「もし佐々木朗希が東大野球部に入学してきたら…」“94連敗”を止めた元東大野球部監督に聞くスポーツ選手の進路の話「ひとつの指針になるのはおカネです」

「もし佐々木朗希が東大野球部に入学してきたら…」“94連敗”を止めた元東大野球部監督に聞くスポーツ選手の進路の話「ひとつの指針になるのはおカネです」

2019年まで東大野球部の監督を務めた浜田一志氏 本人のTwitterより

「東大のレギュラーは4年で他大学の補欠より上手くなる」「甲子園最大の問題は“一票の格差”」 元東大野球部監督が語る“勝利至上主義”のホントの弊害 から続く

 昨今、スポーツの世界でジュニアの全国大会開催の是非が問われている。全日本柔道連盟は、「過度な勝利至上主義が散見される」として、今年度から全国小学生学年別柔道大会の廃止を決めた。

 この大会をきっかけに成長した選手や関係者からすれば、それがなくなるのは惜しいと思う。一方で、大会では指導者から審判への罵声が飛び、軽量級に出場するため、成長期の子どもが減量を強いられるなどの痛ましいケースがあったのも事実だ。

 全柔連の判断は他の競技団体にも影響を及ぼしつつあるが、2013年から2019年まで7年にわたって東京大学野球部の監督を務めた浜田一志氏は「中学生までは県大会のレベルで十分ではないか」と話す。競技者としてのピークを高い位置にもっていくには、成長の速さにこだわるべきではないという考えからだ。そして体の成長が落ちつき、それでもなおスポーツを続けたいと思えたならば、プロや実業団、大学といった高いレベルで自身を追い込んでいけばいいと浜田氏は言う。

 一方で、スポーツ推薦のない東大のような大学では、必然的に選手の技量レベルやモチベーションに大きなバラつきが出る。野球未経験の選手からプロを目指す選手まで、そのバックボーンは多種多様。これは大学スポーツというハイレベルな環境においてはかなり特殊なケースでもある。では、浜田氏はそこでの指導を通じて、学生スポーツの在り方についてどんな風に考えてきたのだろうか。(全2回の2回目。 前編 から読む)

◆◆◆

■東大野球部が持つ独自の意義とは…?

 東京大学に入学し、そこで野球を続けたいと思った学生に対して、東大野球部はどんな意義を持つのだろうか? 六大学野球というプロ予備軍がひしめき合うリーグでは、ひょっとしたら4年間で一度も勝てないかもしれないのだ。浜田氏は「必ずしも勝つことばかりが目的ではない」と話す。

 例えば東大に限らず、運動部はレギュラー、ベンチ入り、そしてベンチにも入れない層に分かれていく。

「1年生の時にはみんなやる気があります。4年生もチームのために、という意識を持ってくれる。やっぱり、2、3年生のベンチに入れない“中間層”への指導がいちばん難しいです。3年生くらいになると試合に出られるかどうか、自分でも分かってくるわけです。試合に出られる可能性が低ければ、学生コーチになることを考慮してもらいます」

■「学生コーチ」という役職に適性を見出す選手もいる

 学生コーチは、東大野球部の運営に欠かせない存在であり、ここで適性を見つける学生もいるという。

「私は野球に限らず、ひとりのコーチが指導できる人数は20人が限界だと思っています。その意味で、100人部員がいるのだったら、少なくとも5人は学生コーチが必要です。だから部としても彼らの存在はとても重要だし、彼らもここで学ぶことも多いですよ」

 浜田氏はその一例として、社会に出て仕事をこなすための「4段階」を説明してくれた。

1 マニュアル通りに仕事を進める。
2 「合目的性」を考慮して仕事を進める。
3 業務において「自分」を見出す。
4 仕事を他人に任せる。人を動かす。

「東大生は1と2はほぼ100パーセント出来ます。合目的性というのは、手段がちゃんと目的にあっているかを考えながら作業できるということです。例えば練習グラウンドの土をこねる時に『神宮のマウンドに近づけるためには、どのような配合が必要か』を考える工夫のことですね。

 3の「自分」を見出すというのは、業務を行う上で自分なりの発案や発想を持って、目的達成の助けにすることです。このあたりまではほとんどの部員が出来ます。ところが、4の『人を動かす』フェイズになると、東大生は途端に苦手な人が増えるんです」

 その原因は、基本的に「独力でやった方が早い」と思っている学生が多いからだ。それは根本的な基礎能力の高い東大生だからこそ陥りやすい罠だとも言える。だが、組織が大きくなればなるほど、自分に出来ることだけでは仕事の幅が限られる。それでは大きなプロジェクトを動かすことは難しくなってしまう。

「学生コーチの経験ができると、必然的に毎日、人を動かすトレーニングをしていることになる。これは社会に出てからものすごく役に立つ経験値だと思います。とはいえどうしても他人との作業が苦手な学生には、『民間企業で働くよりも、大学に残って研究の道を…』と勧める場合もありますけどね」

■東大からプロに進む選手を育成する際に考えるのは…?

 ちなみに東大野球部はこれまで6人のプロ野球選手を輩出してきた。

新治伸治(にいはり しんじ)
1965年卒。東京都立小石川高校卒業。就職先の大洋漁業からオーナーからの指示で、大洋ホエールズに出向。

井手峻(いで たかし)
現野球部監督。1967年卒。東京都立新宿高校卒業。ドラフトで中日に指名され、1976年まで活躍。その後は球団に携わり、落合博満監督時代の中日を書いた『嫌われた監督』の中でも、重要人物のひとりとして登場。

小林至(こばやし いたる)
1992年卒。神奈川県立多摩高校卒業。1992年千葉ロッテマリーンズ入団。

遠藤良平(えんどう りょうへい)
2000年卒。筑波大学附属高校卒業。日本ハムファイターズに入団。

松家卓弘(まつか たかひろ)
2005年卒。香川県立高松高校卒業。横浜ベイスターズ、北海道日本ハムなどでプレー。

宮台康平(みやだい こうへい)
2018年卒。神奈川県立湘南高校卒業。卒業後、北海道日本ハムに入団するが、現在は東京ヤクルトスワローズでプレー。

 浜田氏は宮台の指導に直接携わったが、彼のケースではどのような育成方針を採っていたのだろうか。

「日本の年間の新生児の出生数は、毎年100万人前後で推移してきました。このうち、東大には1学年で3000人が入学します。だいたい300人に一人の割合なんです。これまで東大野球部の歴史で、甲子園に出場した経験を持つ選手は25人。出生数と入学者の割合を考慮すると、もう少しいてもいいはずなんですけどね。

 そして卒業生で、日本のプロ野球に進んだのが6人です。私は宮台の指導に当たりましたが、彼も2年生くらいまではプロに行けるかどうかは分かりませんでした。プロに行く選手だってみんなそうですよ。宮台は上級生になって『上のレベルでやってみたい』という気持ちが強くなったんです。これは六大学野球を経験することでのプラス面ですよね。将来、プロに進むような選手と対戦することで、自分の現在地を確認できますから。本人がそう考えて、かつ能力がそれに見合うものでしたから、私としても球数制限をしながらリーグ戦を戦うということを考えていました」

■“令和の怪物”佐々木朗希が東大野球部に入学してきたら…?

 逆に上級生になれば自分の能力の限界が見えてくる選手もいる。

「『大学野球で燃え尽きたい』と決める選手ももちろんいます。そういう選手に関しては、私は酷使します。連投もさせたし、球数を多く投げさせることもありました。そこは本人の意思と、傍から見て分かる能力と相談しながら方針を決めますね」

 では、もしも、もしもだ。

 例えば現ロッテの“令和の怪物”佐々木朗希が東大野球部に入学してきたとしたら、浜田氏はどんな進路指導をするのだろうか? 何を基準に彼の未来を助言するのだろうか? すると、こう答えてくれた。

「基本的に日本のエースになるべき人材ですから、たとえ彼が『チームと仲間のために大学野球で燃え尽きたいんです』と言ったとしても、プロに行かせる方向で指導はします。その際、ひとつの指針になるのはおカネの話です。例えば東大を卒業した人の平均生涯年収は4億5000万円から4億6000万円と言われています。でも、メジャーリーグに行ったら、1年でこれくらい稼げちゃいますよね(笑)。佐々木君だったらそうなる可能性が相当程度ある。

 逆に言えば、能力的にギリギリプロに行けるかどうか…という選手が『野球は大学までで終えたい』というのであれば、それはその意思を尊重しますね。学生には『生きがい×収入』を考えるように指導しますが、プロで活躍できる可能性が高い人材にはそれに見合った指導をしますよ」

 これまでの東大野球部の活動を振り返ってみると、東京六大学野球で通算255勝1692敗59分けの戦績を持つ。この数字を見て、皆さんは何を考えるだろうか?

 勝利を目指すべきなのか、はたまた部での活動を通じて別の何かを目指すべきなのか――。日本の最高学府で野球をすることの意味を考えることは、スポーツの価値を問い直すことにもつながるのではないか。

(生島 淳/Webオリジナル(特集班))

関連記事(外部サイト)