「工藤静香への大バッシングと“マシャロス”の罪深い影響」大物芸能人ほど“地味婚化”している深いワケ《広瀬すず&山ア賢人に待ち受けるハードル》

「工藤静香への大バッシングと“マシャロス”の罪深い影響」大物芸能人ほど“地味婚化”している深いワケ《広瀬すず&山ア賢人に待ち受けるハードル》

文春オンラインが報じた広瀬すずと山ア賢人の熱愛

 先月、「文春オンライン」でスクープされた広瀬すずと山ア賢人の熱愛&半同棲。双方の事務所も特に否定することなく、近々の結婚も充分にありうるビッグカップルの誕生に世間は盛り上がった。

「なんとなく、去年ゴールインした菅田将暉と小松菜奈を彷彿とさせますよね。売れっ子同士が共演をきっかけに静かに交際を発展させて、若いながらも結婚を発表する。ネットニュースやスポーツ紙もコロナ禍の暗いムードがパッと明るくなります」(スポーツ紙芸能記者)

■昭和を騒がせたビッグカップルの結婚

 いつの時代も芸能人同士の「ビッグカップル」の結婚は、巷を大きく騒がせてきた。ニュースとネットが無縁だった昭和時代は、その点特に華やかだったと言えるだろう。芸能マスコミはその取材に過熱し、各々のカップルの「秘話」を扱ったテレビの視聴率や雑誌の売り上げは爆発的にアップしたのだ。

 松田聖子と神田正輝が「聖輝の結婚」をしたのは、1985年(昭和60年)の6月24日だった。

「碑文谷のサレジオ教会で挙式、夜はホテルニューオータニで500人を招いて披露宴。その様子はテレビ朝日の生放送2時間特番で流され、月曜日だったのにも関わらずものすごい視聴率をゲットしました。ハワイへのハネムーンに向かうための成田空港までの道のりも、生中継されていました」(女性誌芸能デスク) 

 その5年前、1980年(昭和55年)11月に大きな話題となったのは、山口百恵と三浦友和の結婚。

「東京プリンスホテル・鳳凰の間に1800人の招待客。仲人は宇津井健、司会が岡田真澄という超豪華なもの。結婚で引退をする百恵ちゃんの最後の晴れ舞台に、テレビや新聞雑誌各社のカメラが数多く入り、しばらくはそのニュース一色でした」(同前)

 さらに遡った1973年(昭和48年)10月の、内田裕也と樹木希林(当時は悠木千帆)の築地本願寺での仏前結婚式もまた世間の意表を突いた。“ロックンローラー”内田裕也と、ドラマ「時間ですよ」(TBS系)のハマさん役でお茶の間の人気をさらっていた悠木千帆。それぞれ離婚歴のあった2人をつないだのはかまやつひろしだったという。

「5月にかまやつさんが紹介し、8月に偶然お寿司屋さんで再会。10月に結婚という超スピード婚でした。なんといっても驚いたのは、本願寺での挙式の立会人がジュリー、沢田研二だったことです」(同前)

■不倫から結婚へと至った「あのビッグカップル」

 73年といえば、ジュリーの「危険なふたり」が大ヒットしソロシンガーとしての人気を確固たるものにした年だ。

 内田裕也と樹木希林の挙式立会人を「独身」でつとめた沢田研二は、自身もその2年後の1975年(昭和50年)6月に一度目の結婚をする。お相手は「ザ・ピーナッツ」の伊藤エミ。交際7年、スター・ジュリーと7つ年上の姉さん女房の結婚は、子どもの誕生も含め世間では祝福をもって報じられていた。

「ところが、1983年にジュリーと田中裕子との熱愛報道が流れました。前年公開の映画『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』の共演がきっかけでした。ふたりとも『ファン同士なんです』とのらりくらりとかわしていましたが、1986年には沢田と妻は別居、翌年1月に正式離婚。このときにジュリーが払った慰謝料が、18億円以上という飛びぬけた額――。芸能マスコミは大騒ぎでした」(同前)

 すでに何年も田中裕子との不倫関係を噂されており、再婚はどうなるのかとジュリーについての報道は続いていた。

 昭和から平成に変わった、1989年11月。ついに出雲大社で挙式を挙げた2人は、赤坂全日空ホテルで600人を招いて披露宴を行ったのだ。

「このときの田中裕子のお母さんのスピーチはものすごい迫力でした。『ふたりが出会ってから色々なことがありました。それぞれの葛藤、喧嘩の毎日。家族への説得や世間との闘い。正直なところもうやめて欲しいと何度も思ったほどです。でもふたりは闘い抜き、やってのけました』と、15分にわたり、不倫関係から結婚に至るまでの“母の気持ち”が滔々と語られた」(同前)

 そんな披露宴の様子がたくさん報じられたビッグカップルは、まもなく結婚から33年。いまでも仲良く暮らしている。

■静香バッシングとマシャロス…“地味婚化”に拍車かけたワケ

 芸能人同士の挙式や披露宴に、マスコミのカメラが入り華々しく報じられるのが当たり前だった昭和から、どうも様子がかわってきたのが平成の結婚かもしれない。2000年(平成12年)12月5日に入籍したのが、当時SMAPの一員だった木村拓哉と工藤静香だ。

「11月23日、スポーツニッポンに“妊娠”をスクープされ、その日のSMAPコンサート後の木村の会見にはマスコミが300人も集まった。国民的人気のジャニーズアイドルの“授かり婚”には、ファンの叫び声が聞こえてきました」(前出・スポーツ紙芸能記者)

 当時は、ふたりはサーフィン仲間からの交際発展などと報じられた。

「静香もミュージシャンや俳優などを相手に恋多き女性だったし、木村にも9年間も交際していた一般人の恋人がいた。だが、木村がその彼女と破局したという噂を聞きつけた静香は、ふたりの共通の行きつけのバーに連絡をしたんです。『別れたのなら私が』と、積極的に攻めていったのは静香のほうでした」(同前)

 あっという間に工藤の実家に木村が出入りするように。サーフィン旅行にも堂々と行くようになり、追いかけてきたマスコミのカメラにも笑顔でツーショットを撮らせるようになったのだ。

 だが、「授かり婚」だったこともあり、また双方のファンの気持ちも鑑みたのか、それまでのスターたちのような大々的な結婚式や披露宴は挙げていない。

 もう一組、平成のビッグカップルの結婚といえば、2015年(平成27年)9月の福山雅治と吹石一恵の結婚だろう。突然の発表は、生放送中の「ミヤネ屋」(日本テレビ系)のテロップで流され、スタジオがどよめいた。

 長年独身を貫いてきた福山。2012年に「FRYDAY」が、吹石がキャリーバッグにいれたペットのウサギを連れて福山のマンションに通う姿を報じたことがあったものの、決してツーショットを撮らせることがなかった。

「自分と付き合っていることを吹聴しない、というのは福山の女性選びの条件のようなものでした。それまでの恋人たちも誰も一緒の写真は撮られていない。そんな状況を堪え抜いた吹石と結婚を決めたものの、やはり結婚式や披露宴を大々的にやった形跡はないんです」(同前)

 それでも影響は大きかった。福山の所属事務所の株価が瞬間的に下がり、ネットの世界では「マシャロス」(福山の愛称・マシャを失ったという意味)を嘆く声であふれたのだった。

■「披露宴の公開にビジネスの匂いを感じない」

 イケメンと美女、人気モノ同士の結婚でも「地味婚」となってきた。その流れは、令和の「お笑い芸人」たちの結婚にもつながっている。

 2019年(令和元年)6月。南海キャンディーズ・山里亮太が結婚発表したのが、蒼井優だ。

「山里の相方、しずちゃんがキューピッドになりました。『美女と野獣』なんて報じられましたが、山ちゃんは芸人の世界以外からも“天才的なお笑い能力”を認められている人物。蒼井さんは『毎日たのしくて仕方ない』と言っていました」(前出・女性誌芸能デスク)

 このカップルは、「結婚会見」は開いたが、マスコミを迎えた大々的な披露宴などは行っていない。昨年4月に結婚を発表した、有吉弘行と夏目三久も世間をざわめかせた。

「有吉も長く独身で、周囲に一切女性関係の話をしなかった。『一人でそんなに稼いでどうするんだ』と囁かれていたところ、数年前にいちど報じられた夏目との突然の発表でした。さらに驚かせたのは、夏目の事実上の芸能活動からの引退でした」(同前)

 こちらのカップルは、有吉の地元で「地味婚」は挙げたが、やはり大々的な披露宴などはなし。「金屏風」やウエディングドレスなどの「絵」が欲しい芸能マスコミにとっては、どこか寂しい結婚発表となってしまったのだ。

「いま芸能人同士が派手に結婚式でも挙げるとその様子を誰かが撮ってSNSにアップしちゃうじゃないですか。その風潮にタレントの所属事務所は、『昔のように披露宴を公開することにビジネスの匂いを感じない』と言います(笑)。招待客を写真などから守り通すのもなかなか大変で、割に合わない――と。あと、最近若い俳優から聞いた声で、『そんな大々的に披露宴とかマスコミに公開して、もし離婚したらどうするんだろう。ネットにいつまでも写真や動画が残るのに』というのもありましたよ(苦笑)」(同前) 

 まさに時代の変遷か――。

 すず&賢人が「披露宴生放送」を配信する、なんて日はくるのだろうか。

(山本 雲丹/Webオリジナル(特集班))

関連記事(外部サイト)