「ソン・ガンホさんは、もう全然他の韓国人と違うんですよ(笑)」是枝監督が見た、名優の“軽やかさ”

「ソン・ガンホさんは、もう全然他の韓国人と違うんですよ(笑)」是枝監督が見た、名優の“軽やかさ”

『ベイビー・ブローカー』ベイビー・ボックス出身の子が口にした「自分は生まれてきてよかったのか」という問いに向き合って生まれた是枝裕和監督の最新作。配給:ギャガ ●6 月24 日(金)TOHO シネマズ日比谷ほか全国ロードショー ©2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

 ついに6月24日に公開となった、是枝裕和監督による韓国映画『ベイビー・ブローカー』。主演のソン・ガンホが最優秀男優賞を受賞したカンヌ映画祭。授賞式直前にティーラウンジで是枝監督と話をしていると、そこに現れたのは……。

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 5月に行われた第75回カンヌ国際映画祭。是枝裕和が「韓国映画を撮る」という大きな挑戦をした作品『ベイビー・ブローカー』は、名優ソン・ガンホに韓国人初の男優賞を見事もたらした。

 2018年に『万引き家族』でカンヌのパルムドールに輝いた後、翌年の『真実』でカトリーヌ・ドヌーヴを主役に自身初の国際共同製作に取り組んだ是枝は、今回は自らが単身、韓国映画界に飛び込むことを選んだ。

 物語の中心となるのは、韓国ではベイビー・ボックスと呼ばれる「赤ちゃんポスト」に託された生後間もない赤ん坊。貧しいクリーニング屋のサンヒョン(ソン・ガンホ)は、ボックスが設置された教会のヘルパー、ドンス(カン・ドンウォン)と共謀して赤ん坊を盗んでは、子供のいないカップルに売り捌いていた。

 ある日、一度は捨てた赤ん坊に未練があった若い母親ソヨン(イ・ジウン)が戻って来た。2人はソヨンを説得し、より良い買い手=養父母を探す旅に出る。そこに彼らを追う刑事スジン(ペ・ドゥナ)らが加わり、さまざまな葛藤とドラマが交差する―。

 きっかけは、ソン・ガンホと是枝の15年前の出会いだった。

「釜山映画祭で彼が出演した『シークレット・サンシャイン』を観終わった直後で、取材で『一緒に映画を作りたい韓国の役者は誰ですか?』と聞かれて『ソン・ガンホさんです』と答えたんです。その帰りにエレベーターの扉がチーンって開いたら、ソン・ガンホがいた。それで、これはもう運命だなぁって(笑)。

 今回の映画も、ベイビー・ボックスに預けられた赤ちゃんを神父姿のソン・ガンホさんが抱き上げ、あの笑顔で優しく話しかけながらも売っちゃう、というシーンを思いついたのが始まりです」

 サンヒョンは、ガンホが『タクシー運転手』などで演じてきたような圧倒的な主人公ではなく、やや引いた立場で“子供たち”を見守る役どころだ。

「アンサンブル・キャストです、ということは最初に話しました。ただ、彼がいることで、僕が最初に書いた脚本よりも、物語がずっと軽やかになっている。それはとても助かりました」

 ちなみに、映画祭最終日にカンヌを代表するホテル・マジェスティックのティールームで是枝監督と話していると、「お話中に失礼」と声をかける男性が。なんとサングラス姿のソン・ガンホ! 数時間後には男優賞を受賞することになるその人だ。監督に挨拶をすると「また後で!」と明るく去って行った。

「ソン・ガンホさんはレッドカーペットで投げキッスもするし、もう全然他の韓国人と違うんですよ(笑)」

 彼の男優賞受賞は遅すぎるくらいだが、今回、是枝の演出によって大きく脱皮したのは、親に捨てられた経験のあるドンスを演じたカン・ドンウォンだろう。美男子すぎるが故にその殻を破ることが難しかった彼の肩に、背中に、中年の哀愁が感じられる。どんな指導をしたのだろう。

「ちょっと、おっさんに見えたでしょう?(笑) カッコよく撮らないよ、ということは最初に言いました。赤ん坊を背負ったり、子供の面倒を見たりする場面が中心なので。

 とにかく背中が切ないんですよ、彼は。ソン・ガンホさんは『ドンウォンは迷子になった子鹿のようだ』って。彼は帰るところがない男を演じるとすごく光ると思っていたから、『悲しい背中を撮る』と話しました。

 あとは大体、ご飯と洋服の話ばかりしていましたが(笑)、彼は脚本をすごく読み込んでいて、知り合いの養護施設出身の子に会ったり、その子のいた施設にも行っていた。すごく真摯な人です。

 メインの3人に関しては脚本の第一稿からあて書きをしていたんですが、ソヨン役をイ・ジウンさんに決めてからはドンスのキャラクターも少し変わりました。僕も今回のカン・ドンウォンさんはすごく良いと思います」

 子供を育てられない事情を抱えた若い女性ソヨンを演じたイ・ジウンは、IUとして絶大な人気を誇るシンガーだ。彼女を抜擢したきっかけは韓国ドラマだった。

「コロナ禍で家にこもっていた時に、韓国ドラマにはまったんです。普通ですね(笑)。特に一番泣いたのが『マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜』。山崎裕さんという81歳のベテラン・カメラマンに『イ・ジウンという女優が素晴らしいから』と勧められて観始めたら、完全にはまって。

 映画のプロットが大体固まった時に、この役の第一希望としてイ・ジウンさんをあげて、一度リモートでお話ししました。後で聞いたら、脚本を読む前に彼女は共演したことのあるペ・ドゥナさんに相談したらしいんです。彼女が『ぜひやるべきだ』とアドバイスをしてくれたそうで即決でした。とてもありがたかったです。

 ペ・ドゥナさんの後輩刑事役のイ・ジュヨンさんは『梨泰院クラス』で強烈でしたが、その前に『春の夢』という映画で印象に残っていたんです。キム・ソニョンさんは『愛の不時着』で知って。イ・ドンフィさんは色んな作品で見かける度に良いなと思っていた人。そして『はちどり』のキム・セビョクさん。

 映画やドラマを観て気に入って、声をかけたら意外と皆さんOKしてくれたんですよ、ありがたいことに」

※続きは発売中の『 週刊文春WOMAN vol.14(2022年 夏号) 』にて掲載。後半では、「韓国語の全セリフを共に作り直したペ・ドゥナの献身」、「ハラスメントが問題となっている日本映画界の一員として思うこと」、「英語圏で映画を撮ってみたい理由」などが語られます。祝・受賞企画「ソン・ガンホが語る」も。

KOREEDA HIROKAZU
これえだひろかず/1962年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。ドキュメンタリーの世界で活躍後、95年『幻の光』で映画監督としてデビュー。カンヌ国際映画祭ではこれまで『誰も知らない』(04年)で主演の柳楽優弥が最優秀男優賞、『そして父になる』(13年)で審査員賞、『万引き家族』(18年)で最高賞のパルムドールを受賞している。

いしづあやこ/洋画配給会社に勤務後、ニューヨーク大学で映画製作を学ぶ。カンヌ映画祭、釜山映画祭には毎年参加。韓国の俳優、監督への取材経験も豊富。

(石津 文子/週刊文春WOMAN 2022夏号)

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