三浦大輔監督は急いでいても足を止めて…元tvkアナウンサーがベイスターズと過ごした“勉強の日々”

三浦大輔監督は急いでいても足を止めて…元tvkアナウンサーがベイスターズと過ごした“勉強の日々”

三浦大輔監督とのツーショット ©瀬村奈月

 新型コロナウイルスの影響で開幕が遅れた2020年。過去のベイスターズの勝ち試合に実況・解説をつけて届けたtvkのプレイバック熱烈ライブはありがたいことにたくさんの反響をいただきました。

 その中で唯一、勝ち試合ではない試合を届けたのが2016年9月29日のヤクルト戦。そう。「三浦大輔選手の引退試合」でした。私は視聴者やファンの皆さんのツイートをフリップに書いて紹介する役回りだったのですが、この日のツイートは番組が始まる前から尋常じゃない量。7回、三浦投手がマウンドを降りるシーン、私はもう完全に涙腺崩壊。ゲストのダーリンハニー吉川正洋さんも同じく涙腺崩壊。進行する根岸アナウンサーには多大なるご迷惑をおかけしました。

 ツイッターのTLが「横浜優勝」「永遠番長」の文字で埋め尽くされました。そして#tvk_DBが日本のトレンド1位を記録。17,000件を超えるツイートに胸は熱くなり、また涙があふれ出しました。後日三浦監督には「泣きすぎやで〜! でも泣きすぎて面白かったわ!」と言われちゃいましたが(笑)。

 コロナ禍で先が見えない時に、番長の引退試合がベイスターズファンの心をどれほど熱くさせたのでしょうか。やっぱり番長ってすごいんだ、と感じた瞬間でした。

■試合後泣きながら家に帰ったことも…

 2021年。苦しかったシーズン。それでもファンは信じ、応援を続けました。そして2021年は私にとってtvkアナウンサーのラストイヤーでもありました。

 番長こと三浦大輔監督と同じ奈良県で生まれ、番長のライバル校(だと思う)天理高校で野球部のマネージャーを経験。現在ヤクルトの西浦直亨選手は2学年下の後輩にあたります。甲子園のアルプススタンドでアナウンサーの方にインタビューされたことをきっかけに「テレビ局で野球の仕事をする!」と決意しました。

 大学卒業後、夢だったアナウンサーとして、和歌山県のテレビ局で熱い夏を過ごしました。箕島高校(中川虎大投手の母校)や智辯和歌山(東妻純平選手の母校)、市立和歌山(ドラフト1位ルーキー小園健太投手の母校)などの取材も経験しました。

 2018年。大和選手とともに関西から港町横浜へ。といっても私は決して国内FA権を行使したわけではなく、面接を潜り抜けtvkに転職しました。当時のtvkの面接でも大和選手の原稿を読んだことを今でも覚えています。

 この時の私はプロ野球に関しては完全ド素人。最初は取材もろくにできませんでした。

瀬村「暑い夏を乗り切るために工夫していることは?」
選手「え〜っと……」

瀬村「(右バッターの選手に対して)右ピッチャーの時って打席でどんなこと意識していますか?」
選手「そうですね〜……」

 などなど、選手を困らせてしまうざっくりとした質問しかできず、試合後泣きながら家に帰ったこともありました。最初の半年間は正直ハマスタに行くと胃が痛くなるほど辛かったです。

 そんな私が毎日欠かさずおこなったことは、

@投手・野手それぞれの試合に関するデータ(防御率や打率など)を毎日つける(私はベイスターズだけでしたが、実況の人は12球団つけていて本当に尊敬します)
Aファームの試合結果をチェックし登録・抹消選手一覧の作成
Bベイスターズ関連の記事はすべて目を通し、気になる記事はコピーしてノートに貼り付ける
C選手やコーチ、監督から聞いたお話をノートにまとめる
D他のアナウンサーや記者の方がどんな視点でどんな取材をしているのかをまとめる

 私のリュックはいろんな資料やノートが入っていたのでとっても重く、いいトレーニングになっていました(笑)。大人になってまさかこんなに勉強するとは思わなかったのですが、毎日データをつけて選手やチームのことを知っていくと、ハマスタに行き試合を見ることがいつの間にか楽しくてたまらなくなっていました。

■今でも鮮明に覚えている初めて三浦監督に挨拶した日のこと

 ベンチリポーターの仕事は、投球間に試合前に取材した選手の情報やファンの方の声を伝えたり、タイムリー談話やコーチの見立てを入れることがメインですが、リポーターだから入れられるベンチの雰囲気を伝えることも大切にしてきました。そして何より試合の状況や実況解説の方の話をしっかりみて聞いておかないと入れられなくなってしまうのでタイミングが命。試合の邪魔にならないことも心がけてきました。

 2018年8月19日の広島戦でリポートデビューした私。この日8回に代打で登場したのがプロ初打席となる山本祐大選手でした。山本選手の打球がレフトスタンド最前列に飛び込んだ瞬間のベンチの熱狂(ベンチ裏でリポートしていました)を肌で感じ、私のマイクを持つ手が興奮で震えたのは忘れられません。私のリポートデビューが山本選手のプロ初打席初ホームラン、偶然ですがなんだか私にとって忘れられない選手の一人にもなりました。

 それから月日は経ち、私がリポーターとして最後に登板した試合が2021年10月7日の阪神戦でした。

 私にとってこの試合が最後のリポートだけど、そんなことはファンの方や視聴者の方には関係ない。私は変わらず試合を楽しみながら、選手やファンの声を届けよう。そんな気持ちで臨みました。この日は先発がロメロ投手。8回裏にソト選手の2ランホームランが飛び出し逆転に成功。9回表にはエスコバー投手が3人できっちり抑えるという、外国人選手が大活躍した試合となりました。

 最後だ〜という悲しみに浸る瞬間はなく、やっぱりベイスターズの試合は面白い。最後に素敵なプレゼントをベイスターズからいただいた気持ちになりました。

 tvk入社当時はセ・リーグとパ・リーグの違いすら分からなかった私が、今ではプライベートでも試合を見に行き、ベイスターズの結果に一喜一憂するくらい大好きになったのは、背中を見せ続けてくれた偉大なtvkの先輩がいたから。「ベイスターズ魂」で荒波翔さんとお仕事したから。解説の皆さんが野球のことをたくさん教えてくださったから。ベイスターズを愛するファンの皆さんと繋がれたから。そして何より三浦大輔監督の存在が大きかったんです。

 初めてハマスタで三浦監督にご挨拶した日のこと。皆さん忙しいので歩きながら取材対応される方が多い中、足を止めて、私の目をしっかりみて「天理高校出身なんか〜! 奈良県か〜! 西浦(ヤクルト西浦選手)にはもう挨拶したん? これからヨロシクね!」と短いですが、優しい口調でこたえてくださったことを今でも鮮明に覚えています。のちに先輩方から「三浦さんはどれだけ急いでいても取材の時は必ず足を止めてしっかりと取材対応される方なんだよ」と教えていただきました。それから三浦監督の出した本や当時の試合映像を通してどれほどファンに愛されファンを愛し、横浜を愛した人なのかをうかがい知ることができました。

 私は現在、横浜を離れ、地元の奈良に帰って新生活をスタートさせています。私が横浜を離れ、新しいことに挑戦したのにはベイスターズに関わるある人の存在がありましたが、それはまた機会があればお話ししたいと思います。

 番長とファンの皆さんとともに日本のトレンド1位、“横浜優勝”をつかみ取った2年前。次は、横浜スタジアムで“横浜優勝”という歓喜をファンの皆さんと分かち合い、トレンド1位を再び目にしたい。そしてハマの番長「三浦大輔監督」の嬉し涙を見届けたい。それが今の私の一番の夢です。

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(瀬村 奈月)

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