これであなたもベストセラー作家!?――“結末を決めずに書く” 西村京太郎のデビュー作に学ぶ「書き方の極意」

これであなたもベストセラー作家!?――“結末を決めずに書く” 西村京太郎のデビュー作に学ぶ「書き方の極意」

若かりし頃の西村京太郎氏

91歳で他界したトラベルミステリーの巨匠・西村京太郎が“鉄道と小説を愛した50年”「『雷鳥九号』のトリックを試したら…」 から続く

 作家の円居挽さんを招き、「西村京太郎作品に学ぶ!『ミステリの書き方』講座」と題して「オール讀物」が開催したオンライン講座が話題を呼んでいる。文春ムック『 西村京太郎の推理世界 』をテキストにした講座の内容は多岐にわたるが、ここではその一部、作家志望者のヒントになりそうなエッセンスを紹介する。(全5回の5回目/ 4回目から続く )

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円居 僕自身、小学4〜5年生の頃から西村京太郎作品に親しみ、知らず知らず自分の血肉になっていると思うんですが、今回、西村先生の追悼として刊行されたムック『西村京太郎の推理世界』を読むと、思った以上に現在の自分の問題意識にピタッとはまるところがありました。いま自分がチャレンジしている“ミステリの新しい書き方”の参考になるんじゃないかと。

 本題に入りますと、ムックの200pに、赤川次郎先生と西村先生の、レジェンドどうしの対談が載っていますね。ここでとても重要なことが話されています。

 実際にムックを手にとって確認してほしいので、さわりだけ紹介しますが、西村先生は、

〈「最初に謎を立てて、解決方法は書きながら考えていく」(206p)

「書いている自分でも、展開の先が分からないから楽しい」(209p)〉

 こう語っているんですね。

? 毎月、多くの締切を抱え、複数の連載を同時に書き進めていく中で、どうやって原稿のクオリティとモチベーションを維持していたのか? これはプロの作家ならずとも気になるところですが、そのヒントをつかむ上でも、重要な言葉である気がするんです。

■初期作品「歪んだ朝」に隠された“西村メソッド”

――では、具体的な作品に即して解説していただきましょう。ムックには、西村さんの中短編5作を全文掲載していますが、本日はその中から、第2回オール讀物推理小説新人賞受賞作である「歪んだ朝」(1963年)をテキストにしたいと思います。

円居 初期作品にもかかわらず、この「歪んだ朝」は、書き方に早くも西村先生のメソッドがうかがえるんですよ。

 本作は昭和30年代の浅草・山谷を舞台にした社会派推理小説で、冒頭、白鬚橋の欄干にもたれて煙草を吸っている刑事が、隅田川に浮かぶ少女の死体を発見してしまうところから物語が始まります。扼殺された少女の死体には、なぜか真赤な口紅が塗られている。これが第1段階の不可解な謎として、読者を引っ張っていくことになります。

〈田島の注意を惹いたものが、もう一つあった。少女の唇についていた、口紅である。真赤な口紅が、頬の辺りまで、はみ出す様に塗ってあった。少女の稚い顔と、真赤な口紅とは、似合わなかった。(22p)〉

 お読みいただければ一目瞭然ですけど、序盤ほど描写が丁寧で、ゆっくり、少しずつ情報が開示されていく。10歳の少女が生まれた山谷のドヤ街の悲惨な様子、少女の父親のどうしようもない人間性などがじわじわと伝わってきて、主人公の田島刑事に寄り添う読者もまた「犯人が許せない」「少女の置かれた状況が許せない」、こういう気持ちになっていきます。

 物語の後半になると、一転、物語のテンポはどんどん上がっていくんですが、前半のうち、西村先生は、捜査のプロセスや周囲の情景を執拗に描写し、読者を作品世界に絡め取っていきます。前段と後段とで、先生は意図的に書き方を変えているように思える。これがまず大事なポイントです。

円居 物語の前半、「口紅の謎」が解決しないことには捜査が先に進まないから、刑事たちは実に丹念に街を歩いて、手がかりを探していきます。これ、僕が想像するに、書いている西村先生自身、答えが分からず、答えを探しながら書いてるんじゃないだろうかと思える筆運びなんですよ。

――つまり、西村さんが冒頭、被害少女の唇に「真赤な口紅が、頬の辺りまで、はみ出す様に塗ってあった」と書いたときには、まだその理由を決めていなかったということですか?

円居 信じがたいかもしれませんが、ありえます。西村先生は、「口紅の謎」が解かれるまで、刑事を本当にあちこちに行ったり来たりさせ、靴底をすり減らして歩かせる。それを読みながら読者も「どうして口紅を塗ったのか?」と考えるわけですけれど、それが非常にいい効果を生んでいますから。

■ミステリの新たな可能性

――「歪んだ朝」は、流行作家になってからの作品ではなく、新人賞の応募作です。締切があるわけでもないですし、先々の展開を決めないまま書き始めたとは考えにくいですが、円居さんが読むと、書いている西村さん本人が、刑事と街を歩きながら一緒に謎を推理しているように感じられるということですね。

円居 そうです。そして、中盤で「なぜ少女は口紅を塗ったのか」というホワイダニットの謎が解かれ、こちらが「おおっ!」とビックリしているうちに、今度は謎の焦点が「少女はどの道を歩いたか」に変わる。それが解決すると、次は「誰が彼女を殺したのか」を問うフーダニットへと変わる。謎のギアチェンジの頻度が上がるとともに、物語のテンポがめちゃくちゃ速くなるんですよね。

 昨秋、新潮社の新井さんとのイベントで、読者の満足度を上げるために、1つの謎を引っ張りすぎず、早め早めに解決して次の謎を追加投入していくテクニックがあるとお話ししましたけど、「歪んだ朝」ではそれに近いことがなされています(編集部注:円居さんは昨秋、「 京都大学推理小説研究会直伝『ミステリの書き方』講座――10の必勝法 」の講師として、新潮社の編集者・新井久幸さんと共に登壇し、自身のノウハウをわかりやすく披露した)。

――「ミステリって中盤の捜査シーンが退屈になりがちでは?」との参加者の質問に対して、複数のネタを用意し、謎の焦点を変えながらどんどん入れていけばいい、と、おふたりが回答していた技術のことですね。

円居 「口紅の謎」が解決したあたりから、突然、物語のスピードも上がるので、ここは僕の完全な邪推なんですけど、「口紅の真相」を思いついた頃、おそらく応募の締切が迫ってきたのではないかと(笑)。そして、このあたりで西村先生は、用意していた謎の解決法をすべて思いついたのではないかとも思います。後半にギアチェンジしてから、ラストの犯人逮捕まではあっという間なんです。

 僕自身、本格ミステリの書き手なので、これまでは最後のトリックやオチを思いつくまでずっと粘って考えて、閃いた瞬間、ゴール地点から逆算して原稿を書き始めることが多かった。けれど、最近は、冒頭の事件や主人公のキャラが固まったら、先々まで決めすぎないで、「解決方法は書きながら考える」メソッドにチャレンジしています。詳細はまた別の場所に譲りますが、西村先生のおっしゃる「自分でも先が分からないから楽しい」書き方に、ミステリの可能性を感じているんです。

――ムックの記事で、他に面白かったものがあれば教えてください。

円居 綾辻行人先生と有栖川有栖先生の対談「僕らの愛する西村作品ベスト5」が興味深かったですね。両先生の挙げたリストを見ると、綾辻先生たちの世代と、僕らの世代、もっと若い世代のミステリファンとで、さほど好きな作品って違わないんだなと分かって驚きました。「時代を超えて読み継がれる傑作ミステリとは何か?」を考える意味でも、作家志望者必読のムックだと思いますよ。

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【講師プロフィール】
円居挽(まどい・ばん)
1983年、奈良県生まれ。在学中、京都大学推理小説研究会(ミステリ研)に所属し、2009年に『丸太町ルヴォワール』(講談社BOX)でデビュー。全4作の「ルヴォワール」シリーズをはじめ、「シャーロック・ノート」シリーズ(新潮文庫nex)、「キングレオ」シリーズ(文春文庫)、人気スマホゲーム「Fate/Grand Order」のイベントシナリオを自らノベライズした『虚月館殺人事件』『鳴鳳荘殺人事件』など著書多数。精緻な伏線と大胆な推理合戦、瑞々しい青春描写が高く評価されている。

(「オール讀物」編集部/オール讀物)

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