「ハリウッドきってのおしどり夫婦」はなぜ破綻したのか? 世界で最もセクシーな男・ブラピの歪んだ私生活

「ハリウッドきってのおしどり夫婦」はなぜ破綻したのか? 世界で最もセクシーな男・ブラピの歪んだ私生活

58歳になった「世界一美しい男」ブラッド・ピット ©getty

「色んな意味でヤベぇ」悩める中年時代のトム・クルーズを救ったのは「空前絶後のバカ映画」だった!? から続く

 日本でも高い人気を誇るハリウッド俳優のブラッド・ピット。出る作品すべてが話題、大ヒットに見える彼だが、実は私生活は滅茶苦茶だった。

 混迷の時代とも言える、彼が40代のときのエピソードを、ライター・加藤よしき氏の新刊『 読むと元気が出るスターの名言 ハリウッドスーパースター列伝 』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

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「映画の中身は知らないけれど、このシーンは知ってる」――どの世代にも、そんなアイコンがあるものだ。

 たとえば『ティファニーで朝食を』(1961年)を見ていなくても、オードリー・ヘップバーンのポスターを知っている人は多いだろうし、『ターミネーター2』(1991年)を見ていなくても、「親指を立てて溶鉱炉に沈んでいく」シーンを知っている人は多いだろう。

 現在36歳の私にとって、その感覚をリアルタイムで体験したのがブラッド・ピットであり、『ファイト・クラブ』(1999年)だ。

『ファイト・クラブ』は、ブラピ演じる危険なカリスマ、タイラー・ダーデンがカルト組織“ファイト・クラブ”を立ち上げ、過激なテロへと突き進んでいくサイコサスペンスである。男社会の危険性、資本主義への批判、暴力、セックス……その難解かつ過激な内容に反して、今のアラサー/アラフォーの間での『ファイト・クラブ』の知名度はズバ抜けたものがある(まぁテレビ番組の『ガチンコ!』の影響もデカイわけですが)。

 それこそ本作を見ていなくても、上半身裸でタバコをくわえたブラピを覚えている人は多いだろう。

 本作のブラピは悪役だが、その見事に割れた腹筋と圧倒的なハンサム力は観客の心をわしづかみにした。日本でもブラピ人気は爆発し、某ジーンズのCMでは「ご〜まるさん〜エドウィ〜ン」と高らかに歌い上げていた。

 多くの男性がブラピを目指し、当時は思春期真っただ中だった私の周りにも、『ファイト・クラブ』のブラピを目指して筋トレに励む者は多かった。まさにカリスマ、世紀末のセックスシンボルである。あれから20年以上の時が流れたが、ブラピは今なおハリウッドの第一線で活躍中だ。

 この章ではセクシー現人神が辿ったブレイクへの軌跡、その秘めた苦悩と葛藤の日々、そして現在に至るまでの経歴を総ざらいしつつ、理想の歳の取り方について考えていきたい。

■圧倒的顔面パワーで突っ走った10〜20代

 ブラッド・ピット、1963年生まれの58歳。ブラピといえば、圧倒的なハンサム力(ぢから)である。彼の端整な顔立ちは、少年時代から既に完成されていた。周囲の人々は幼いブラピを見ては「古代ローマの彫像にそっくり」と評していたという(どんな子どもだ)。

 周りから彫像扱いされる少年はいつしか野心を抱く。己のハンサム力がどこまで通じるか見てみたい……若きブラピはそんな野心を抱き、大学を卒業直前に親に「建築の勉強をするから」と大ウソをついて中退、俳優の世界へ足を踏み入れる(後にちゃんと「嘘です。俳優目指してます」と謝っています)。

 やがてストリップクラブの店員のバイトをしていると、速攻でストリッパーがブラピに惚れて、知り合いの芸能関係者を紹介してくれた。かくして業界に潜り込んだブラピは、1987年から脇役をこなしながらブレイクの時を待つ。『処刑教室―最終章―』(1989年)などのB級映画で主演を張りつつ、TVドラマでも活躍。ハンサム力も衰えることを知らず、1990年には共演したジュリエット・ルイスと交際を始める。

 ジュリエットも相当な顔面力を持つ人物だが、そんな彼女から見てもブラピのハンサム力は突出していた。曰く「ブラッドは特別よ。彼の寝顔を見ていると、ギリシャの神さまじゃないかと思うことがあるわ」。寝ているだけで神様扱いされる男であるから、セクシーな役を演じさせたら注目を集めるのは当然であった。

 20代も後半に差しかかると、ブラピのハンサム力は一つの頂点を迎えた。セクシーすぎるヒッチハイカーを演じた『テルマ&ルイーズ』(1991年)や、トムクルさんと共演した耽美系吸血鬼映画の金字塔『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994年)など、セクシーな役柄を演じて話題を集める。そして1995年にはアメリカの雑誌ピープルが選ぶ「最もセクシーな男」の1位をゲット。自他共に認める世界で最もセクシーな男になったのであった。

■世界一のワイルドでセクシーな男になった30代

 かくしてセクシー現人神の座についたブラピは、第一次世界大戦に翻弄される人々を描いた大作ドラマ『レジェンド・オブ・フォール/果てしなき想い』(1994年)でゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネート。

 ただのハンサムではなく、役者としての評価も高めていく。この頃には来日も果たしており、ブイブイ言わせていたブラピはインタビューの場にもシャツのボタンをヘソまで開けて現れ(ボタンの意味があるのか?)、冒頭に引用したワイルドな発言を残した。ワイルドでセクシーな風貌通りの私生活を送っていたのだろう。

 そんなノリに乗っているブラピは運命の1本に出会う。

 サイコサスペンスの金字塔『セブン』(1995年)だ。七つの大罪に見立てた猟奇殺人が起きて、ブラピ扮する若き刑事が犯人を追いかけるが……『セブン』は徹底して非情かつ陰鬱な作品だ。監督のデヴィッド・フィンチャー自身も本作について「やってきた観客たちはちょうど処刑のために集められた小羊のようなもの」と語っている。この意地悪にもほどがある映画は世界的に大ヒットし、サイコサスペンスの新たな基準になった。

 さらに本作はブラピに素晴らしい出会いをもたらした。監督のフィンチャーはブラピと話が合ったのか、続けざまにブラピを主演に起用する。それこそが『ファイト・クラブ』だ。公開当時の評判は決して良くはなかったが、ここでブラピが歯を抜いて演じたタイラー・ダーデンはカルト的な人気を獲得し、世界中の男を筋トレに走らせた。

 私生活では1998年にジェニファー・アニストンと結婚し、まさに公私ともに絶好調のまま2000年代を迎える。しかし……。

■歪んだワーク・ライフ・バランス、混迷の40代

 ブラピはワイルドな性格だった。彼が俳優として成功を掴んだのも、そのワイルドさゆえである。己の顔面ひとつを武器に映画界に乗り込み、フィンチャーのようなエキセントリックな監督とも臆せず向き合った。

 あの悪名高いワインスタイン事件でも、彼のワイルドさは良い方向に動いた。映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが女優たちに性行為を強要していたのだが、当時のハリウッドで巨大な権力を持っていたワインスタインに逆らえる者はおらず、被害者は泣き寝入りするばかりだった。

 女優グウィネス・パルトローもその被害に遭ったというが、このとき彼女の恋人だったブラピはワインスタインの事務所に乗り込み、「次に彼女に不快な思いをさせたら殺す」と直でシメたという。こうしたワイルドな性格は彼の魅力だった。

 けれど、そうしたワイルドなスタイルと結婚生活の相性は最悪だった。

 当初こそブラピとジェニファー・アニストンは「ハリウッドきってのおしどり夫婦」と評判だったが、徐々にブラピが独身時代に語っていた「思い切り滅茶苦茶に野蛮になりたい」という願望が結婚生活を破綻させてゆく。

 仕事をバリバリ頑張って結果を出した。数々の超大作に出演し、スターとして世界中を巡る日々が続く。しかしその一方で夫婦の時間は減り、そのうえブラピは『オーシャンズ11』(2001年)で知り合ったジョージ・クルーニーやマット・デイモンらと飲み歩いた。

 そして『Mr.&Mrs.スミス』(2005年)で共演したアンジーことアンジェリーナ・ジョリーとの浮気が決定打となり、ジェニファー・アニストンとの離婚が成立。いわゆる略奪愛、なおかつ人類の限界レベルでセクシーなカップルであるから、ゴシップ誌は大いに賑わった。しかし何だかんだで上手くいくのかと思いきや……ブラピもワイルドだが、アンジーもまた「若い頃はセックス中にナイフを使った」など、ワイルドな逸話を持つ人物。数年の交際を経て2014年に結婚するも、2016年にはあっさり離婚した。この離婚を機に、ブラピはさらに酒に溺れたという。

■私生活とは裏腹に、俳優業は絶好調

 私生活はガタガタだったが、この間も俳優としての仕事は相変わらず絶好調だった。40を前に「肉体が朽ちる前にベストの体を提示したいと思った」と、『トロイ』(2004年)では筋肉全開のハンサム剣士を演じる。その一方でコーエン兄弟との『バーン・アフター・リーディング』(2008年)や、タランティーノと組んだ『イングロリアス・バスターズ』(2009年)など、作家性の強い監督たちとも組んだ。プロデュース業にも乗り出し、『マネーボール』(2011年)や、莫大な予算が投じられた史上最大のゾンビ映画『ワールド・ウォーZ』(2013年)など、常に注目作でも主演し続けた。

 しかし私生活はガタガタだったのである。飲酒量は増え続け、酒に酔って暴れることもあった。アンジーとの離婚の原因の一つも、ブラピの酒癖の悪さだったという。アルコール依存症で私生活はグチャグチャなのに、何故か仕事は順調で……歪な生活を送る中、ついにブラピは決心を固める。それは禁酒会への参加だった。

(本記事の初出は「 tayorini 」by LIFULL介護より)

(加藤 よしき)

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