ソフトバンク・東浜巨、オールスター初出場で振り返る新人時代“挫折の夏”

ソフトバンク・東浜巨、オールスター初出場で振り返る新人時代“挫折の夏”

東浜巨 ©文藝春秋

 ペナントレースは試合数を見れば既に折り返しを過ぎているが、プロ野球の慣例に倣えば各チームとも7月24日の試合をもって「前半戦」が終了となる。

 そして、夏の祭典オールスターゲームが今年もやってくる。

 第1戦の舞台は福岡・PayPayドーム。じつに6年ぶりの開催だ。それもあって今年のパ・リーグにはホークス勢が多く出場する。

 ファン投票で今宮健太(遊撃手)、柳田悠岐(外野手)。選手間投票ではこの2人に加えてジュリスベル・グラシアル(指名打者)も名を連ねた。

 また、ファン投票では又吉克樹(中継ぎ投手)もトップ票を集めたものの右足骨折で辞退。そのため代替選手としてリバン・モイネロが選出された。そして監督推薦では東浜巨、大関友久、牧原大成が選ばれた。この4名はいずれも球宴初出場である。

■「オールスターはいつもテレビで見る側でした」

 なかでも東浜がプロ10年目にして、初めてのオールスターだったのは意外だった。

「選んでいただいて光栄です。いつかは出てみたいという気持ちを、心の片隅にひそかに置いていました。素直に嬉しいです」

 今季前半戦のハイライトといえば、やはり5月11日の西武戦で達成したノーヒットノーランだろう。東浜自身も「それがあったから選んでもらえたと思う」と笑っていたが、特に序盤戦ではチームのエース級と表現しても過言ではない活躍が光った。6月8日の阪神戦で6勝目を挙げて以降は勝ち星から遠ざかっているが、今季ここまでのクオリティスタート(QS)率71.4%は大黒柱の千賀滉大をも上回っておりチームへの貢献度の高さを表している。

 過去を振り返れば、投手タイトルを獲得した実績だってある。2017年には背番号と同じ16勝をマークして最多勝に輝いた。この年に出場していないのが不思議だが、7月から8月にかけて6登板6勝を挙げるなど選手選出時期より後の活躍の方が目立ったのが理由かもしれない。

「オールスターはいつもテレビで見る側でした」

 そう話してはにかむ東浜は記憶に残る球宴を訊ねられると、少し考えて、スッと息を吸って言葉を並べ始めた。

「僕、大谷(翔平)君や藤浪(晋太郎)君が同期なんです。彼らが投げ合ったオールスター、たしか甲子園球場だったと思うけど、それは印象にあります」

 東浜の脳裏に焼きついていたのはプロ入団2年目、2014年のオールスター第2戦だ。大谷も藤浪もルーキーイヤーからの2年連続出場を果たし、甲子園のマウンドで投げ合うという野球ファン垂涎の夢対決が実現したのだ。特に、大谷は立ち上がりの初球で、セ・リーグの1番打者・鳥谷敬(当時阪神)に161キロをマーク。今や「フツー」に見えてしまうから人間の慣れとは恐ろしいものだが、当時の大谷にとっては自己最速を更新するものだった。続く2球目には162キロですぐさま記録を塗り替えた。満員の甲子園のスタンドからのどよめきがしばらく止まらない、まさに記憶に残る名場面だった。

 東浜は懐かしみながら、本音をポツリとつぶやいた。

「すごいなと思いながら、でも半分は『羨ましいな』『悔しいな』という思いをしながら見ていました」

 大谷に藤浪、そして東浜、さらには菅野智之も顔をそろえた2012年のドラフト会議。話題性では高校生2人は及ばなかったものの、「実力では間違いなくナンバーワン」と評されたのが東浜だった。

■「劣等感や罪悪感を抱えながら過ごしていた」

 沖縄尚学高ではセンバツ甲子園で優勝。亜細亜大に進学後も強豪ぞろいの東都大学リーグ通算35勝を挙げ、リーグ新記録の22完封、420奪三振を記録するなど、これ以上ない実績を積み上げてプロ入りした。その当時、ある週刊誌では球界OB30名にアンケートを行ったところ7割の21名が「1年目から2ケタ以上勝つ」と、東浜に太鼓判を押していた。

 だがルーキーシーズンが終わった時、東浜はこれまで最も縁がなかったであろう言葉を口にした。

「挫折を味わった1年でした」

 調整遅れから開幕ローテーション入りを逃し、4月11日のオリックス戦(ヤフオクドーム)でデビュー先発するも、初回に満塁本塁打を浴びるなどして、3回1/3を投げて6失点でノックアウト。続く登板でも打ち込まれると、以降は長いファーム暮らしとなった。1年目は5試合登板3勝1敗。先述のオールスターが行われた2年目も7試合登板2勝2敗とまるで振るわなかった。

 当時のホークスのファーム本拠地は、福岡市東区にある雁の巣球場だった。現在の筑後のような立派な施設ではない。古びた外観に土のグラウンド。球場は大きな運動公園の中にある施設の1つだった。

 ファーム暮らしをしていた東浜には「特別メニュー」が組まれていたのを憶えている。走って、投げ込んで、また走る。灼熱の夏場もそのメニューをこなした。もともと汗っかきだから、とんでもない大汗をかきながら公園内の球場周辺を何度もぐるぐる回っていた。たしか、登板するのは10日に一度程度で、1カ月近く実戦から遠ざかった時期もあった。いわゆる、プロ野球で通用するための体力作りに励んでいたのだ。その姿はまるで高卒ルーキーのようだった。

「大谷君や藤浪君、菅野さんの活躍は誇りに思っていました。その中で僕は最初の3年間、何もできなかった。あのオールスターは、劣等感や罪悪感を抱えながら過ごしていた頃。どん底でした。でも、モチベーションになっていました。いつか、自分もあの舞台に立ってやる。そう思っていました」

 東浜は努力の人だ。豊かな才能の持ち主であることは間違いないが、彼はそれを花咲かすために時間や思いを誰よりも費やしていた。

「追いつけ追い越せという気持ちでやっています。まだまだですし、自分が勝手に思っているだけ。一方通行です(笑)」

 10年目で初出場するオールスターは本拠地PayPayドームで投げるのか、それとも第2戦の松山のマウンドか。一体どんな局面で球宴デビューを迎えるのか非常に楽しみだ。

 また、初めてのオールスターでは何を楽しみにしているのか――?

「周りはすごい選手ばかり。ボールの握りだったり、マウンドでの心構えだったり、調整法など聞いてみたい。1つでもプラスになること、糧になることを持ち帰れる期間にしたいです。1秒を無駄にせず、楽しみながらもそれを忘れずに」

 いかにも向上心の塊である東浜らしい言葉だった。

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(田尻 耕太郎)

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