「ポップスは常に自由でなくちゃいけません」…日米の権力者たちを批判する“唯一無二のミュージシャン”桑田佳祐の根本思想

「ポップスは常に自由でなくちゃいけません」…日米の権力者たちを批判する“唯一無二のミュージシャン”桑田佳祐の根本思想

桑田佳祐が抱いているであろうイノセントな根本思想とは? ©getty

桑田佳祐「俺たちが本音でやりたい音楽ってのはこういうのなんだ」…コミックバンド扱いのサザンを格上げした「いとしのエリー」の凄み から続く

 桑田佳祐が作る曲は多彩だ。お下劣なエロから、おフザケのコミックソング、涙ちょちょぎれるラブソングから、ノリノリのロックンロール、意味から解放されたナンセンスソングも。時には、強大な権力を標的にした「風刺ソング」さえ歌う。

 音楽評論家・スージー鈴木氏の新刊『 桑田佳祐論 』から、2002年に発表された楽曲「ROCK AND ROLL HERO」の分析評をお届け。権力批判さえ恐れぬ桑田佳祐が抱いているであろう「イノセントな思想」とは?(全2回の2回目/ 前編 を読む)

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「米国(アメリカ)は僕のHero 我が日本人(ほう)は従順(ウブ)なPeople」

 アルバム『ROCK AND ROLL HERO』のタイトルチューン。発売されたのは2002年の9月で、アメリカでの同時多発テロから、ほぼ1年後というタイミングである。

 日本にもメッセージソングは多いものの、アメリカを標的にしたものは少ない。極めて少ない。

 その理由として、「アメリカに敗戦したことで戦後の民主主義や繁栄がもたらされた」という根強い感覚や、そもそも日本におけるロックが、アメリカの強い影響下で発生したという事実などから、抗(あらが)う敵としてアメリカをカウントしない(してはいけない)という観念があると思われる。

 アメリカを標的としたメッセージソング。その稀有なものの1つが「♪有色人種はつぶせ 都合よくルール作れ 自分のミスは認めず それがアメリカ魂」と、極端に直截的(かつ本質的)に歌うザ・ハイロウズの《アメリカ魂》(2002年)であり、そしてもう1つがこの曲だ。

 しかし、日本ロック史の中でも、アメリカへの憧れ度合いで言えば、かなり上位に位置するであろう桑田佳祐が、アメリカと、アメリカに従順な日本の姿を歌にするのだから面白い。桑田佳祐は当時こう語っている。

ROCK AND ROLL HERO=Aイコール、アメリカというか、そこに追従している我が国日本、みたいな、そんな皮肉というか、そんな歌でもあるんですけどね。(中略)で、ふとこの歳になりますと、これからもそうやって、“ずっとアメリカに追従してくだけでいのかな?”みたいな、そんなことも思い始めているわけなんですよ。(『別冊カドカワ 総力特集 桑田佳祐』2002年11月)

 この発言に表れているのは、アメリカと、それに追従する日本、この両国に対する疑念である。

■桑田佳祐の無邪気さ

 ただし、歌詞全体を読んでみても、政治的/思想的な背景は感じにくい。感じられるのは、「難しいことはよく分からないけど、日本はなぜ、こんなにべったりとアメリカに従順なんだろう?」という、無邪気で素直な疑念である。

 その無邪気さは、「国境なんてないと想像してごらん」と歌ったジョン・レノンのそれに近いものがある(CD『ROCK AND ROLL HERO』のケース裏に載せられた桑田少年の写真は、ジョン・レノン『ジョンの魂』の裏ジャケットを模しているようだ)。

 さらにその無邪気さは、戦後民主主義の根幹でもある、日本国憲法の前文のそれにも通ずる──「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」。

 しかし、桑田佳祐は、無邪気でありながらもしたたかで、「日本人」を「ほう」、「従順」を「ウブ」と読み替えて、聴感上の切っ先を和らげている。その結果、桑田佳祐のソロ・コンサートにおいて、この曲が、意味の細部を問われることなく、総立ちの観客がノリノリで唱和するさまには、少々の違和感を持つのだが。

 ただ、それにしても、この歌詞/この視点が斬新なことに変わりがない。「米国ロックは僕のHero 我が日本ロックは従順なPeople」と思い続けてきたはずの桑田佳祐が、功成り名遂げた日本ロッカーの代表として、アメリカと日本を揶揄(やゆ)するのだから。

■「安保」まで歌にする稀有なロックスター


「安保っておくれよLeader 過保護な僕らのFreedom」

 そんな《ROCK AND ROLL HERO》は歌詞が進んでいくと同時に、過激さも進んでいく。前項で「政治的/思想的な背景は感じにくい」と書いたが、それでも攻撃性は、どんどん増していくという感じがする。

「安保って」と書いて「まもって」と読ませることで、ここでも聴感上の切っ先を和らげているものの、「安保」(日米安保条約)という言葉を歌うロックスターなど、日本ロック史にいただろうか?

 そして、その「安保」を接合点として、アメリカの横暴さと、その横暴なアメリカに「過保護」にされている日本の両面に対して、桑田佳祐は刃(やいば)を向ける。その姿勢は、このアルバム『ROCK AND ROLL HERO』の10曲目に入っている《どん底のブルース》で、いよいよ鮮明になる。

「♪いつもドンパチやる前に 聖書に手を置く大統領(ひと)がいる」と、アメリカをやんわりと批判したあとで、日本の現状に対しても牙をむく。ここでの「日本の現状」とは、「安保」という接合点に直接つながれている「沖縄の現状」だ。

「♪隣のあの娘(こ)が輪姦(まわ)されて」と1995年の「沖縄米兵少女暴行事件」を持ち出しながら、「♪戦争(いくさ)に赴く基地(ベース)は安保(まも)られる」と、再度「安保(られる)」を「まも(られる)」と読ませ、沖縄の米軍基地問題を指摘する。

 再び《ROCK AND ROLL HERO》に話を戻すと、こちらでも「♪国家(くに)を挙げての右習え 核なるうえはGo with you.」と、アメリカに追従する日本の現状に対する意味深なメッセージが埋め込まれている。

■桑田佳祐こそ「表現の自由」の体現者

 日米関係への認識についてはさておき(個人的には、2002年当時よりもさらに窮屈になってきていると思うが)、《ROCK AND ROLL HERO》の歌詞をあらためて確認した上で、強く主張したいのは、桑田佳祐が手掛ける歌詞世界の面積の広さ、広いことの素晴らしさである。

 お下劣なエロから、おフザケのコミックソング、涙ちょちょぎれるラブソングから、ノリノリのロックンロール、意味から解放されたナンセンスソングを経て、そして「♪安保(まも)っておくれよLeader 過保護な僕らのFreedom」に至る、歌詞世界の広大さはどうだ? 東京ドーム何個分だ?

 逆に、今や還暦を超えた桑田佳祐よりも、もっと広大な面積を占有して然るべきな、「Jポップ」界の若い音楽家たちの言葉が、ラブソングという極めて狭いところで、汲々としているのはどういうことなのか。

「歌っちゃいけないテーマなどないんだ」──作詞家・桑田佳祐が抱いているであろうイノセントな根本思想。

 この根本思想そのものが、日本国憲法第21条「表現の自由」を鮮やかに具現化している。また、桑田佳祐という人が、戦後民主主義を謳歌している証だとも思うのである。

■清濁併せ呑むのが「桑田佳祐を聴く」ということ

「ロックンロールでUp Upと行こうじゃない Until we die.」

 以上で述べた攻撃的な歌詞の内容が一気に中和するのが、この異様にキャッチーなサビである。

「♪ドッミッ・ファーミソ・ッソッミ・ファーミド・ッミ・ファーミド」という、どことなく沖縄的なメロディに乗せて、「♪ロックンロールでUp Upと行こうじゃない」と歌われ、「Up Up」なノリが前面に出てくることで、歌詞の内容が向こう側に追いやられるような感じがするのは、私だけだろうか。

 その結果、この《ROCK AND ROLL HERO》によって、コンサート会場は大盛りあがりとなり、歌詞に織り込まれた日米安保条約や沖縄米軍基地の問題意識が雲散霧消、ロックンロール的な快感だけで、「読後感」が支配される(その結果、この曲は、歌詞の標的となっているアメリカを代表する企業=コカ・コーラのCMソングに選ばれた)。

 これは、いいことなのだろうか。

 私にはよく分からない。ただ1つだけ言えることは「それが桑田佳祐だ」ということである。ラディカルとポップの融合、どっちかに偏ると桑田佳祐じゃない。「両面(リャンメン)待ち」こそが桑田佳祐だということだ。

 このキャッチーなサビによって確かに、ノリがメッセージを打ち消してしまう。ただ、このサビがなければ、大衆にこの曲は届かなかった。大衆に届いたからこそ、私のように、この歌詞に意識的になるリスナーも少なからず現れた。と考えると、功罪相半ばする、という感じがする。

 しかし、それが桑田佳祐なのだ。功罪相半ばし、清濁併せ呑むのが「桑田佳祐を聴く」ということなのだ。

 よく考えると、この「功罪相半ば、清濁併せ呑む」感じは、戦後民主主義のあり方に近いのではないか。日本国憲法で掲げられた高邁な理想と、日米関係に象徴される窮屈な現実の二重構造や、その中で芽生えていく、楽観と諦観の二重構造と、桑田佳祐の音楽は、どこかでつながっているという気がする。

 それからのこと。まずは2014年12月28日、横浜アリーナで行われたサザンのコンサートを安倍元首相が鑑賞。

グレーのタートルネックに薄い青色のジャケット姿の首相は、くつろいだ様子でコンサートを楽しんだ。「爆笑アイランド」という曲で、ボーカルの桑田佳祐さんが「衆院解散なんてむちゃを言う」と、歌詞にはない一節を歌う場面もあった。首相は曲に合わせて手を振ったり、身を乗り出して拍手を送ったりするなど満足げだった。(『産経ニュース』2014年12月28日)

 3日後の大晦日、サザンは同じく横浜アリーナから、NHK『紅白歌合戦』に生中継で参加し、《ピースとハイライト》を歌ったのだが、それが炎上。謝罪に追い込まれる。

桑田さんは2014年11月、秋の紫綬褒章を受賞(ママ)したが、12月31日に横浜アリーナで行われた年越しライブ「ひつじだよ!全員集合!」のステージ上で、ス(ママ)ボンのポケットから無造作に褒章のメダルを取り出してオークションにかけるような発言を行った。また、NHK紅白歌合戦では「ちょび髭」をつけ、「ピースとハイライト」を演奏したことが、一部で政治的な批判ではないかと話題になった。(『ハフィントン・ポスト』2015年1月15日)

■桑田佳祐「常に自由でなくちゃいけません」

 そして『文藝春秋』(2018年10月号)で、桑田佳祐はこう語っている。

決して何かが解決したわけじゃないのに、なんとなくタブーみたいにして、そっと触らず済ませてしまおうということって多いように思います。それで、ちゃんと見つめてこなかったツケが、東日本大震災のときにまた噴き出してきた気もする。

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歌を通してうまく風刺できたらいい。大衆とともにあるポップスというものは、本来それくらい突っ込んだ表現をしなければつまらないものだし、きつい風刺をさらりとできるくらい、常に自由でなくちゃいけません。

「常に自由でなくちゃいけません」──戦後民主主義の本質。理想と現実、楽観と諦観を併せ呑みながら、これからも私たちは、桑田佳祐を聴き続ける。

(スージー鈴木)

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