「腹話術を『教えたくない』という気持ちがありました」いっこく堂(59)が明かす「弟子入り」を断り続けるワケ

「腹話術を『教えたくない』という気持ちがありました」いっこく堂(59)が明かす「弟子入り」を断り続けるワケ

いっこく堂さん

「これだけ世に出てないと、忘れられるんじゃないかな」デビュー40年…腹話術師・いっこく堂(59)が語る“現在地” から続く

「いっこく堂って今何してるのかなと思って調べたら一人でリモート会議やってた。」

 2022年1月下旬、漫画家おおひなたごう氏がそんな言葉と共にTwitterにあげた動画には、人形の“師匠”と“カルロス”を相手にした一人三役の「 リモート会議 」をするいっこく堂氏(59)の姿が。その芸の凄さもあって、24.6万件の“いいね”がつくほどの注目を集めた。

 そんないっこく堂氏に、ブレイク時の様子、2016年に起きた転倒事故、今後の展望などについて、話を聞いた。(全2回の2回目/ 最初から読む )

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――1995年にブレイクしてからは、年間300本の公演をこなされたとのことですが、それはほぼ毎日公演といった状態ですよね。

いっこく堂 1日2公演とかもありましたから。土日の公演は必須だったので、一般的な休日の感覚は完全になくなりました。で、1999年にはテレビでもブレイクして。

――そこからは破竹の勢いでしたよね。収入の跳ね上がり方も桁違いだったのでは?

いっこく堂 バイトもしていた頃から比べたら、それはまぁ。でも、お金のことはあまり考えなかったですね。派手に遊んでやろうみたいな意識もなかったです。東京に出てきた頃から、原宿に行くとか、渋谷に行くとか、そういうのもまったくなかったし。

 さすがに家を買う時とかは、ちょっと考えましたよ。だけど、それは「いくらあったらいいんだろう」といった感じの話で。お金がない頃はしょっちゅう通帳を見ていましたけど、入るようになってからいちいち見なくなっちゃいましたね。

――俳優から腹話術師になろうと決断した時点で、あそこまでの成功は確信されていたのでしょうか。

いっこく堂 してましたね。僕はすごく落ち込む時は落ち込むんだけど、やっぱり根底はポジティブなんですよね。「絶対うまくいく」「自分はこのままで終わるはずがない」ってことをわかっているというか。自分でも「なんなんだろうな」ってくらい、常にそう確信しているんですよ。

――その確信は、芸に対する自信とは別のものですか。

いっこく堂 芸に対する自信に支えられている部分はあるかもしれません。腹話術では誰にも負けないというか。自分の芸はどこに出しても絶対に恥ずかしくない、誇れるものだなって。練習は欠かしていませんし、毎年うまくなっていると感じています。

■腹話術の常識をくつがえしたテクニック

――無音のまま口が動き、少し遅れて声が聞こえる「衛星中継」をはじめ、いっこく堂さんの芸は衝撃的でした。「ぱぴぷぺぽ」などの両唇音(上下の唇をつけて、一度離さないと出ない音)を出したことも、腹話術界では快挙だったそうですね。

いっこく堂 僕は小学校の時に鉄棒にぶつけたので前歯が欠けているんですけど、おかげでその隙間から舌を出し、上唇の裏側に舌をくっつけることによって、「ぱぴぷぺぽ」「ばびぶべぼ」「まみむめも」が言えたんです。最初の頃はそうやっていましたが、5、6年前からは舌先だけで両唇音が出せるようになりました。そこは訓練の賜物、やっていくうちにうまくなったんですね。

 あと、呼吸かな。息を止めるんです。止めないと出ないんですよ。

――やはり、口の中では複雑なことが行われているんですね。

いっこく堂 複雑なことを簡単に見せないと(笑)。

■顔面を骨折…転倒事故の「真相」

――前歯の欠けが腹話術に活きたわけですが、2016年に顔面を大怪我されていますよね。その時は、何かしら支障が出ましたか?

いっこく堂 原因は、よくある朝礼等で倒れてしまう「迷走神経反射」です。トイレを出た時に、ふぅ〜と意識を失って倒れてしまいました。僕はお酒が飲めないんですけど、あの頃は飲めるようになりたいと思って練習していたんです。多分、それが原因じゃないかな。具合が悪くなって、もう寝ようとトイレに行って。そのドアを開けて出たところまでしか覚えていません。

 意識が戻って、気がついたら血が出ていました。僕が倒れたトイレは自宅の2階にあって、その時、妻は3階にいたんです。室内フォンで妻に「救急車呼んで」と伝えて、救急車で病院へ行きました。

――さらっとお話しされていますが、かなりの重症ですよね。

いっこく堂 病院で診てもらったら、頭を打ったことによる外傷性のくも膜下出血。それと頬の骨も折れていました。でも、声が出せないとか、そういった支障はなかったですね。3日で退院しました。

 退院後もすぐに稽古していました。1週間後には10キロ走っていましたし、体力的にも問題はなかったです。

 それよりも、スポーツ紙等に大きく出てしまったため、いまだに具合が悪いのではとか、大病を患ったとかリハビリ中だとか、勘違いされてる方も多いんです。そのせいで痩せたとか。そうではなく、テレビにたくさん出ていた頃は運動する暇もなくて、人生で一番太っていたんです(笑)。僕は元気ですよ。

■「衛星中継」は絶対に教えたくなかった

――ここ最近はテレビ出演が少なくなっているような気がしますが、これは意図的に?

いっこく堂 いえいえ、そんなことは。オファーを頂いたら、大喜びで出させてもらいますよ。選べる立場じゃないですから。テレビに出ることで、ステージにもお客さんが来てくれますし、集客力に影響するんです。ほんと、オファーが単純に減っただけです。

――コロナでステージが減って、なにもない状態と仰っていました。それでも、「リモート会議」の動画がバズったことで、良い影響はありませんでしたか。

いっこく堂 それが理由かわからないけれど、テレビ出演のオファーは何本か来ました。それから最近は、腹話術を教えてくださいという依頼が多いです。

 ブレイクしたての頃は、「教えたくない」という気持ちがあったんですよ。僕よりうまい人が現れたらどうしようって。それから30年経ちまして、もう逆に、新しい才能が出てきて欲しい、コラボしたらどんなことができるんだろうっていう期待に変わってきて。昔は「衛星中継」のやり方なんて絶対に教えたくなかったのに、いまではYouTubeで率先して教えていますから。

■弟子入りを断るわけ

――後継者を育てたいとは思いませんか?

いっこく堂 矛盾するかもしれないですけど、それはないですね。才能がある人は師匠なんかいらないし、下手に枠にはめられてしまう可能性だってある。僕自身も師匠につかず、独学でやってきました。自分で自由に考えたかったんですね。だから、僕の芸を見て、「この部分を膨らませたら面白いかも」なんて考えられる人が出てきたら、まったく新しい腹話術が生まれるんじゃないかな。

――いっこく堂さんが腹話術のイメージやテクニックをガラリと変えてしまっただけに、これから新しい人が飛び出すにはハードルが高すぎる気がしなくもないですが。

いっこく堂 どんなジャンルにおいても、できる人はできる、興味を持っている人はやれると思うんです。だから、数年後に出てこなくても、10年後、20年後には、僕とは違う形の面白い人が出てくると思っているんで。

 これまで弟子にしてくださいと言ってくれた方は大勢いましたけど、すべてお断りしてきました。僕の真似をしてどうするんだというのもありますし、もっと自由な発想で作り上げた方がいいと思っているんです。「これ腹話術なの?」っていうようなものが出てきた方がいいんですよ。

 弟子を取らないことで「その芸が途絶えたらどうするんですか?」と聞かれるんですけど、腹話術はなくならないですよ。必ず新しいスタイルの腹話術が出てくるので、心配なんかしてないです。

 実際、今年2月に、神戸の腹話術師やないあつ子さんが企画をされた『F−1腹話術グランプリ』が開催されて、全国から独創的な腹話術師が集まり、大いに盛り上がりました。僕は審査員をやったんですよ。

■自分でも感じている再ブレイクの予感

――いっこく堂さん自身がさらに変化を遂げて、腹話術がアップデートする可能性もありますよね。

いっこく堂 芸に対する考え方は大きく変わってきましたね。出発が舞台俳優だったので、芸人でありながら「台本型」だったんです。台本を自分で書いて、それを忠実に追っていく。

 それゆえに、テレビ番組でネタを披露するときに、ちょっと横から口を挟まれると集中できなくなってしまうこともありました。でも、コロナ禍のなかでいろいろ考えることもあり、「それはちょっと違うな」と思うようになったんです。

――「台本型」からどのように変化したのでしょうか。

いっこく堂 これからは起承転結だけざっくり決めておいて、臨機応変にアレンジしながら、結に向かっていくスタイルに変えていこうと。あとはもう毎回セリフが変わってもいいやって。道で例えるならば、曲がり角。ある角で右に曲がることさえできれば、きちんと結論にたどり着ける。そういうやり方にすればいいんだなって。

 ここにきて「台本型」から「芸人型」に変われた気がしますね。

――それは、長年のキャリアからくる余裕みたいなものですか。

いっこく堂 余裕でもあるでしょうね。そんな心境の変化もあって、いまでは「今日はこういうテーマで」なんて突然言われても対応できるように、シミュレーションしながら稽古をしています。一方で、英語ネタなんかは即興では話せないので、台本型の稽古も継続していますよ。

――コロナでステージは減ったものの、テレビ番組では腹話術そのものにクローズアップする企画が増えたと仰っていましたね。この背景には、なにがあると思われます?

いっこく堂 家にいる機会が増えたことで、なにかやってみたいなって人が増えてきたってことなんじゃないですか。そこで「腹話術といえば、いっこく堂だよね」みたいに思い出してもらえたんでしょうね。

――僕もバズった「リモート会議」のネタを見て、やっぱり面白くて凄いなと改めて感嘆すると共に「いっこく堂、また来るな」とも感じたんです。

いっこく堂 実は僕もそう感じてるんですよ。なんででしょうね(笑)。

写真撮影=末永裕樹/文藝春秋

(平田 裕介)

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