「海外には“放送作家”というポジションはない」戦後から現代まで“日本のテレビ”を創ってきた人々の正体を探る

「海外には“放送作家”というポジションはない」戦後から現代まで“日本のテレビ”を創ってきた人々の正体を探る

『放送作家ほぼ全史 誰が日本のテレビを創ったのか』(太田省一 著)星海社新書

 作詞家の阿久悠、アイドルプロデューサーの秋元康、脚本家の三谷幸喜。実は彼らには共通点がある。もとは皆、“放送作家”として活躍していたのだ――。

 社会学者・太田省一さんの新刊『放送作家ほぼ全史』は、そのタイトル通り、戦後から現代に至るまでテレビを作ってきた“放送作家”という職業に焦点を当てた一冊だ。

 1960年生まれで、物心ついた時から常にテレビが側にあった元祖“テレビっ子世代”の太田さん。これまで、『社会は笑う』『芸人最強社会ニッポン』などお笑い芸人とテレビについて考察した著書や、『ニッポン男性アイドル史』などアイドルについての著書を刊行している。

「80年代に漫才ブームが起きた時、僕は大学生でした。それまで“ボケ”や“ツッコミ”というのはお笑い芸人の専売特許で、一般社会では誰もそんなこと気にしていなかった。しかしブームの中で、突然同級生たちが『今の話、オチはないのか』などというようになりました。笑いのカルチャーが生活のコミュニケーションに入り込んできたんです。そこから、笑いと社会について興味を持ち、研究するようになりました」

 ラジオの深夜放送などを通して、放送作家という職業にも関心を抱くようになったという。

「番組を陰で仕切っている一方で、表舞台にも出てくる。そんな不思議なところに惹かれ、憧れるようになりました。彼らは具体的に何をしているのか、どうやって放送作家になったのか。その正体を探るため、放送作家を通史的に追いかけ、メディア、社会にどのような影響を与えたのかを書きたいと思ったのです」

 現代に繋がる放送作家のパイオニア的存在として、戦後すぐからラジオ放送に携わった三木鶏郎を始め、フワちゃんのYouTubeチャンネルの企画で知られるミレニアル世代の放送作家・長崎周成まで、20人以上を紹介する本書。

 興味深いのは、日本では馴染みのある放送作家という職業が、海外にはないということだ。

「プロデューサー、ディレクターという職業はあっても、日本の“放送作家”というポジションはないんですね。日本でテレビ放送が始まる前から活躍した三木や、自らもテレビに出演し、作家、政治家などマルチに活躍した青島幸男のような人がいたからこそ、日本には放送作家という職業が定着したのだと思います。番組の制作者でありながら、視聴者の目線を忘れず、社会が何を求めているのかを敏感に察知する。テレビ局と視聴者を結ぶ役割を担ってきたのが、彼らなのです」

 音楽の時代である70年代には阿久、バラエティの時代である80年代には高田文夫、ドラマの時代である90年代には三谷幸喜……。テレビのトレンドに合わせて、そのジャンルに長じた放送作家が時代を代表するように現れている、と太田さんは言う。

「テレビが斜陽化しようと、制作者と視聴者を繋ぐ放送作家というポジションは色あせないと思います。時代によって、メディアも人々が求める“面白さ”も変化します。ただ、面白いものが生まれるための最低条件を挙げることはできます。それは、発想の自由さを持ち続けること。例えば、かつて阿久悠が自ら企画したオーディション番組『スター誕生!』であえて『下手』を選ぶことを考え、アイドル時代を生み出したように、常識の枠を広げていくことで生まれる“面白さ”は、これからも求められていくはずです」

おおたしょういち/1960年生まれ。社会学者。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆。近著に『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』『21世紀 テレ東番組 ベスト100』等。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2022年7月28日号)

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