〈引退発表〉新卒で入社した会社から「AV女優にならないか」と打診が…!? “市川まさみ”が明かす“私が女優デビューを決意した理由”

〈引退発表〉新卒で入社した会社から「AV女優にならないか」と打診が…!? “市川まさみ”が明かす“私が女優デビューを決意した理由”

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 ソフト・オン・デマンド株式会社(以下SOD)に勤めている宣伝部の女子社員として、地上波バラティ番組に出演した市川まさみは、それから数カ月後、アダルトビデオの女優としてデビューした。

 以降、第一線の女優として活躍を続け、女優として業界内での地位を確立してきた彼女が2022年5月31日をもって女優業を引退する。今回、文春オンラインでは、市川さんのインタビューを実施。はたして、彼女はなぜAV女優になったのか……。(全3回の1回目/ #2 、 #3 を読む)

◆◆◆

■家族仲が悪いわけではないものの……

――まずは市川さんがAV女優として生きていく道を選ぶようになるまでのお話を聞ければと思っています。幼少期はどのようなご家庭で生まれ育ったんでしょうか?

市川 両親と姉1人の4人家族で育ってきました。両親は、“子どもたちの人生は子どもたちのものだから、あまり介入しない”という考え方でしたね。それでも、娘たちの意図は常に尊重してくれながら、「何か失敗してしまったとか、どうしようもないときは、言ってきなさい」と、育ててもらった印象が強いです。適度な距離感を保ちながら見守ってくれていたという感じですかね。

 仲が悪いわけではなくて、むしろ仲の良い家族なんですけど、友達付き合いをするわけじゃないというか、本当に必要なことがあれば、そのときにしっかりと話し合いをするみたいな感じというか。

――小学生時代はどんな子だったんでしょうか?

市川 わりとみんなの輪の中心にいるタイプでしたね。

 そうなろうと思っていたわけではないんですけど、運動が得意だったんです。小学校の頃って運動が得意な子は人気になるじゃないですか。

 当時は、水泳部とバドミントンとミニバスと陸上の部活を掛け持ちするくらい、本当に運動ばかりの毎日を送っていましたね。

 大人になって教師になった姉は“勉強が得意だけど運動は苦手”。私は“勉強が苦手だけど運動は得意”ということもあって、「じゃあ、私は運動を頑張ろう!」という気持ちだったことを覚えています。

■教師から「行ける高校がありません」と伝えられ……

――中学校はそのまま公立の中学校に進学されて、高校進学で初めての受験をされたんでよすね。

市川 そうですね。高校受験で、私の大っ嫌いな「勉強」にぶち当たって……。中学時代も小学生の頃と同様に運動に力を入れていて、陸上部で3年間みっちり活動していたんです。机に座ったことがないんじゃないのかな? っていうくらい、運動ばかりで。

 勉強するのは苦手だったので、高校受験ではすごく苦労しましたね。中学3年生になって受けた模擬テストは合否判定が最低ランクだらけ。先生からは「行ける高校がありません」って断言されるくらいの状態で。

「行ける高校がない……?」と思うと同時に、ここまで運動ばかりに打ち込んできてたので、「だよね!」とも感じちゃっていました。

 そもそも、正直、当時は高校に行きたいとも思っていなかったんですよ。

――その頃はどういう道に進もうと思われていたんでしょう。

市川 何がしたいとかも特別ありませんでした。

 ただ、父の家系が高学歴な人が多くて、姉も偏差値の高い学校に行っていたんです。そういう環境もあって、「高校は出ないとだめ」「行きなさい」という雰囲気のある家庭で。それで、仕方なく「じゃあ、どこに行こうか」と考えるという感じになったんですよね。

「勉強は面倒くさい。でも、家族のことを考えると行かなきゃいけないな」というか。だから、受験に対してそんなに熱がなかったんです。塾には通いましたが、いい高校に行こうというモチベーションではなくて。

――進学先はどのように決めたんでしょう?

市川 候補が2校あったんですけど、1校は普通の私立高校、もう1校は不良が多いっていう噂で、名前を書けば誰でも受かると言われていたような学校でした。

 不良が多い高校は嫌だな……と思いながら、はじめに受験があったのが普通の私立高校の方で、そこは、筆記試験の前にまず面接があったんです。

 そのときに面接担当だった野球部の先生と話を進めているうちに、何が刺さったのか、「お前、もううちに来い!」って言ってくれて、その時点で入学が決まったんですよ。「これでなんとかなった〜」と、すごく安心しました。

――元々高校には進学しようと考えていなかったとのことでしたが、いざ入学してみて、高校生活はどうでしたか?

■「自分の知らない世界がここにあった!」みたいな

市川 高校進学は考えていなかったものの、学校に入ってみると、楽しかったんですよね。

 私、小さい頃から、同じ地域の子としか交流してきていなかったんですよ。もちろん中学校は、他の小学校から入ってくる人もいたんですけど、結局、幼稚園で一緒だった子が、また再集合するみたいな地区で。見知ったコミュニティでしか暮らしてきていなかったんです。

 高校で初めて、関係性がゼロの状態から友達をつくって、それがすごく楽しくて。

「自分の知らない世界がここにあった!」みたいな感じっていうんですかね。生まれが違ったり、育ちも違ったり、そういう人たちと関係性を築けるのが楽しくて、スタートから楽しく通っていました。

――結果的に楽しい高校生活が送れたわけですね。

市川 そうですね。高校生になったので、バイトも始めて、それもいい思い出です。

――どんなバイトをされていたんですか?

市川 最初はファミレスで半年くらい働いて、そこから、高校生らしいっていうんでしょうか、「もう少し時給のいいところないかな〜」と考えて、チェーン店の居酒屋でバイトを始めました。

 そういう環境もあって、バイト先の人達は年が近い人が多くて、すぐにすごく仲が良よくなって。中学から高校に上がったときに、これまで知らなかった世界の人達と知り合えた喜びと同じで、学校という枠組みの外の人たちと知り合えて、また別の世界を見られたのが何よりも楽しかったです。

 楽しすぎて、部活もしながら週5くらいで働いてましたね。部活終わって、バイトに行って、ギリギリまで働いて。

――部活もしながらバイトにも励んで、となると、とても忙しい日々だったでしょうね。

市川 そうですね。そんな毎日を送りながら、3年生になる頃には、大学受験のことを考えなければいけなくなって……。

 勉強は嫌だったんですけど、高校受験のときと同じような流れで、親から「お前どうするんだ?」って言われて、「わかりました、じゃあもう行きます!」という感じで受験を決意しました。

――なるほど。ここまで話を伺っていると、高校・大学の進学など、人生の転機ともいえるタイミングで、ご家族の意向が大きく影響してきたんですね。

市川 はい、その頃の私は「こうやって生きていきたい!」と決めるわけではなく、のらりくらりとしていたんだと思います。

■SODに入社したワケ

市川 SODに入社する前、大学4年生のときにバイトを変えたことがあって。いまも素敵だと思っている松本恵奈さんという方がプロデュースする「EMODA」というファッションブランドがスタッフ募集をしていて。その時に「あ……これやりたい!」と初めて自分から思ったんですよ。

 小さい頃からお洋服は好きで、お母さんに教えてもらいながら、自分でつくったりしていたこともあって、「一回アパレルやってみたいな……」という思いで、それが、明確に“やりたいこと”ができた第一歩だったかもしれません。

 履歴書を提出して、面接に受かって、実際にバイトもしていました。だから、大学卒業後は「アパレルを続けてみたいな……」という気持ちでいたんです。

――それでも、卒業後はSODに?

市川 ですね。アパレルを続けたいと考えていたんですが、なかなか正社員になりづらい環境で。どうしようかな……と考えていたタイミングで友達から「SODの会社説明会に行きたいからちょっと付いてきてくれない?」と声がかかったのがきっかけです。

 その子も興味本位だったみたいで、私も「友達に誘われたから」と、特に深く考えずに行ったんです。「会社説明会に行ったし、せっかくだし一応エントリーシートも出しておくか」みたいな気持ちだったんですかね。そこからあれよあれよと、SODで働き始めるようになりました。

――SOD は主に男性に向けた性的な商品を制作・販売する会社ですが、嫌悪感や恐怖感はなかったんでしょうか?

市川 当時、交際経験こそあったものの、男の子のことも基本的には友達としてしか見たことがない感じで、性的なことに明るくなかったんです。だから、業務内容については本当に未知でした。

 でも、高校に入学して以降の経験から「私は新しい世界を見るのがすごく好き」っていうことに気づいていたので、「SODで働き始めたら新しい世界が見られるはずだ!」と考えていましたね。興味が強かったぶん、嫌悪感や恐怖心みたいな感情はあまりなかったのかな、と思います。

――市川さんといえば、入社後、宣伝部に配属されていた社員が女優としてデビュー……という売りで注目されたと思いますが、働き始められたときから、宣伝部としての業務に従事していたんですか?

市川 いえ、はじめは営業企画部という部署で働いていました。期間としては半年もなかったくらいだったんですが、女優さんについて行ってイベントのサポートをしたり、女優さんのアメニティの準備をしたり、アテンドをしたり……。いろいろやっていましたね。

 宣伝部に移ってからは、SNSをはじめとした広報業務が主な仕事でした。

――その頃にバラエティ番組の『ゴッドタン』が会社に収録に来て、たまたま出演された市川さんが、視聴者から大きな注目を集めました。当時の反響はどうでした?

■「人間って怖いな〜」みたいな……

市川 『ゴッドタン』出演の反響はすごかったですよ! 当時、Facebookをやっていたんですけど、面識のない母校の先輩・後輩から「会いたい!」「久々に会おうよ!」みたいな連絡がたくさん来て……。「人間って怖いな〜」みたいな。

――そこから、宣伝部に勤めている際に、女優としてデビューされるという流れですが、打診があったときの気持ちは?

市川 「え!?」って固まりました。その一言ですね。

――女優デビューありきで採用されたのでは? という気持ちにはならなかったんでしょうか?

市川 私がSODのメンバーとして働いていた際に、一緒に会社で働いていた人が女優としてデビューする……というのを目の当たりにしていたので、そういう気持ちは湧かなかったですね。ただ、打診があったときには、やっぱり驚きましたよ。あ、驚くというよりは、なんて言うんでしょう……。「自分なんかが!?」という気持ちが大きいというか。

――なるほど。そこから女優デビューの決意はすぐに固まったんでしょうか?

市川 いや、めっちゃ悩みましたよ。やっぱり、生活がガラッと変わるわけじゃないですか。言ってしまえば、人生がそこで変わる。そんな転機でもあるじゃないですか。

 ただ、また、これがね、私、新しい世界を見たくなっちゃうんですよね。

写真=長谷川愛実

「『ちゃんと伝えないと』という思いはずっと持っていて…」実家の食卓で“セクシー女優デビュー”を家族へ告白、父から投げかけられた“まさかの言葉”とは へ続く

(「文春オンライン」編集部)

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