「毎日110人以上のアメリカ人が銃で殺されている」ヤンキースが試合中に行ったツイートで“賛否両論”

「毎日110人以上のアメリカ人が銃で殺されている」ヤンキースが試合中に行ったツイートで“賛否両論”

銃撃事件で小学生19人と大人2人が犠牲になったテキサス州ユバルディの小学校 ©getty

「古き良きアメリカ」のシンボルであり、プロスポーツリーグでもっとも保守的と目される米大リーグ機構(MLB)が、銃規制や人種問題をめぐって共和党や保守系メディアと対立している。“身内”の批判が意味するものとは――。

 日本選手も当事者となったことのある歴史を振り返り、変わりつつある大リーグの社会問題へのスタンスを考えたい。

■ヤンキース、試合より銃問題

 5月26日、レイズ戦の最中にヤンキースは公式ツイッターで宣言した。

「試合中継の代わりに、銃による暴力についてレイズとともにこのアカウントで伝える。ユバルディ、バファローをはじめ全米各地で数え切れないほど起こった惨事は、耐え難い悲劇だ」

 テキサス州ユバルディで5月24日に起きた、小学生19人と教員2人が殺された銃撃事件を受けてのアクションだった。両チームは試合経過には一切触れずに「毎日110人以上のアメリカ人が銃で殺されている」など銃社会の現状を伝える同じ内容の9本のツイートをそれぞれ流した。政府の統計などの引用元をすべてに記した周到なツイートだった。

 野球チームが試合を無視して社会問題を論じるのは異例ではあるが、銃撃事件の後に銃社会の異常さを訴えるのは、至極まっとうなことである。ツイッターには両球団への賛辞のリプライが多く寄せられた。だが一連のツイートを「政治への介入」と捉えて批判する人間が多くいるのも米国である。

■47億円投入拒否は共和党知事の報復?

 銃規制を訴えることの何が「政治への介入」なのか、日本人には理解しがたい。だが、銃所持を認める米国憲法修正第2条を国民の基本的権利だと考える人々が米国には多くいる。そういったいわゆる保守派の人々に広く支持されるのが共和党であり、FOXニュースなどの保守系メディアである。

 FOXニュース(電子版)は両球団のツイートにすぐに反応し、「悲劇を選んで、自分たちの政治的主張を広めているようだ。これは最近の(人種差別に抗議する)黒塗り画面の投稿と同じで、何も達成できないだろう。大きな声で叫び続けるだけだ」とこき下ろした。そして「両球団がもし問題解決の助けになりたいなら、ファンを数時間でも現実社会から逃避させてあげるべきだ」と試合内容を伝えることを求めた。

 フロリダ州のデサンティス知事(共和党)は6月2日、レイズの新キャンプ地候補になっていた運動公園整備の予算3500万ドル(約47億円)の執行に拒否権を発動した。デサンティス知事は銃所持の急進派で、住民が許可なく銃を持ち歩けるよう法改正を進めている。

「既に決めていたこと」と拒否権発動が銃規制を訴えた球団への報復であることを否定した。しかしワシントン・ポスト紙によると、6月3日の講演会で「私企業の政治活動に補助金を出すことは不適切」と銃をめぐる議論が理由の一つであることをにおわせたという。

■“裏切り”に怒る保守派

 共和党の議員や保守系メディアが大リーグの社会問題への関与に激しく嫌悪感を示すのは、野球が保守を象徴する文化だと信じており、「裏切られた」という思いが募るからだろう。最初から敵(リベラル派)と目されている米プロバスケットボールリーグ(NBA)に向けられる批判とは質が違う。

 2021年のオールスター戦の開催地変更でも、保守派の大リーグへの失望が分かりやすく表れた。ジョージア州で事実上黒人の投票権を制限する州法が成立したことを受け、MLBがジョージア州アトランタからコロラド州へ開催地を移した。FOXニュースは「そもそも野球はアメリカの娯楽で、楽しく、統一された、基本的に非政治的なものだったはずだ」と嘆き、クルーズ上院議員らはMLBが享受する反トラスト法(独占禁止法)適用除外の特権をはく奪するべきだと主張した。

■松井も直面、異論許さない空気

 確かにこれまで大リーグはスポーツ界における保守派の牙城であり、私の米国在住時にもそれを実感することがあった。米国がイラク戦争に向けて突き進んでいた2003年2月、NBAのオールスター戦でスティーブ・ナッシュが“No War, Shoot for Peace”とプリントされたTシャツ姿で、戦争反対を訴えた。「Shoot=撃つ、シュートする」をかけたスローガンだけでなく、カナダ人であるナッシュがインタビューで堂々と戦争反対を表明し、米国人選手の同調の声も批判意見も報道された。

 一方、大リーグは、まったく違った。ヤンキースはフロリダ州タンパのキャンプ地で軍の壮行式を開き、選手を代表してクレメンス投手があいさつした。ヤンキースだけでなく、野球界の誰かが派兵への疑問を口にしたという報道すらなかった。それが許されない空気であるのは誰にでも明らかだった。

 室内で練習していて壮行式に顔を出さなかった大リーグ1年目の松井秀喜外野手は、式典後に言葉少なだった。イラク攻撃が始まった同年3月19日、松井は「自分はたやすくコメントする立場にない。ただ一つ言えることは、いつも平和を願っているということで、その気持ちは皆さんと変わらない」とコメントした。それが精いっぱいの意思表示であることは分かった。

■野球が国歌の生みの親?

 大リーグは保守派のシンボルという立場を存分に利用してプロスポーツとしての地位を築いてきた。現在国歌となっている“The Star-Spangled Banner”をイベントで流す習慣は、第1次世界大戦中だった1918年のワールドシリーズ第1戦で大リーグが始め、世に広めた。第1次大戦の退役軍人を中心としたロビー活動によって“The Star-Spangled Banner”は1931年に議会で承認され、米国国歌となった。大リーグが国歌の生みの親だと言ってもいいのである。

 そもそも「アメリカの娯楽」というイメージそのものが、野球普及のために大リーグが作り上げたものだ。アメリカンフットボールの起源がサッカーやラグビーであるように、野球はラウンダーズやクリケットなど英国生まれの競技から派生した。しかし1905年、人気拡大のためには「アメリカ生まれ」のストーリーが必要だと考えたナショナルリーグ会長のスポルディングが調査委員会を設立。1907年に野球の起源がニューヨーク州中部にあるという虚偽の報告書を提出させた。そのウソをもとにニューヨーク州クーパーズタウンに建設されたのが米国野球殿堂である。

■「話せばすべてを失う」

「アメリカらしさ」を前面に出し、国家とともに発展してきた大リーグは、保守派に期待される「古き良きアメリカ」のイメージを裏切らず、社会問題と距離を置いてきた。1967年にボクシングのヘビー級チャンピオン、モハメド・アリが黒人差別への抗議で徴兵拒否を明らかにした記者会見の席にはNBA、米プロフットボールNFL、大学バスケットボールの選手が並んだが、大リーグの選手はいなかった。

 黒人の人権を訴えるブラック・ライブズ・マター(BLM)運動でも、主導的役割を果たすことは決してなかった。国歌斉唱で起立を拒否したNFLのコリン・キャパニックに賛同し、2017年にアスレチックスの捕手ブルース・マクスウェルが大リーグでただ一人起立拒否した。しかし、批判を恐れた選手たちの追随はなく、現役選手でマクスウェルに賛同を伝えたのは、当時オリオールズにいたアダム・ジョーンズ(元オリックス)ただ一人だったという。

 BLM運動が盛り上がりを見せた2020年、メキシコ・リーグでプレーしていたマクスウェルは、スポーツ界の人種問題に詳しい作家のハワード・ブライアントに「(人種問題について)話せばすべてを失う」と語った。大リーグでは、個人が意見表明をするなら今でも相当な覚悟が必要なのだ。

■貴重な“身内”の批判

 スポーツキャスターのボブ・コスタスがワシントン・ポスト紙に語っているように「スポーツの場で政治を語るな、と主張する人たちが本当に言いたいことは『俺が聞きたくないことを口にするな』ということ」で、それが人種問題と銃規制だ。BLM運動が始まって10年間、大リーグは常に他のリーグを追いかける形で社会問題への対応を迫られてきた。そういった追随を経て機構や球団が動き始めたことは、プロスポーツ界でひときわ保守的なリーグとしては画期的である。

 カート・アンダーセンは問題作『ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史』で、自分たちに都合のいい幻想に浸って急進化を続ける米国の政治を描いた。世の中が二極化しているからこそ、保守派にとって“身内”の大リーグからの提言は貴重である。そして“身内”だからこそ、共和党や保守系メディアは激しく反発するのである。

(神田 洋)

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