「ナツオくん、凄いよね」球界最小164センチ、西武・滝澤夏央が故郷の新潟から託された夢

「ナツオくん、凄いよね」球界最小164センチ、西武・滝澤夏央が故郷の新潟から託された夢

滝澤夏央

「去年の今頃はこの球場でプレーしてたんだよなぁ……」

 高校野球春季新潟県大会決勝を控えた5月14日の朝、長岡市・悠久山球場の記者席に着くと挨拶もそこそこにこんな会話が聞こえてきた。

 前日、関根学園高校出身の西武・滝澤夏央が育成選手から支配下に登録されると、そのまま一軍の楽天戦に「2番・ショート」でスタメン出場。プロ初安打を記録してお立ち台に上がるなど鮮烈なデビューを飾った。

 ちょうど1年前、高校3年生の滝澤は春季県大会準決勝、決勝をこの悠久山球場でプレー。走攻守でスピード感あふれるプレーを披露し、その姿は新潟の高校野球ファンに強い印象を植え付けた。

 あのときの高校生が育成選手から支配下登録され、ケガで離脱したキャプテン・源田壮亮の代わりにショートを守る――。

 そんな未来を1年前、誰が想像しただろうか。

■滝澤三兄弟の自慢の末っ子

 私は東京在住のカメラマン兼ライターだが新潟で生まれ育ち、高校(長岡向陵)で野球部だったこともあり約15年前から新潟の高校野球を取材し続けている。滝澤の母校・関根学園も10年近く取材し、その高校時代も見てきた。

 関根学園のグラウンドは日本スキー発祥の地・金谷山スキー場の近くに位置する。

 3年前の5月、シートノックでショートを守る小柄な1年生の軽快な守備に惹かれた。聞けば春季大会ではセカンドでスタメン出場し、夏はショートのレギュラーに抜擢される予定だという。私の隣にいた安川斉・総監督(当時監督)はそのプレーを見ながら、「この1年生、いいでしょ! 滝澤三兄弟の末っ子だよ」と解説してくれた。滝澤三兄弟……その言葉を聞いて納得したものだ。

 上越市内の野球関係者の間では、野球の上手な「滝澤三兄弟」は学童野球の頃から知れ渡っていた。長男・拓人、次男・有亮(ゆうすけ)、そして末っ子の夏央。高校は拓人が関根学園、有亮が同じ上越市内の上越高校へ進み、3人とも下級生の頃からレギュラーでポジションは同じショート。夏央は3人の中で一番体が小さいが、野球センスは最も高いと評判だった。

 滝澤は2人の兄の後を追いかけるように、和田保育園年長のときに学童野球チーム「三郷タイフーン」で野球を始めた。

 当時の滝澤を知るのは2歳上の幼馴染で、三郷タイフーン、上越市立城西中学野球部と同じチームでプレーした矢坂大聖さん。自身も高田高校野球部でキャプテンを務めた。今でも親交は続き「ナツオ」「タイセイくん」と呼び合う仲だ。矢坂さんが当時の滝澤について語る。

「僕は小学2年生の6月にチームへ入ったんですが、当時年長だったナツオは既にチームにいましたね。大きい声を出して暴れ回る、やんちゃな子でした。小学校のグラウンドに走り幅跳びで使う砂場があるじゃないですか。ナツオはそこにわざと何度もスライディングしてユニフォームを汚すんです。その光景をナツオのお母さんが驚いた表情で見ていました。お兄ちゃんたちが練習でユニフォームが汚れるのを見て、マネしたかったんだと思います」

 小学6年生の矢坂さんがピッチャー、4年生の滝澤がキャッチャーでバッテリーも組んだ。

「どこを守ってもメッチャ上手かったです。ひじを痛めてキャッチャーからセンターにコンバートされたんですけど、一直線に落下点に入って打球を捕っていましたから。間違いなくチームで一番野球が好きなんだなと感じましたし、ズバ抜けた身体能力と野球センスは際立っていました」

■幼少時からの野球勘&貫いた約束

 プロ入りした今年、滝澤が持ち味を発揮したプレーがある。5月14日の楽天戦の7回、安樂智大から同点の三塁打を放った直後、暴投で三塁からホームインした場面だ。矢坂さんはあのプレーを見て「昔から変わっていないな」と感じた。

「あのときのスタート、メチャクチャ早かったじゃないですか。あの野球勘は幼い頃から変わっていないと思ったんですよ。『行ける』という判断云々ではなく、気付いたら走っていたような。当時からスキがあれば次の塁を狙いますし、『何でそんなプレーできるの?』というのを普通にやっていましたからね」

 小学5年生の夏、6歳上の長兄・拓人のいる関根学園は夏の新潟大会で勝ち進み、決勝進出を果たす。拓人は2年生でレギュラーとして出場し、兄の姿は滝澤にとって憧れだった。

 飯塚悟史(元横浜DeNA)擁する日本文理との決勝で関根学園は初の甲子園まであと2人と迫るも、サヨナラ本塁打を打たれ甲子園出場はならなかった。このとき、滝澤の中で「関根学園に入って、お兄ちゃんの分も自分が甲子園に行く」という感情が芽生えた。安川総監督は決勝戦の後、滝澤と話したことを思い出す。

「文理との決勝後、お母さんと一緒に挨拶に来たんですよね。ナツオは小学5年生だったのかな? 事前にナツオの話は聞いていたので、『お前、高校は関根学園しか考えていないと言っているらしいな?』と聞いたら、『よろしくお願いします!』と返してきた。『そう言って高校進学の際、文理や中越に心変わりしたヤツがいっぱいいたぞ』と言ったんだけど……ナツオは初心を貫きましたよ」

 現在、都内の大学に通う矢坂さんは滝澤のデビュー戦だった5月13日の楽天戦と15日の同カードをベルーナドームで観戦した。

「僕にとってはヤンチャで可愛い幼馴染ですけど、凄いですよね。嬉しかったです」

 感慨深い表情でそう振り返ると、幼馴染ならではのエピソードを語ってくれた。

「15日の試合ですかね。球場にいたら開始15分前くらいにナツオから『タイセイくん、どこいるの?』とLINEが来たんです。事前に球場に行くとは伝えたんですが、まさか試合直前にLINEをするなんて(笑)。『俺のことはいいから、試合の準備しろよ』と思いましたね」

■「タッキー」ではなく「ナツオ」

 滝澤の故郷でもある上越地区の高校から近年、2017年に西武6位で綱島龍生(糸魚川白嶺高)、巨人育成8位で荒井颯太(関根学園)がプロ入りしている。

 その要因の一つとして北陸新幹線が2015年に開通したのが大きいという意見もある。開通前は上越新幹線で越後湯沢からほくほく線、長岡から信越線と在来線に乗り継ぐ必要があったが、北陸新幹線は上越妙高、糸魚川に停車し、アクセスが格段に良くなった。

 安川総監督によれば、滝澤を担当した西武の鈴木敬洋スカウトは高校2年秋の北信越大会後に初めて関根学園を訪問し、その後10回近く足を運んだという。それまで上越地区の高校出身のプロ野球選手といえば、糸魚川市出身の関本四十四(元巨人)ぐらいしか目立った選手がいなかったが、今後上越地区の有望な高校生がプロのスカウトの目に止まる可能性はより高くなるだろう。

 滝澤の活躍に上越市内の高校野球部では練習中、「今度はナツオさんのバッティングを取り入れてみたんだ」という野球部員の声や、練習試合では保護者から「ナツオくん、凄いよね……」という会話を耳にした。滝澤がプロの世界で躍動している姿は、上越の人たちにとって間違いなく励みとなっている。

 最後に一つだけ付け加えたい。

 最近はスポーツ紙の見出し等の影響で滝澤を「タッキー」と呼ぶ声も多い。しかし、今回取材した安川総監督と矢坂さんは「『タッキー』は兄の拓人のあだ名で、ナツオは『ナツオ』なんですよ」と正し、同郷の夢を託した。

 上越の「ナツオ」から、西武の「ナツオ」へ――。

 164cmの小さな体に、新潟から多くの人たちが熱視線を送っている。

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(武山 智史)

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