1億7000万円の一戸建てを一括購入、週末はグアム旅行が定番…“兜町の証券マン”が“新大久保の個室ビデオ店員”になって思うこと――2021年BEST5

1億7000万円の一戸建てを一括購入、週末はグアム旅行が定番…“兜町の証券マン”が“新大久保の個室ビデオ店員”になって思うこと――2021年BEST5

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2021年(1月〜12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。ライフ部門の第1位は、こちら!(初公開日 2021年11月6日)。

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 大学卒業後、中堅の証券会社へ入社。8年後に準大手証券へ歩合制の外務員として転職。一時期は正規の仕事の他に自己売買に手を出し、数億円の利益を出すなど、収入面で華々しいキャリアを築いていた男性が、いまは新大久保の個室ビデオ店員として日々を過ごしているという。当人は現状をどのように捉えているのだろうか。

 ここでは、ルポライターの増田明利氏の著書『 今日、ホームレスになった 大不況転落編 』(彩図社)の一部を抜粋し、男性の半生を紹介する。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

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■生活が足元から崩れていったバブル崩壊

 向こうが西新宿になるんだな、でかい建物が見えるだろう。いちばん右側がセンチュリーハイアット(現・ハイアットリージェンシー東京)、都庁の前は京王プラザ、左側の奥がパークハイアット。昔はよく泊まったんだよ。1泊3万円ぐらいの部屋でもカプセルホテルみたいに使っていた。

 上の階から下を見ると人間なんて蟻んこみたいに見えるんだ。コーヒーなんか飲みながら忙しなく動き回っている人間を見て「俺はこいつらとは違うんだ」と悦に入っていたな。

 何をやっていたのかって? ……株ですよ、株屋。証券会社の外務員をやっていたんですよ。27年も株の世界で生きてきて、一時はサラリーマン3人分の生涯賃金と同じくらいの金を手にしていたけどバブル崩壊で俺の生活も足元から崩れていった。

■実力を磨いて中堅、大手に移るのか、金を残すのか

 大学を卒業して就職したのが77年です、オイルショックの直後でした。大学といっても新設の三流大学ですから大手企業は門前払い、金融志望の三流大学出身者を採ってくれるのは中小の証券会社だけでした。

 就職したのはD証券という中堅の証券会社でした。社員100人、店舗5つの小さな会社だったけど面白い人が多かった。この業界で5年飯を食えば世の中のことが分かるって言われたし、別の先輩からはうちで実力を磨いて中堅、大手に移るのか、金を残すのか早いとこ決めておけよなんて言われましたね。俺は金を残す方を選んだんだけどね。

 D証券には丸8年勤めて辞めました。理由はもっと稼ぎたかったから。給料もボーナスもけっこう良かったけど大手や準大手と比べると明らかに差がありました。それに社員でいる限り、いくら利益を出しても一定の割合でしか貰えません。D証券にも契約制の外務員がいたけど、俺と同じくらいの商い高で3倍以上の収入を得ていたからね。俺ももっと高い報酬が欲しかった。

■32歳のときに板橋のマンションを一括で購入

 株屋の世界じゃ転職なんて当たり前のことだったよ。先輩に誘われて転職したのは準大手のS証券でした。契約外務員として移ったんです。S証券では特定の個人客に絞り込んだ営業に集中しました。オーナー経営者、医者、上場企業の役員なんかだね。会社の業績、個人の年収や納税額を調べ、もう片っ端から回ったよ。お金はあってもステータスのない人間は怖いんだ。どうしてもトラブルを起こしやすい。逆に社会的地位のある人は揉め事を避けるんです。おいしいお客さんなんだ。

 S証券に移って最初の年で年収は1200万円ありました。昭和50年代で年収1200万円といったらたいへんなものだよ、当時の都市銀行の役員クラスと同じだもの。

 32歳のときに板橋のマンションを買ったんだけど2000万円一括で払えたぐらいだよ。仲間と飲みに行くときだって銀座か赤坂。新橋のガード下なんて貧乏サラリーマンが行くところだと思っていました。この頃はあと4、5年稼ぐだけ稼いだらさっさと足を洗い、小さな喫茶店でも開こうなんて思っていたんだ。

 ところがそこにやってきたのが例のバブルだよ、NTT株の上場で日本中が沸き立ったんだな。

■月収は月380万円から400万円に

 NTT株はひたすら売りまくったよ。1日200本、300本も電話をかけて予約を取るんだ。なかには親兄弟に親戚の名義まで借りて30株も買ったおっさんがいたな。一時は300万円まで上がるなんて囃し立てられたものだから俺も全財産注ぎ込んだんだ。1株150万円で40株買って280万円で売り抜けた。税金を引いても4000万円儲かったからね。これに味をしめて自己売買に手を出すようになりました。

 平均株価が2万5000円を超えてからは株や投資信託の知識もロクにない家庭の主婦やOLなんかも証券会社に押し寄せてきた。こういう人は短期で売買を繰り返すからいい手数料収入になるんです。昔は架空名義の口座でも取引できたんです。個人の投資家は何らかの事情があって架空名義の口座を使うのが当たり前だった、俺の客も3割ぐらいが架空、借名の口座を使っていた。三文判を鞄に詰め込んで兜町を駆け回っていた。

 午前の取引が引けると仲間と鰻屋や天ぷら屋に繰り出したものさ。株屋は天ぷらが好きでね、昼飯に天ぷらを食うと午後の相場が上がるんだなんて他愛もないことを言って騒いでいたよ。あの頃が懐かしいや。

 収入もサラリーマンの月給より1桁多かった。歩合でやっているから月によって変動があったけど多いときは月380万円とか400万円の給料だったんだよ。社長の年収が3000万円ぐらいだったとき、こっちは5000万円近い稼ぎがあったもの。よく外務員仲間と言っていたよ、「空から銭が落ちてくる」ってさ。

 これだけ金が入ってくると生活が派手に、贅沢になっていきました。板橋のマンションを売って広尾に一戸建ての家を買ったんだ、1億7000万円だったけど全額キャッシュで払いました。1億、2億なんてすぐに用意できる金額だった。

■月80万円ソープで使う人も

 遊びもメチャクチャだったよ。週末になると外務員仲間と銀座のクラブやバーに繰り出していたけど、1軒の支払いが60万円とか70万円だった。高い店ばかり選んで奢り、奢られで4、5軒ハシゴするんだ。

 月末には他社の親しい外務員たちで慰安旅行です。熱海、石和、伊香保なんかへ行ってコンパニオンと乱痴気騒ぎだった。そのうちグアムが定番になって、金曜日の前場で仕事を終えると飛行機に乗ってグアム島へ。2日遊んで月曜日に帰ってきたらそのまま兜町に直行して仕事するなんて具合です。よくあれだけ遊べたと思うよ。俺は女遊びはやらなかったけど若いやつにはソープにハマったのがいて、1日置きに吉原に通っていた。お前、いくら使ってるんだって聞いたら月80万円ぐらいですなんて言ってやがった。

■妻が高校の同級生と浮気

 元号が昭和から平成に変わった頃が俺のピークだったな。外務員として売買の注文を取るより自分の金を増やすことに力を入れていました。

 取引所に出入りしていたからいろんな情報が入ってくるんです。仕手筋がどこそこの株を買い漁っているとか、何とか工業の役員が自社株を30万株も買ったから何か裏があるみたいだって具合だよ。そういう情報を仕入れて、じゃあ俺も一丁噛ませてもらいましょうってことです。今じゃインサイダー取引だって問題になるけど昔は緩かったんだ。大手の営業マンだって平気で同じことをやっていたよ。

 広尾の家を担保にして信用金庫から1億5000万円借りて10銘柄ほどいじってみたんだ。仕入れた株は半年で2億円に値上がりしていた。結果的には自己売買にのめり込んだのがいけなかったんだけどね。

 離婚したのは平成になってすぐでした。女房のやつ、浮気してやがったんだよ。

 こっちも薄々感づいていたから調査会社に調べさせたんだ。そしたら高校の同級生だという男でね、聞いたこともない中小企業のサラリーマンだった。最初は腹が立ったけど、どうしてこんな貧乏な男がいいんだと呆れたよ。離婚に際して慰謝料は1円も払いませんでした。有責配偶者は向こうだからね。だけど娘がまだ4歳だったから養育費として3000万円だけ渡したんだ。

 子どもに罪はないからね。あの子、どうしているだろうね……今年(05年)、成人式なんだよな。

■株が大暴落し、客からも売り注文が殺到

 平均株価は3万円を突き抜けてもまだ一本調子で値上がりしていたので、今度は持っている株を担保に証券金融から1億円借りて銀行株や商社株を買い入れました。3割ぐらい益出ししたら売り抜けるつもりだったんだ。

 ところが90年になったら値崩れし始めた。最初は決算対策で利益確定の売り物だと思っていたんです。せいぜい5パーセントぐらい下げてまた反転すると思っていたのに毎日ダラダラと落ちていく。4万円目前だった平均株価が3万5000円になって、3万円になって、そして大暴落してしまった。

 売りが売りを呼んで下げ止まらない。あっと言う間に2万5000円を割り込んで急落だった。もう頭の中が真っ白だったよ。

 俺が買い込んでいた株はどれも連日ストップ安で、ほとんど半値以下になったからね。客からも売り注文が殺到したけど、そんなの放ったらかしで自分の持ち株の始末に苦心していました。1年かかって全株投げ売ったけど、入ってきたのは1億2000万円ちょいだ。

■2億5000万円の借金をどうにか返済するも、契約解除に

 信用金庫と証券金融の借金が都合2億5000万円だから1億3000万円も損を抱えたというわけさ。本当に泡のように消えていったよ……。

 証券金融は金利が高いし取立てがきついから先に返したけど信用金庫からの借入れまでは手が回らなかった。仕方ないから家を売ったんですが不動産も値下がりしていたから買値より5000万円も安く買い叩かれてしまいました。

 せっせとため込んだ貯金をあらかた引き出してどうにか全額返済したけど、家はなくなる、蓄えはなくなるでスッカラカンですよ。破産したり自殺するよりはましだと思うようにしたけど惨めなものだね。家を手放したあとは小岩のアパートに移り、相変わらず証券外務員を続けていたけど平均株価が下がる一方だったので客なんていませんでした。

 証券会社にとって稼ぎの悪い外務員は不用品、「もういいです」ってS証券から契約解除されたのが98年初めです。

■3ヵ月連続で最低ノルマをこなせず

 三洋、山一が破綻した直後だね。S証券のあとは地場のM証券というところに、やはり外務員として入りました。小渕さんが総理になり、公的資金で株の買い支えをしたので一時的に株価が上昇しお客さんも少しは戻ってきた。そのあとITバブルなんてのもあったから俺の生活も少し持ち直したんですよ。小岩の安アパートからも抜け出せた。以前とは比べようもないけどいくらか蓄えもできてさ。

 ところが、これも長くは続かなかった。特に小泉が総理になってからはボロボロだよ。平均株価が6500円まで落ちましたからね、おっかなくて株を買うやつなんていやしないよ。02年末から3ヵ月連続して最低ノルマをこなせなかった。そしたらあっさりクビになりました。ずっと株屋でやってきたから兜町に残りたかったけど証券会社はどこも人余り、ツテやコネを頼って職探ししたけど駄目だったよ。

 ここに来る前は下落合の賃貸マンションにいたんですが、家賃を3ヵ月滞納して追い出されてしまいました。

 確かに家主にしたら迷惑な話だし、払わなかった俺が悪いんだから仕方ありません。4ヵ月ぐらいは友人、知人のところに居候させてもらっていたけど頼れる人もいなくなってさ。去年(04年)の1月に新宿へ転がってきました。

■また兜町で働けるように

 今は歌舞伎町の個室ビデオ店で雑用をやっています。住民票がないからまともな会社では使ってくれません。店番、掃除、チラシ配りなんかをやっているんですよ。1日12時間もコキ使われて日当1万5000円じゃ割りに合わないけど仕方ない、公園で野宿するよりはましだからな。

 この1年、ひたすら貯金に励み何とか50万円ほど作りました。あと30万円作ればアパートを借りて職探しに専念できそうだ。とにかく住所をきちんとしないとな。そしたらまた兜町で働けるよう算段してみるよ。

 このところ企業の業績は上向いてきたし、景況判断もプラスに転じているだろ、株価も底を打ったみたいで取引所の出来高も多くなってきている。取引が活発になれば外務員を採るところがあると思うんだ。

 俺はこんなところで燻っていたくないよ。

【前編を読む】 「自分はそこまで堕ちるとは思っていなかったけど…」当事者の証言で振り返る新型コロナが歌舞伎町に与えた“恐るべきダメージ”

■2021年「ライフ部門」BEST5 結果一覧

1位:1億7000万円の一戸建てを一括購入、週末はグアム旅行が定番…“兜町の証券マン”が“新大久保の個室ビデオ店員”になって思うこと
https://bunshun.jp/articles/-/53924

2位:「参加者に出すペットボトルのお茶は不要では?」PTA総会で声を上げた女性…その後の担当者の“アッと驚く対応”とは
https://bunshun.jp/articles/-/53923

3位:全国の犯罪者が集う“ヤクザ牧師”のヤバすぎる半生「シャブの快感は頭皮にまで達し」「200万円で奥さんを売春宿へ」
https://bunshun.jp/articles/-/53922

4位:【写真多数】シンクの生ゴミ、鮭の皮…“食品サンプル”ギネス記録保持者の主婦が語る「私が出会ったヘンなサンプル」
https://bunshun.jp/articles/-/53921

5位:超高濃度炭酸の“ラムネ湯”、爆発しそうな異臭、“サンゴ触感”な浴槽…二度見必至の「ヤバい温泉」ベスト10
https://bunshun.jp/articles/-/53920

(増田 明利)

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