“飛ばした”演技の阿部寛に…じつはイメージと違う仲間由紀恵の“初主演時代”〈『トリック』劇場版から20年〉

“飛ばした”演技の阿部寛に…じつはイメージと違う仲間由紀恵の“初主演時代”〈『トリック』劇場版から20年〉

今年で劇場版公開から20年になるドラマ『トリック』(公式HPより)

「わたしの名前は山田奈緒子。今を時めく超実力派のマジシャンだ」※

 2000年7月7日の夜23時9分。「金曜ナイトドラマ」という枠でひとつの連続ドラマがひっそりとスタートした。『トリック』である。

 放送時、民放キー局のなかではドラマのイメージが弱かったテレビ朝日の、しかも夜23時という深夜枠。

 演出こそ『金田一少年の事件簿』(95年)や『ケイゾク』(99年)、そして『池袋ウエストゲートパーク』(2000年)とドラマ通には人気の堤幸彦だったものの、主演の仲間由紀恵はドラマ初主演、阿部寛も二枚目俳優のマンネリイメージが強く、放送前の期待はそこまで高くなかった。

 しかし『トリック』第1話を見終わったとき、テレビの前の視聴者はしばしその衝撃に動くことができなかった。

 菅井きんが「わたしは、貧乳で……」という言葉の直後に鬼束ちひろの『月光』が流れエンドクレジット。

「とんでもないものを観てしまった」

 というのが当時の筆者の記憶である。

■『トリック』の何が衝撃だったのか

 物語は日本科学技術大学助教授(後に教授)の自称天才物理学者・上田次郎(阿部寛)と自称天才マジシャン(後も自称天才マジシャン)の山田奈緒子(仲間由紀恵)のふたりが、自称超能力者や霊能力者らが起こす不可思議な事件を次々にまるっと解決(?)していくシンプルなテレビドラマである。

 ドラマ『トリック』登場の衝撃は、ひとつにはそれまでのテレビドラマのベースにあった「物語のリアル」がまったくなかったことである。

 ギャグ漫画的でコント的。また、作り手が物語の細部に整合性をもたせるつもりはさらさらないことが伝わるフリーダムなこのテレビドラマの空気感は、深夜枠という時間帯と相まって解放区のような雰囲気と、「見つけたオモチャ」的な愛おしさがあった。

 2000年のテレビドラマと言えば、木村拓哉と常盤貴子主演の『ビューティフルライフ』(TBS系)が平均視聴率32.3%という驚異的な数字を叩き出すなど、夜21時台のテレビドラマ全盛期。メインストリームのドラマ作品たちのなかでも、『トリック』はとても異質なものだったのだ。

■仲間由紀恵の「クレジットにも名前のない役柄」時代

 そしてもうひとつの魅力が、主演の仲間由紀恵と阿部寛が演じるふたりのキャラクターに尽きるだろう。

 仲間由紀恵はそれまで、『踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル』(97年)や『神様、もう少しだけ』(98年)などにドラマ出演があったものの、映画『リング0〜バースデイ〜』(2000年)では貞子役、『トリック』の前年に公開された映画『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』では怪獣に襲われミイラになってしまうという、クレジットにも名前のない役での出演と、決して名が知られた女優ではなかった。

 デビューから5年が経っていた仲間は『トリック』がドラマ初主演作だったのだ。しかし、本人は本ドラマの撮影の途中で自身がドラマ初主演だと気が付いたほど、演じる際のプレッシャーはなかったという。ただ、直前までサスペンスだと聞いていたのにコメディだったことに戸惑い、最初は台本通りにしか動くことができなかったという。

■じつは“イメージと違う”第1話…“飛ばした”演技の阿部寛に戸惑う仲間由紀恵

 現在では『トリック』はおふざけ満載のコメディドラマのイメージが強いが、その放送第1話を見直してみると、山田奈緒子というキャラは意外なほど暗い人物として描かれていることに驚く。

 撮影当初の仲間は上田次郎役の阿部寛の“飛ばした”演技についていくので精一杯で、阿部本人に「どうすればいいのか困った」と打ち明けたという。阿部が作った上田のキャラクターが台本を読んで想像していたのとあまりに違い、自分が真面目に芝居をしているのに阿部の演技は本気でふざけてるのかと思ったほどだった。

■“苦悩”する阿部寛、“精一杯”の仲間由紀恵を引っ張ったのは…

 しかし一方の阿部寛も、その真面目さゆえに上田次郎を演じることにナーバスになっていた。

 初のドラマ主演の仲間由紀恵と演じるということで、自分が引っ張っていかなければという思いが強く、また当時は二枚目俳優のイメージが定着していたため、初の三枚目の上田次郎役で「俺はこのドラマに賭けるんだ」と撮影前から口にしていたという。

 そんな山田奈緒子×上田次郎コンビのキャラクターを作り上げたのが、『トリック』の第1エピソード「おっかーさまぁ!」でおなじみの「母之泉」(第1シーズン1話〜3話)を演出した堤幸彦である。

『トリック』以前に堤が演出した『金田一少年の事件簿』や『ケイゾク』は準備に準備を重ね、ドラマ設計を念入りにして撮影に挑んだものであったが、『トリック』の演出はほとんど準備をせずに撮影に挑み、現場でアドリブ的にセリフを追加していくものだった。

■山田の「エヘヘヘ」、上田の無表情…次々と生まれるアドリブ

 山田奈緒子の「エヘヘヘ」という笑いや、上田次郎の無表情の困り顔などは撮影の現場で作ったものだ。

 阿部寛は、撮影が始まって間もない「母之泉」の回で、まだ上田次郎のキャラクターの振れ幅を探っているなか、教団施設で上田が机を飛び越えるシーンでふと「坂上二郎風で飛び越えよう」と思い立ったという。これが『トリック』での阿部寛曰く「挑戦だった」と言う初のアドリブであった。

 また、スピンオフ作品にまでなった人気キャラ、刑事矢部謙三を演じる生瀬勝久は、『トリック2』の第2エピソード「100%当たる占い師」(第2シーズン3話後半〜5話)で、「会話シーンを横山やすしでやってください」と堤から言われたという。

 ちなみに矢部謙三がカツラなのは、『トリック』と並行して出演する舞台で坊主にしなければならなかったために、じゃあカツラにしましょうという苦肉(?)の策だった。結果としてあの伝説のキャラクターが生まれたのである。当時の生瀬はプライベートで街を歩いていても、まず頭から見られたという。

 そして、矢部刑事の初代部下である石原達也を演じた前原一輝は、撮影前には自身の演じる役がプロファイリングが専門の優秀な刑事で、上司の矢部とはドラマ『相棒』のようなシリアスな関係だと思っていたという。しかし、標準語で書かれたセリフをすべて覚えたあとの撮影3日前になって、堤から「怪文書」と書かれたメールで「広島弁で」と指示が。慌てた前原は『仁義なき戦い』をまとめて借りて、デタラメの広島弁を習得したという。

 この初代部下の石原と矢部謙三のコンビは、主人公の山田×上田コンビと併せて、『トリック』第1・2シーズンの四輪駆動ともいうべき大きな魅力であった。

 こうして『トリック』の魅力的なキャラクターは撮影現場で堤がセリフやアドリブを追加し、俳優たちが柔軟に演技で応えて作られていったのだ。

■オールロケの過酷な撮影…「当時は2、3時間しか眠れなかった」阿部寛

 そのほかにもまだまだ『トリック』の魅力は尽きない。地方の因習を匂わせる数々の村や離島といった横溝正史へのオマージュのほか、ペイズリーや観光ペナントなど微妙に昭和な小道具が画面に散りばめられた画作り、記憶の片隅からテレビ画面(当時はほとんどの家がブラウン管)に引きずりだされる、忘れかけていた芸人やタレントたち。ドラマ全体にはそこはかとなく気恥ずかしさが漂っていた。

 また、ドラマ全編をオールロケで撮影しているのも『トリック』の特徴だ。

 ロケ撮影はかなり過酷だったらしく、2000年7月7日に初回放送分の撮影のクランクインはなんと6月21日。「母之泉」の第1話を撮り終えると、そこで現場を止めて東京へ戻り編集の仕上げをして、また現場に戻って続きを撮影したという。

 キャストや撮影スタッフたちも撮影当時は睡眠時間も少なく、改めて今「母之泉」のエピソードを見返すと夜のシーンでは仲間由紀恵が鼻声でかなり眠そうなのが窺える(母之泉のロケ地は宿泊施設だったので、スタッフ皆で寝泊して合宿のような雰囲気だったという)。

■視聴率は7.9%から24.7%へ…広がる「トリック」の波紋

『トリック』の平均視聴率は第1シーズンでは7.9%だった。堤幸彦は「さもありなん」という感じで「まあ悪くはないな」程度の受け止め方であったが、逆にテレビ朝日のプロデューサー桑田潔はその数字に愕然とし、この面白さを視聴者にちゃんと伝えることができなかったのは自身の責任だったと反省するなど、当時は受け止め方も様々だった。

 しかし放送終了後の冬、『トリック』のDVDが発売されるとテレビドラマのソフトとしては異例の売上を叩き出す。そして2002年1月11日には第2シーズンの『トリック2』が同じ金曜ナイトドラマ枠でスタート。

 平均視聴率も同じ深夜枠ながら前シーズンを上回る10.6%と二桁を記録。同枠では当時の最高視聴率だった。同年11月には映画『トリック劇場版』が公開され、全国放送ではなかったドラマにもかかわらず興行収入約13億円のスマッシュヒットとなった。

 翌2003年には第3シーズンの『トリック 〜Troisi?me partie〜』が、遂に深夜枠から夜9時の木曜ドラマ枠に進出。初回放送で17.8%の視聴率を記録し、全10話の平均視聴率も15.6%であった。2005年の名取裕子をゲストに迎えた『トリック 新作スペシャル』ではなんと24.7%視聴率を記録。これはシリーズ史上最高視聴率である。

 その後2014年までに3本のスペシャルドラマ、4本の劇場版が作られるなど、『トリック』シリーズは14年続き、ファンに愛され続けた。

■なぜ、『トリック』はここまで愛されたのか

 インターネットが普及しはじめた当時、ドラマと連動したホームページはファンとドラマを繋ぐ重要なツールであった。ドラマ制作陣の日記や新エピソードの裏話など、放送時以外でも『トリック』ワールドに浸れたことが、これだけ長く愛された要因でもあるだろう。

『トリック』出演によって仲間由紀恵は、主演ドラマ『ごくせん』でも「笑いに関してはお任せします」とスタッフに言われるほどコメディエンヌとして開眼して人気に。その後も大河ドラマ『功名が辻』、映画『大奥』などに主演しブレイクする。

 また阿部寛も役の幅を増したことで“怪優”と呼ばれ、硬軟自在の俳優として再ブレイクを果たした。それからのふたりの活躍は説明するまでもなくご存知の通りだ。

 この記事の準備として『トリック』の全作品を改めて見直してみたが、初回エピソードでのキャラクターから僅かな変化はシリーズに見られるものの、14年間の時間の流れを感じないほど各作品が同じであることに驚く。

 これは批判ではなく、かなり意図的に軸がぶれないように細部にまで気をつかっているということだ。あの第1回放送時に見たときの、自分だけの「見つけたオモチャ」がいつまでも変わらないことの安心感が、『トリック』の大きな魅力であることに改めて気付かされた。


※「わたしの名前は山田奈緒子。今を時めく超実力派のマジシャンだ」のセリフは第1話には登場しない。その後、エピソードや小ネタを入れながら変化はするが、エピソード毎、映画版、スペシャル版ではかならずチャイナドレス姿の山田奈緒子がこのモノローグとともに登場するのが定番となっている。

【参考資料】
『TRICK完全マニュアル』光進社
『キネマ旬報 2002年11月下旬号』キネマ旬報社
『キネマ旬報 2006年6月下旬号』キネマ旬報社
『さよなら!トリック公式パーフェクトBOOK』KADOKAWA
『別冊ザテレビジョン 連ドラ10年史』角川書店
『日本科学技術大学教授上田次郎のどんと来い、超常現象』学習研究社
『日本科学技術大学教授上田次郎のなぜベストを尽くさないのか』学習研究社
『超天才マジシャン山田奈緒子の全部まるっとお見通しだ!』ワニブックス
『トリック大感謝祭オフィシャルBOOK』宝島社
『堤っ』角川書店
『帰天城の謎』講談社
仲間由紀恵 むちゃくちゃだった「TRICK」の現場「死ぬんじゃないかな?と思うこといっぱい」(スポニチ・2021年6月24日)

(すずき たけし)

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