チェロ教室に潜入した団体職員の目的は…? 音楽著作権をめぐる“スパイ小説”を書いたわけ

チェロ教室に潜入した団体職員の目的は…? 音楽著作権をめぐる“スパイ小説”を書いたわけ

『ラブカは静かに弓を持つ』(安壇美緒 著)集英社

「以前の作品の時とは反響の大きさが違うのでびっくりしています。編集者さんづてに書店員の方の声を聞いたり、ツイッターで読者の方の感想を見たりして、『ありがとう、ありがとう……』という感じです」

 2017年に小説すばる新人賞を受賞してデビューした安壇美緒さん。最新作『ラブカは静かに弓を持つ』が今年5月の発売直後から版を重ねている。

 主人公は、国内の音楽著作権を管理する団体の職員だ。上司から地下の資料室に呼びだされ、来る裁判で証言するために音楽教室へ2年間の“潜入調査”を命じられる。本作のモデルとなったのは、ヤマハらがJASRACを相手どり音楽教室での演奏について著作権料を徴収する権利がないことの確認を求めた訴訟。実際に教室に潜入したJASRACの職員が裁判で証言し、注目を集めた。

「ニュース自体は知っていたのですが、編集者さんから提案していただいて、面白いなと思って。広義のスパイ小説になるわけで、自分だけでは選ばなかったであろうテーマだし、私自身の幅も広がるような気がしました。この小説では、事件を社会問題として掘り下げるのではなく、音楽や人間関係を描くほうに膨らませることで、オリジナルなものにしていきました。なにかに着想を得ていても、登場人物がどう動くのか、どんな結末に向かうのか、というのが一番大事だと思いますから」

 主人公の橘樹(たちばないつき)は子供の頃にチェロを習っていたが、ある出来事がきっかけで弾くのをやめ、現在もトラウマに悩まされている。だが、身分を偽ってチェロ教室に通い、講師や他の生徒たちと交流を重ねるなかで、それを克服していく。

「キャラクターは名前から作っていくんです。性格の細かいところは決めないで、人物同士を喋らせていくうちに私にも分かってくる。ただ、主人公がトラウマを抱えているというところは『羊たちの沈黙』のクラリスから来ています。編集者さんに提案していただいたとき、トマス・ハリスの原作小説を読んでいたんです」

 書名に入っている「ラブカ」とは、サメの一種で妊娠期間が約3年半と世界で最も長いと言われている深海魚。作中では、スパイ映画とその劇中で使われる楽曲のタイトルとして登場する。橘の課題曲でもある。

「最初に電話で打ち合わせした直後に食べていたのが、期間限定の深海生物シリーズの『おっとっと』でした。そのなかにラブカがいて。特徴もスパイのイメージに合っているし、主人公の内面の暗いところをリンクさせて書けそうだったので『よし、使ってみよう』と。エンタメ作品でスパイものなので、主人公はイケメンと決めていました(笑)。ラブカは醜い魚と説明されることが多いのですが、その対比でも取っています」

 孤独なスパイの闘いを最後まで描く本作。「エピローグ」は、安壇さんも特に気に入っているという。

「作品からだいぶ離れてしまいますが、イメージはアニメ『セーラームーン』の最終回。なにもかもが終わったあとで、いつもの朝がやってくる。ちょっと記憶も薄れている。そんな感じが好きなんです。あまり文学作品で育っていないので、出てくるのがそういうのばかりなんですけど(笑)」

 今後の執筆について訊くと、「偶然を大切にしていきたいです」と語る。

「今回も、その瞬間ごとに集まってきた要素で書いたところがあります。企画があったときに、また別の『おっとっと』が出てくるかもしれない。それを見逃さないでいきたいですね」

あだんみお/1986年、北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2017年、『天龍院亜希子の日記』で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。20年、第2作『金木犀とメテオラ』を刊行。本作が第3作目となる。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2022年6月23日号)

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