「フランスの神童」の現在は…還暦超えのレオス・カラックスが完成させた“独創的なミュージカル映画”

「フランスの神童」の現在は…還暦超えのレオス・カラックスが完成させた“独創的なミュージカル映画”

レオス・カラックス監督

 レオス・カラックスの名前は、特に80年代末から90年代のミニシアター・ブームを経験した世代には特別な響きを持つに違いない。23歳で撮った初長編の『ボーイ・ミーツ・ガール』、『汚れた血』、フランス映画史上最大の予算と言われた『ポンヌフの恋人』が次々と日本に配給され、当時「フランスの神童」の名をほしいままにしていた。

 そんな彼が9年前に着手し、60歳を迎えて完成させた新作『アネット』は、ファンタジックで独創的なミュージカル映画だ。ロックバンド、スパークスの原案、作曲の企画に、カラックス自身が脚色を加えた。

「僕は子供の頃、ミュージシャンになりたいと思っていた。監督になってからはミュージカルを撮りたいという願望がつねにあった。音楽は映画に多大な自由を与えてくれる。通常のフィクションであれば表現するのが難しい、異なる形式や相反する感情を、音楽にのせたミュージカルなら描くことができる」

 アダム・ドライバーが演じるヘンリーは、どぎついジョークが人気のスタンダップ・コメディアン。マリオン・コティヤール演じるオペラ歌手のアンと恋に落ちて結婚し、特異な歌唱力を持つ娘が生まれたことで、彼の暗い側面が呼び覚まされていく。

「アダム・ドライバーはテレビシリーズの『GIRLS/ガールズ』を観て興味を持った。とても不思議な生物(クリーチャー)のようで、彼をカメラに収めたいと思えたんだ。彼はまだスターになる前にこの役を引き受けてくれたけれど、長年情熱を失わずこの役に全身全霊で臨んでくれた。一方、アン役は難航した。最初は英語圏で探し、女優だけでなく歌手にも沢山会ったが、誰もピンと来なくて。そんなとき、マリオンが以前『NINE』というミュージカル映画に出ていたことを思い出し、彼女に会って、やっと“僕のアン”が見つかったと思った。彼女にはどこか無声映画時代のスターのような、古典的な美しさがある」

 だが最大の難関は、娘のアネット役だった。同時録音にこだわったカラックスは、幼い頃から見事な歌唱を披露する演技を生身の子供に期待するわけにもいかず、パペットを使用するに至った。

「自分が映画を作るなら、僕にとって完全に信じられるもの、情熱を感じるものを相手にしないとできない。アニメやCGIの画面にそれが感じられるとは想像できなかった。それで実際に触れることができ、原始的で温もりのあるパペットを思いついた。幸いフランスの二人組のアーティストに頼んで、大きさや表情の異なる素晴らしいものを作ってもらうことができた。ミュージカルの同時録音にこだわったのは、俳優が歌うときに生まれる躍動感や危うさを表現したかったから。とくに今回は有名な俳優を配役しているだけに、歌いながら演技をすることで彼らに未知の側面が現れるのを期待した。純粋に彼らが目の前で歌って踊る姿をカメラに捉えることに、とても心を動かされたよ」

Leos Carax/1960年、仏パリ郊外生まれ。23歳で撮った『ボーイ・ミーツ・ガール』(84)で一世を風靡。度重なる事故で予算超過の『ポンヌフの恋人』(91)は傑作と言われるも「呪われた監督」と評判に。他に日本ロケのオムニバスの一編『メルド』(2008年、『TOKYO!』より)、『ホーリー・モーターズ』(12)等。

INFORMATION

映画『アネット』
公開中
https://annette-film.com/

(佐藤 久理子/週刊文春 2022年4月14日号)

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