「怨念に似た執念の持ち主」と中村倫也(35)に言われ、吉岡里帆(29)の反応は…”どんぎつね女優”の隠れた素顔

「怨念に似た執念の持ち主」と中村倫也(35)に言われ、吉岡里帆(29)の反応は…”どんぎつね女優”の隠れた素顔

吉岡里帆 ©時事通信

 5月20日に封切られた『ハケンアニメ!』は、涙ではなく、汗についての映画である。

 ポップで軽快な主題歌が流れ、アニメの名台詞の引用が飛び交う予告編は、この映画を若い監督と人気俳優たちによる新世代のカルチャームービーに思わせるかもしれない。でも実際のところ、これはアートやカルチャーではなく、労働についての映画なのだ。

 正直に言えば、この映画は公開初週から観客動員数トップ10入りを逃している。人気作家辻村深月の原作の知名度と公開規模から言えばかなり手痛い結果だ。予告編が与えるポップで洗練された映画のイメージは、必ずしも観客の事前動員に繋がらなかったと言える。

 だが一方でSNSでは、公開された20日金曜日の夜から半月が経った現在に至るまで、映画を見た観客からの賛辞があふれ、各種映画サイトの評価投稿では邦画として極めて高い得点と、熱いレビューが投稿され続けている。

■中村倫也と吉岡里帆の“直接対決”

 この映画の中心には、中村倫也と吉岡里帆という二人の俳優がいる。原作では二人のアニメ監督、王子千晴と斎藤瞳は群像劇の中で別々の章に登場する人物だ。

 だが映画版の『ハケンアニメ!』の脚本は、この二人の距離を原作以上に縮め、女性演出家の斎藤瞳と、彼女にアニメ制作の道を進むのに絶大な影響を与えた王子千晴の直接対決を描く構図に変更している。

 吉岡里帆が演じる女性演出家・斎藤瞳の目には、中村倫也が演じるカリスマ演出家・王子千晴に対する崇拝と共に、明らかな反発の感情がある。

?実は映画の中で、斎藤瞳にとってなぜ王子千晴は単純な憧れの先輩演出家ではなく、ほとんど演出家としてのアイデンティティをかけて真正面から挑み、記者会見の場で「負けません。全部勝って『覇権』を取ります」と打倒宣言しなければならない存在なのか、という理由はセリフでは説明されていない。だがそれは、映画の中で彼らが作るアニメ作品を見るうちに自然にわかってくる。

 鬼面人を驚かし、ファンにカリスマ視される王子千晴の作品は、ある意味では表現至上主義。子供向け少女アニメの時間帯の制約をものともせず、必要ならば最終回でキャラクターを皆殺しにすることも厭わず、納得がいかなければ監督降板も辞さない天才肌の演出家だ。

 彼に大きな影響を受けながら、彼の新作『運命戦線リデルライト』と同時間帯に激突する『サウンドバック 奏の石』を初演出する斎藤瞳の作風には、ロボットアニメでありながらどこかヒューマニスティックで、温かい感触がある。

■芸能人としての「魅力」が、役者としての評価を遠ざけてきた?

 原作小説が書かれたのは2012-2014年であり、そこから映画化には7年を要している。作品の中のアニメ表現がやや古い、という意見もSNSにはあった。だが、この王子千晴と斎藤瞳という二人の演出家が象徴する思想、「表現者が奉仕すべきなのは作品の美しさか、それとも子供のための正しさか」というテーマは、期せずして2022年、世界中の映画制作者が向き合う、きわめて同時代的な命題でもある。

 強いエゴを持つカリスマ的な男性演出家に圧倒的な影響を受けながら、彼の世界観に異和を内心抱え、新しい自分の表現を切り開こうとする若い女性演出家、斎藤瞳の物語は、ある意味では王子千晴を仮想敵に置くことによって原作以上に輝いている。そして結末の詳細は明かさないが、映画のクライマックスで二人のアニメ作家の作品思想は互いに共鳴するように交差するのだ。

 6月2日の夜に行われた『ハケンアニメ!』オンラインイベントで、映画の中で女性スタッフを演じた俳優・声優の新谷真弓は、これが働く女性を描いた映画であり、その中で主演の吉岡里帆が『魔女見習いをさがして』で初監督をつとめた女性演出家、鎌谷悠に話を聞きに行くなど、献身的に演じた様子を力を込めて語っている。

 新谷真弓が語る通り、『ハケンアニメ!』はポップな予告編のイメージとは裏腹に、女性と労働を描いた日本映画として出色の出来になっている。そして劇中で演出家として斎藤瞳が感じる苛立ちや疎外感は、どこかで俳優としての吉岡里帆が歩いてきた道とも重なって見える。

 多数のCM契約を抱える人気タレントとして吉岡里帆を見れば、苛立ちや疎外など似つかわしくない、誰が見てもトップ芸能人の一人かもしれない。だが、吉岡里帆の場合には芸能人としての「魅力」が、役者としての「実力」の正当な評価を遠ざけてきたようにも見える。

 モデルやグラビア出身と誤解されることもあるが、実は吉岡里帆は最初から演劇を志向して芸能界に入った俳優である。京都の進学校から大学に進学し、一時は書家をめざすほどの書道の実力がありながら演劇にのめり込んだ。

 だが、彼女には書家の道を捨てて選んだ俳優の世界で、実力より先に甘い声と顔の魅力が注目されがちなところがあった。一躍その名を知られた坂元裕二脚本の名作ドラマ『カルテット』でも、吉岡里帆が演じたのはその魅力で世の中を渡る美女の役だった。

■「人生チョロかった」の呪縛

「人生チョロかった」ドラマ史に残る名作の最終回でそう高笑いする悪役を演じ切ったことは高く評価された。だが同時にそのイメージは、その後も呪いのように世間の視線を呪縛した。

 新人ケースワーカーを演じた『健康で文化的な最低限度の生活』など、社会的なメッセージを持つ作品にいくつも出演し、高い演技力を何度見せても、一般のイメージは次々と舞い込むCMで演じるコケティッシュなイメージに上書きされてしまうところがあった。

 映画『ハケンアニメ!』は、そうした俳優としての吉岡里帆のジレンマを、斎藤瞳という若い女性演出家に重ねて描くことに成功している。アニメの現場には昔から女性スタッフが多く、あからさまに女性だからと差別を受けたり、排除されたりするわけではないという。

 だが同時に、若い女性であることで暗に甘く見られ、あるいは一方でアイドル的にメディアに消費されることもある。そうした曖昧な、見えにくいプレッシャーの中で溜まっていくストレスを、映画の中で吉岡里帆の演技は繊細に、雄弁に表現している。

 劇中に、現役若手声優の高野麻里佳が演じるアイドル声優・群野葵と、吉岡里帆演じる女性演出家が衝突する場面がある。アイドル声優・群野葵の発する決め台詞を別室で聴きながら、女性演出家斉藤瞳は深いため息をつく。高野麻里佳はそのセリフを、わざと下手に演じるような芝居をしているわけではない。それは声優にとってベストを尽くしたつもりの演技が、演出家の意図と食い違うというシーンなのだ。

 ファンの反発を招く可能性もありえるシーンだが、高野麻里佳も吉岡里帆も、そうしたリスクを背負いながらその場面を演じきっている。それは単に女性演出家とアイドル声優という物語の役を超えて、キャリア女性とノンキャリア女性の相互理解を描くような普遍的なシークエンスになっていた。

 それは人気声優でありながらあえてリスクの高い役を引き受けた高野麻里佳の勇気と、芸能界で時には色眼鏡で見られ、アイドル女優と侮られることもあった吉岡里帆の経験が交差したシーンだったと思う。

■吉岡里帆が提案した、劇中のシーン

 オンラインイベントでは、吉岡里帆が劇中のクライマックスにいたる後半のシーンで、アニメスタジオのスタッフ一人一人の名前を呼びたい、と提案したことを吉野耕平監督が明かしていた。これを受け、吉野監督は一人一人のスタッフの名前を新たに考えたという。この映画が持つヒューマニティには、そうした吉岡里帆の感性が反映している。

 映画公開直後の23日月曜日、『めざましテレビ』5時台の放送で、「お互いの憧れる点は?」というインタビューを受けた中村倫也は、吉岡里帆について「根性と執念がすごいと思いますよ」「これだけ可愛らしくて恋人にしたいNo.1なわけですよ。だだけど中身は皆さんが思っている以上に怨念にも似た執念を持ってる女優さんだと思います」と語っている。

 実際の映像を見ると吉岡里帆は中村倫也の言葉にかぶせ、遮るように「全然嬉しくない。なんか嫌です」と笑って受け流している。だが、「えっ、なぜですか?」とか「私のどういう所ですか?」と驚いて聞き返す様子は全く見せていない。

 それはまるでどこか別の場所で、中村倫也にすでにそう言われたことがあるような反応、彼が自分についてそう語る理由を知りながら、それはまだここで語るべきことではない、と受け流そうとする反応のようにも見えた。

 中村倫也は演技力だけではなく、高い批評性と知性を持った俳優だ。初長編作品『水曜日が消えた』で「ボロボロになった経験」が今作に生きたと語る吉野監督は、前作で主演俳優の中村倫也と衝突した経験を「味方になるとこんなにも心強い、ベジータのような存在」と語り、クールな顔に隠れた情熱を王子千晴役に生かした。

「怨念のような執念」と中村倫也が吉岡里帆について語り、本人に流された言葉は、どんな批評家の言葉よりも吉岡里帆という俳優の隠された一面を短く、的確に表現しているように思えた。

 映画『ハケンアニメ!』はSNSで高い評価が広がりつつ、苦しい興行が続いている。だがこの映画が2022年に公開された日本映画の中でも指折りの傑作であることは疑いがない。

 興行が縮小し、やがて打ち切られても心臓の鼓動を止めない映画が世の中には存在するのだ。吉野耕平監督はおそらく、10年経っても見知らぬファンからこの映画の思い出を語られることになるだろう。

 この映画は中村倫也という役者のクールな顔に隠れた激しい情熱、吉岡里帆の甘い声の下にある泥臭く誠実な正義感を完全に説明した、128分間の名刺になっている。俳優たちが作品に捧げた情熱や時間と引き換えに、映画監督は彼らに代表作という名刺を贈ることが出来るのだ。たぶんこの先何年も、この映画は新しい観客を獲得し続け、吉岡里帆や中村倫也や小野花梨が本当は何者であるのかを未来の観客に説明し続けるだろう。

 これは涙ではなく、汗についての映画である。吉岡里帆も中村倫也も、そして映画のモデルとなったアニメーターたちも、今は次の場所で次の汗を流しているだろう。流れる血が赤い色をしているように、それが実写であれアニメであれ、あるいは工事現場や厨房であれ、働く人々の流す汗はどれもよく似た、尊く薄汚れた色をしているはずである。

(CDB)

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