」と気がついた。そう、このときの村上の姿を見て、1992(平成4)年日本シリーズ第7戦の岡林洋一の姿を思い出したのだ――。

■1992年の岡林洋一と2021年の村上宗隆

 伝説となった92年日本シリーズ。就任3年目を迎えていた野村克也監督率いるヤクルトは、実に14年ぶりにセ・リーグを制覇した。一方の森祇晶監督率いる西武ライオンズは3年連続でパ・リーグを制し、自他ともに認める黄金時代の渦中にあり、戦前の予想では「西武圧勝」の声が大半を占めていた。

 しかし、それでもヤクルトナインは善戦した。エースの岡林洋一が初戦、第4戦、そして第7戦に先発し、いずれも完投した。結果的にヤクルトは3勝4敗で無念の涙を呑むのだが、このシリーズでの岡林は、見ている者の胸に何かを訴えかけるような力投を続けた。3試合に登板し、一人で30イニング430球を投げ抜いたのだ。第7戦は延長10回の力投もむなしく、1対2で敗れ去った。

 西武の日本一が決まった瞬間、僕は神宮球場のバックネット裏から一塁側ベンチに釘付けになった。ヤクルトナインはベンチから森監督の胴上げをじっと見ていた。その中に岡林洋一の姿もあった。彼はベンチに座ることなく、立ったままその光景を見つめていた。夕日に照らされた岡林の姿は実に神々しかった。

■夕日に照らされたあの日の岡林

 92年、そして93年の西武とヤクルトの激闘は92年が西武、そして翌93年はヤクルトが日本一に輝き、いずれも4勝3敗で第7戦までもつれ込む激闘となった。この年の両チームの戦いを描くべく、僕は両チームの関係者のべ50人にインタビューを敢行。『詰むや、詰まざるや 森・西武vs野村・ヤクルトの2年間』(インプレス)という本にまとめた。この本の中で、夕日に照らされる岡林について、僕は次のように記した。

 岡林は一塁側ベンチからその光景(筆者注・森監督の胴上げ)を見つめていた。ダッグアウト最前列で、真っ直ぐ、前を見据えていた。そこに涙はなかった。「今、この光景を目に焼きつけておかなければいけない」、岡林の胸中にあったのはそんな思いだった。

 この場面のことは岡林もハッキリと記憶しており、「今後のためにしっかり見ておこうと意識していた」と振り返ってくれた。結果的に岡林は翌年からは右肩痛に苦しめられ、現役引退まで本来の調子を取り戻すことはなかった。しかし、ヤクルトナインはこのときの悔しさを胸に、翌年に見事に日本一に輝くことになる。92年の悔しさがあればこそ、93年の栄光の瞬間があったのだと言っても、過言ではないだろう。

■「切り替え」とは目を背けるのではなく、直視すること

 21年日本シリーズ初戦――。ヤクルトにとっては実に後味の悪い幕切れとなった。しかし、試合後の村上は実に堂々としていた。歓喜に沸くオリックスナインを前に、真っ直ぐ、前を見据えて、ゆっくりとペットボトルを空にしていた。

 それは、気持ちをリセットするためのある種の「儀式」のようなものだったのかもしれない。ショッキングな出来事が起こったり、意に沿わぬ結果を迎えたりした場合、「切り替えが大事だ」としばしば言われる。「切り替え」とは、目の前の現実から目を背けることではなく、あえて直視することなのだと、僕は92年の岡林から教わった。

 あれから29年の歳月が流れた。同じく日本シリーズの大舞台で、僕は同じことを村上から再び教わることとなった。悔しくて、悔しくて仕方のない敗戦だった。相手に勢いづかせるイヤな負け方だった。しかし、敗戦の中から何を見つけることができるのか? どうすれば、次なる勝利への布石を見出すことができるのか?

■「村上は大丈夫だ。その村上のいるヤクルトも大丈夫だ」

 そんな視点で考えたとき、この日の村上の姿は神々しささえ感じさせる立派なものだった。ショックではあったけれど、「村上は大丈夫だ。その村上のいるヤクルトも大丈夫だ」と、無理やりにでも思いたいと僕は考えた。そして、その翌日の第2戦では、高橋奎二のプロ初完封という見事な勝利で、前夜の悪夢を払拭したのだ。

 第2戦での村上は4打数1安打だった。アウトにはなったけれど、2回表のサードゴロは間一髪のタイミングだった。常に全力プレーを心がけ、貪欲に勝利を欲している村上が四番に座っている限り、ヤクルトは大丈夫だ。第3戦からは東京ドームが決戦の舞台となる。すでに初戦の悪夢は払拭されている。今日から、どんな戦いが待っているのか? やはり、日本シリーズは面白い。

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(長谷川 晶一)

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