「ちょっと虫がよすぎやしないか」“トシちゃん抜き”で近藤真彦と野村義男がツアー開催 “アラ還アイドル”の《本当の人間関係》とは

「ちょっと虫がよすぎやしないか」“トシちゃん抜き”で近藤真彦と野村義男がツアー開催 “アラ還アイドル”の《本当の人間関係》とは

コンサートツアーのポスター

 12月9日に横浜のライヴハウスで幕を開ける「MasahikoとYoshio Live Tour2021−2022」。近藤真彦(57)と野村義男(57)が来年春にかけて、大阪・福岡・札幌など全国7か所を巡るのだ。57歳になり「マッチくん」、「ヨッちゃん」と呼び合うふたりは現在揃って金髪ヘア。リハーサルには余念がない。

「マッチの芸能活動再起を賭けたツアーとなりますが、頼りにしたのは四十数年来の仲のヨッちゃんということになりました。内々では、『ロートルパワーに賭けてみよう』と言っていますよ。要はファンもいいオトナの年齢で、それなりにチケット代などのお金を使ってくれるだろうということです。チケット先行発売をウリに、ファンクラブ会員も大募集中です」(音楽関係者)

■不倫スキャンダルで「無期限の活動自粛」

 近藤真彦の5年にわたる不倫交際が「週刊文春」によって明らかになったのは、昨年の11月のことだった。ジャニーズ事務所は“長男坊”近藤のスキャンダルに、「無期限の活動自粛」を発表したが、結局本人は口を噤んだまま今年4月に退所。以降の芸能活動はラジオのレギュラー程度で、あとは長年続けてきたレース関連の活動ばかりだった。

「でもジャニーズに44年、人生の大半いたわけですからね。歌で人前に出たくてウズウズしていました。11月2日に、中野サンプラザで昼夜2回コンサートをやりましたが、『愚か者』からスタートして、アンコール前には『ギンギラギンにさりげなく』を歌うというまさにベストヒットメドレーみたいなコンサートでした。この時のタイトルが『Re START』だったんです。もちろんバックのギターはヨッちゃんでした」(同前)

 昨年12月に予定されていたデビュー40周年記念が不倫騒動で中止になり、そこで涙を飲んだファンたちがこの“再始動”に集まったのだ。

■金八ブームから「たのきんトリオ」誕生

 しかし“世代”の方からは、「だったらトシちゃんも呼べばいいのに!」というツッコミが聞こえそうだ。

 始まりは1979年10月。第1シーズンが放送された、大人気ドラマ「3年B組金八先生」(TBS)だった。そこに生徒役で出演していたのが、ジャニーズアイドルの田原俊彦(60)、野村義男、そして近藤真彦の3人。金八ブームのおかげであっという間に人気が出て、それぞれの頭文字をとって名付けられたのが「たのきんトリオ」というグループ名だった。それぞれのイメージカラーは赤・青・黄色。トシちゃんファンは赤を身に着け、マッチファンは青で対抗する。以降、メンバーカラーはジャニーズグループの定番スタイルになっていった。

 瞬く間に人気者になった3人組だったが、音楽活動ではそれぞれがソロデビューしている。

■ジャニー氏に愛されたアイドル「トシちゃんの人気は別格」

「1980年6月に『哀愁でいと』で一番手に歌手デビューしたのが田原俊彦、トシちゃん。半年後に『スニーカーぶる〜す』でマッチがデビューした。少し遅れて1983年にヨッちゃんがバンド『The Good-Bye』も結成して音楽でもフル稼働を始めたけれど、野村は元々ギタープレイヤー志望だった。

 しかしなかでも田原俊彦の人気は別格だった。最年長で、売り上げ枚数も上、何よりジャニーさんのお気に入りでした。ジャニーさんの理想とするアイドル像に限りなく近かった」(芸能デスク)

 テレビの冠番組や映画シリーズなどで熱狂的なファンがついたが、「たのきんトリオ」自体は1983年の夏に解散。1990年には野村がジャニーズ事務所を離れ、1994年には田原がジャニーズから離脱した。

「野村は、『もうバラエティとか踊りや歌はやりたくない。ギター一本で食べていきたい』とジャニーズを辞めました。のちに浜崎あゆみの“専属”ギタリストなど有名どころとの仕事をガッチリ掴みますが、そこまでの道のりはなかなか大変だった。そんなとき『ツアーでギターやってよ』と声をかけたのは、ジャニーズに居続けたマッチだった。

 一方、田原はジャニーズ所属じゃなくなった後は完璧に自らのチームを作り上げ、毎年コンサートツアーで全国を回っていった。昔のファンもついていっているし、さらに新しいファンも獲得し完全にソロアーティストとして成り立っています。

 だから近藤と野村との付き合いはほぼゼロなんですよ」(同前)

 そのせいか長年芸能マスコミでは、田原と他のふたりは仲が悪いとされていた。

「10代のジャニーズの寮生活の頃なんかには、トップに君臨した田原にマッチやヨッちゃんは振り回されたことも多かったらしいですね。絶対的な存在だった田原の意向に従わなきゃいけなかった。そんな大昔の怨念がいつまで続いていたのかはわからないけれど……」(同前)

■マッチが頼った“戦友”「二枚看板でツアーをまわりたい」

 今年フリーになった近藤が直々に連絡したのが、かつての“戦友”野村だったのだという。

「『一緒に旅しない?』と電話したとラジオの収録で語っていました。『近藤真彦の看板ではなく、ヨッちゃんとの二枚看板でツアーをまわりたいんだ』、と。

 でも意地の悪い目線で見れば、これはひとりじゃ自信がないからですよ。たのきんのうちのふたり、となれば集客は大きく変わる。何人か集まって開催される昭和歌謡のコンサートと似たノリを感じるんですよね」

 そう話すのはテレビ局関係者。この人物からすれば、もうひとつ気になる側面もあるという。

■マッチへ「ちょっと虫がよすぎやしないか」

「今回のふたりのツアーが発表されたのは9月末。8月にマッチの恩人メリー喜多川さんの訃報がありましたが、メリーさんがお元気だったらどう反応したか、と。

 もちろん会場などは予約済みだったハズですが、結局謝罪会見などもせぬまま身勝手にバタバタとジャニーズを辞めた“長男”のこのツアーの内容に笑顔で賛成したかどうか……。11月のコンサートのときにも関係者席の中央に2つ空席を作り、『ジャニーさんとメリーさんの席』と言っていたそうですが、業界関係者のあいだでは『ちょっと虫がよすぎやしないか』と囁かれていました」

 トシちゃんまで合流して「たのきん全力投球」再び!――となる可能性は低そうだが、マッチの“セカンドライフ”への重要な57歳の再出発。80年代を超える盛り上がりを見せられるか、踏ん張りどころだ。

(山本 雲丹/Webオリジナル(特集班))

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