「昇太、苦しかったことでしょう」――ベイスターズ・今永昇太投手への手紙 2022

「昇太、苦しかったことでしょう」――ベイスターズ・今永昇太投手への手紙 2022

今永昇太

 昇太元気にしてますか。3年ぶり2度目、お母さんです。

 5月13日、朝から降り続く雨は止みそうにない。いつもであれば「試合やるの? 試合やんないの? 開門何時なの?」と心のあややが歌い出す程度にはファンを焦らすハマスタが、早々に中止の決断をしました。これも雨の神に愛されている今永・青柳両投手の信頼と実績ゆえなのでしょうか。

■一つ勝つことがなんて苦しいんでしょう、昇太

 先週の今頃、お母さんはいてもたってもいられず、ペールブルーの切符を握りしめ、気づいたら広島駅にいました。ほんとに産んだ方の息子が「マジで行くの?」とドン引きしていました。ええ、そう。母は来ました、今日も来た。昇太の今季初登板と聞いて、この広島に今日も来た。とどかぬ願いと知りながら。

 真っ赤な人たちの波に飲まれながら、心の二葉百合子がそう歌うのでした。時折見つける青いユニフォームの人たち、その背中の数字のほとんどが「21」だった、お母さんにはそう見えました。たぶん皆さんも、駅からマツダスタジアムまでのあの道のりを岸壁の母を口ずさみながら歩いていたと思うんです。とどかぬ願いと知りながら。

 去年以上に悪いことなんか起こらないと、お母さん思っていました。開幕からオースティン、ソト、エスコバーがいて、2年目のジンクスなんそれの牧がいて、今年全野球ファンのハートを奪っちゃう森がいて、生涯横浜と決めてくれた宮アがいて、佐野がいてヤスアキがいて、そしてエース・今永昇太がいて。これでやっと三浦監督の思い描くパズルは完成する。でもね昇太、思うようにならないのが人生とベイスターズだってこと、お母さんすっかり忘れてた。オープン戦で3塁に滑り込んだ森くんが抱えられるようにベンチに消えた時に、開幕直前の札幌遠征に帯同していないオースティンとソトに、開幕投手の名前に今永昇太の4文字がなかったことに、お母さんはまた何かを悟りました。

 苦しかったことでしょう、昇太。人一倍「エース」の責任感が強い昇太は、一体どんな思いで開幕3連戦を見ていたのでしょう。波に乗り切れないまま、次にチームを襲ったのはコロナ。また一人、また一人と一軍から消えていく選手たち。毎日祈るような気持ちでツイッターを開いては、速報を見て静かに閉じるを繰り返していました。それでもなんとか踏ん張って、大型連敗(10連敗以上をそう呼びます)することもなく、薄氷を踏むようにワンアウトを重ね、1点を重ねてここまで来ました。一つ勝つことがなんて苦しいんでしょう、昇太。

 そんな時のファンの支えはただ一つでした。5月になれば今永が帰ってくる。その事実がどれだけ人類に勇気と希望を与えたか。だから今日はもう一つの開幕戦。相手は6連敗してる広島。望むと望まざるとに関わらず、そういう舞台に立たされるのがエースなのだとお母さんは思いました。マウンドの前で小さく一礼して、数回のジャンプ。今永昇太の2022年が始まったのです。

■お母さん、自分の甘さを見透かされたような気持ちになりました

 バックネット裏後方の内野2階席からは、まっすぐに昇太が見えました。2022年最初のボールを堂林選手にレフトへ運ばれ、上本選手の内野安打、昇太のグラブを一瞬かすめた西川選手のセンターへのタイムリー。お母さんにできることはタオルを握りしめることくらいでした。嫌でも蘇ってくる、2016年CSファイナルステージ第4戦の記憶。初回6失点した昇太の、茫然自失としたあの表情。

 あれから6年。まだ一つもアウトを取れていないけど、あの時の昇太とは全く違うピッチャーがそこにいたのです。緊張もするでしょう、堅くもなるでしょう。でもあの日マウンドにいたのは、なかなか一つになれない心と体を、経験と意地で必死にコントロールして、最初のアウトを取りに行こうとする昇太。そのアウトを27個重ねて、その時に1点でも多く取っていればチームは勝つ、誰もが知っていて誰も知らない、その事実を知っている昇太。初回に3点もらった。絶体絶命ノーアウト満塁で今犠牲フライを打たれても、最後負けなければいい。

 お母さん正直に言います。ここに来るまでは「勝っても負けてもいい、今永くんの今年最初の登板が見られたらそれでいい」なんて、熱心なファンのようで、その実広島までやってきた労力に保険をかけるようないやらしい言い訳を考えてました。でもそうじゃなかった。なかなか攻撃を終わらせてくれないカープが2アウト1、3塁としつこくチャンスを広げた時、昇太が1塁走者へ放った牽制。その時、まるで分身の術のように昇太の体は二つに分かれ、ワン昇太はバッターを、アナザー昇太は1塁を向いたのです。逆をつかれた1塁走者は戻ることができずタッチアウト。

 その鋭い牽制は「負けなければいい」と同時に「勝たなきゃ意味ないよ」と言っているようでした。やらなきゃ意味ないよ、勝たなきゃ意味ない。プロ野球をやる限りは、勝たなきゃ意味ない。少し苦々しい顔でベンチに戻っていく昇太に、お母さん、自分の甘さを見透かされたような気持ちになりました。握りしめすぎたタオルはふやふやになっていました。

 原稿はもうすぐ終わりそうだけど、雨はまだ降り続いています。あの日、延長戦の末チームは勝利。点は取られても、なんとか勝ち越されないように、地を這うように粘って粘って投げ続けた昇太がいました。土曜日と日曜日のことはよく憶えていません。ビールがハマスタより50円安くてうれしかったです。あとがんすが美味しかったでがんす。でも昇太、お母さん、一つ分かったことがあります。エースというのは、調子がよかろうと悪かろうと、アウトを一つ一つ重ねていける人。「勝たなきゃ意味ない」ってことを、背中でチームメイトに伝えられる人。そしてベイスターズのエースは今永昇太しかいない、ということ。昇太の2022年はまだ始まったばかり、エース今永昇太もまだ始まったばかり、ということ。

 とどかぬ願いと知りながら、お母さんは今年もハマスタの岸壁(ウィング席)で昇太を待ってます。

編集部注:ライターの西澤千央さんは今永投手のお母さんではありません。

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(西澤 千央)

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