「うん、ずっと聞こえてる」オカルト好きの東大生が心霊スポット帰りに体験した“ありえないはずの奇妙な音”

「うん、ずっと聞こえてる」オカルト好きの東大生が心霊スポット帰りに体験した“ありえないはずの奇妙な音”

©iStock.com

「身長160センチくらい」「シャツのようなものを着て…」禁止されている林道を通ったら“牛人間”に呪われた男〈東大出身者の実話体験談〉 から続く

“実話怪談”といえば「思い込みや勘違い、あるいはつくり話なのではないか?」と疑いの目を向けられやすいジャンルである。しかし、語り手が偏差値70オーバーの東大出身者だとわかったら、受け手の印象は変わるかもしれない。

『怪談新耳袋』や『東大全共闘VS三島由紀夫』などの映画を監督した豊島圭介さんが東大出身者11人の“実話怪談”をまとめた 『東大怪談』(サイゾー) 。ここでは同書から、30代のスポーツ新聞芸能記者・吉澤塁さんが語ったエピソードを紹介する。(全2回の2回目/ 前編を読む )

◆◆◆

■能面

 僕は、もともと小さい頃からオカルトや民俗学的なものに対する興味が旺盛で、いつも図書館に行っては、図鑑を眺めたり、ギリシア神話を読んだり、水木しげるの漫画を読みふけったりしていました。「奇跡体験! アンビリーバボー」とか「USO? ジャパン」の心霊特集なんかは必ず見るような、そんな子供でした。

 小学5年生の時に、社会科の授業で大森貝塚に行ったんです。縄文時代後期の貝塚の遺跡が有名な場所ですね。男子5人くらいで班を作ってレポートを作成して発表するという授業だったんですが、僕は写真係に任命されていたので24枚入りのインスタントカメラで遺跡やら資料やらを撮影しながら、最後に品川歴史館の展示を見学しました。

 フィルムも余っていたので記念写真を撮ろうということになり、博物館内にある受付ロビーの前あたりに5人を並ばせ、僕がシャッターを切ったんです。もう、日も暮れかけている暗い夕方だったのを覚えています。

 後日、母が近所の写真屋さんから現像された写真を持ち帰ってきました。何気なく見ていると、1枚だけ明らかに様子のおかしい写真がありました。班のメンバーで並んで撮ったあの記念写真です。5人の同級生の上に何か白いモヤのようなものがかかっていました。一体この白い煙のようなものはなんだろうと、ためつすがめつ眺めていた僕は、その写真を真横にした瞬間、

「わーーーッ」

 と思わず声を上げてしまいました。

 それは、全く表情が存在しない、巨大な能面のような女の顔だったのです。

 まるで1本の線のように細い目の中に小さな瞳が浮かんでいて、その虚ろな視線はまっすぐと僕を見つめているようでした。口元は、かすかに微笑んでいるような、でも感情が見えないような、そんな怖ろしい“無”の表情。

 ピースなどしてにこやかに笑っている同級生たちの上に、半透明の巨大な能面が横になってべったりと写り込んでいるんです。見える人にはそう見える、というようなレベルではありません。まるで合成したかのような明瞭さでした。

「これ、やばくない?」

 と見せると、母は血相を変えてすぐに僕を近所の氏神様に連れていきました。そこで懇意にしている神主さんと一言二言会話を交わすと、その写真はその場でお焚き上げされ、燃やされたんです。僕が止める隙はありませんでした。

 母は「このことは絶対に人に言ってはいけないよ。写っているクラスメイトにも絶対」と僕に強く口止めしました。「どうして?」と聞いても教えてくれません。母は“視える体質”とかでは全くありません。では、一体何をそんなに恐れたんでしょう。

 写真に写っている誰かに取り憑いた霊だろうか? それともこの郷土博物館に住み着いた地縛霊なのか? と様々想像したりもしましたが、真相はわかりません。

 現像したカメラ屋さんに話を聞いてみたら、「博物館だから何か能面みたいなものが反射したんじゃない?」と言われ、僕もその理屈で一応は納得しました。

 いやでも、あんな郷土博物館に能面があるわけがないんです。縄文時代の遺跡が展示してあるところですし、時代も合わない。現像過程でなにかが写り込んだ可能性もなくはないですが、あんなはっきりした女の顔が画面いっぱいにというのもおかしな話です。

 実は、この心霊写真を見た瞬間は「やった! ついに撮ったぞ。これで大好きなテレビ番組に投稿できる!」と小躍りしたんです。でも、母の行動を見ているうちに自分もどんどん怖くなってしまって、母の言うがままになってしまいました。

 今となっては、あの写真を焼いてしまったことを、かなり後悔しています。

■囲まれる

 僕は1浪して東大に入りました。文科3類入学なので、もともと文学部系に進学するのが普通なのですが、理系に転向して工学部の都市工学科に進みました。

 民俗学好きが高じて、人間とオバケが共存する「幽霊都市」というのを作る研究を始めたんです。ちょうど心霊スポット巡りにハマっていた時期でもあって、心霊と土地の関係性で何か考えられないかと思ったというのもありました。でも、構造力学やコンクリートの計算が難しすぎてついていけなくなり、文系に戻って研究テーマを「天狗」に変更し、卒論もそれで書くことになったんです。

 この頃、一緒に心霊スポット巡りをするTという仲間がいたんです。彼は高校の同級生で当時は早稲田の学生でした。大学5年目だった冬に、そのTと一緒に神奈川県の心霊名所「旧善波トンネル」に行こうということになりました。

 「旧善波トンネル」は、そこで「準一くん」という少年がバイク事故で亡くなって以来、「じゅんいち」という名前の男性が次々と事故を起こしているという噂のある場所で、トンネルの前に謎の地蔵が設置されていたり、「もう死なないで準一」という不気味な看板が立てられていることでも有名でした。

 心霊スポットには数多く行きましたけど、実際に幽霊を見たり霊障に遭ったりということはほとんどないんです。その日も、夜の10時くらいに現場に着くと特に何事もなく一通り見終わって、「じゃあ、はなまるうどんでも食って帰るか」という流れになりました。

 Tの運転する車の助手席に僕はいました。深夜の国道はすれ違う車も同じ方向に向かう車もほとんどありません。街灯や時折通過するガソリンスタンドやコンビニの灯りがあるくらいでほとんど真っ暗な一本道を僕とTは東京に向かいました。

 実は、現場を出てからずっと奇妙な音が聞こえていたんです。でも、空耳かもしれないなと思いTには黙っていました。Tはまっすぐ前を見て、僕との雑談に応じています。何かが聞こえている様子はありません。30分ほどそんな時間が続きましたが、ふと会話が途絶え、不自然な沈黙が車中を支配しました。

 例の音はまだ聞こえています。僕は耐え切れなくなってTに聞きました。

「ねえ、バイクの音、聞こえない?」

 するとTは、

「うん、ずっと聞こえてる」

 やはり、Tにも聞こえていたんだ。

 僕たちに聞こえていたのは、何十台ものバイクがまるで暴走族のように隊列を組んで、

 ぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!!!! ぼーーーん!

 と爆音を上げて走る音だったんです。

 僕たちは、前も後ろもはっきり見渡せる一本道の街道を走ってきました。すれ違ったり追い越したりするバイクは一台もありません。バイクらしきライトの光すら見た記憶がなく、側道もない。遠くのバイクの音が反響するような山なども一切ないんです。

 この時、僕もTも怖くて言葉にはできませんでしたが、脳裏にあったのは「旧善波トンネル」のことだけでした。僕たちは、大勢の人がバイク事故を起こしているという噂の場所に行ってきたのです。そして、その帰り道ずっと見えないバイクの集団に囲まれて走っている。

 何かを連れてきちゃった……。そう思いました。

 事故るかもしれない……という不安で車内の空気はどんより重くなり、怖さを何かでごまかさないと頭がおかしくなりそうな状態です。仕方ないので、相対性理論の「LOVEずっきゅん」とか細川たかしの「北酒場」を爆音で流し、熱唱しました。それでもずっと耳元では「ぼぼぼぼぼぼ」と大量のバイクの音は鳴り続けます。僕たちの緊張はピークを迎えていました。

 東京に入り、街の光が見える大きな交差点を過ぎた時、なぜか音はピタリと止まりました。それ以降、いくら耳を澄ませても聞こえることはありませんでした。

INFORMATION

 著者である豊島圭介さんが監督する新作映画「 妖怪シェアハウスー白馬の王子様じゃないん怪ー」が6月17日より全国公開中です。

(豊島 圭介)

関連記事(外部サイト)