「困ったときは松本」ソフトバンクの背番号66・松本裕樹が“2人目のジョーカー”となるまで

「困ったときは松本」ソフトバンクの背番号66・松本裕樹が“2人目のジョーカー”となるまで

松本裕樹

 ホークスの「ジョーカー」といえば、12年目野手の牧原大成のニックネームとして浸透している。

 藤本博史監督が名付け親で、最初の頃はマスコミ向けのリップサービスのような感じだったが、いつしか本人にも直接「頼むぞ、ジョーカー」と声をかけるようになった。牧原大も気に入ったようで、5月にはヒーローインタビューのお立ち台で「byジョーカー」と自ら発信。これを機にファンへの認知度も一気に高まった。

 トランプの中に含まれる特別なカードであるジョーカー。役割は非常に多様で、ゲームによっては最も重要な万能カードとして重宝される。すなわち、手札にジョーカーを持つことが勝利への近道となるというわけだ。

■多彩な役割を淡々とこなす「投手版ジョーカー」

 そして今シーズンも後半戦に入った頃、ホークスにはもう1人「投手版ジョーカー」も誕生した。

 8年目右腕の松本裕樹のことだ。

 今季は開幕ローテをほぼ手中にしながら、針治療でのアクシデントがあり出遅れた。6月終了時点では14試合登板、2勝0敗をマークしていたものの0ホールドで、防御率も3.22と突出した成績ではなかった。

 潮目が変わったのは7月以降だ。印象的だったのが7月8日の日本ハム戦(PayPayドーム)。2-2で同点の9回表に当初マウンドに上がったのは又吉克樹だったが、先頭打者の一、二塁間の打球で一塁ベースカバーに向かおうとした際に右足を負傷(その後骨折が判明)。無死一塁の場面からスクランブル登板したのが松本だった。

 2死満塁とピンチを作ってしまったが、最後は野村佑希をオール直球で3球三振に仕留めた。前日の楽天戦(楽天生命パーク)は4回途中からのリリーフで2回無失点。つまり、この日は移動ゲームという悪条件も重なった中での連投で、しかも緊急リリーフながら好結果を残してみせたのだ。また、この登板で今季初ホールドを記録した。

 すると藤本監督の口から「松本は(イニングの)後ろの方で考えている」「松本は勝ちパターンのところで」と聞かれるようになり、8回の藤井皓哉から9回のモイネロへとつなぐセットアッパー的な役割を任される試合が増えていった。

 だが、それでもやはり「困ったときは松本」と頼りにされ続けている。

 たとえば8月5日の楽天戦(PayPayドーム)。1点リードの5回表、先発の杉山一樹は勝利投手の権利目前ながら1死一、二塁とすると、藤本監督は杉山の球数も考慮して思いきって松本を投入した。松本は4番・島内宏明と5番・岡島豪郎の好打順をきっちり打ち取って、今季4勝目の白星をマークした。

「松本には中継ぎで一番しんどいジョーカー的な仕事をしてもらっている」

 ときにセットアッパー、ときにロングリリーフ、ときに緊急リリーフ。ジョーカーは、多彩な役割を淡々とこなす。

 いつ出番が回ってくるか分からないから、どんな時でも心のスイッチを入れる準備はしておかなくてはならないし、当然肩を何度もつくる。その中で「抑えて当然」の好結果を求められるし、逆にそれだけ準備をしても登板がない試合だってある。

 間違いなく、しんどい。なのに、その割に光が当たりにくい。だけど、ちょっと寡黙で生真面目な背番号66は、「それが自分の仕事」と言わんばかりに黙々と投げる。

■松本の真骨頂が発揮された試合

 松本自身は今の立ち位置についてどのように考えているのか。

 その思いを聞くことが出来た。

「シーズンに入ってからは中継ぎで、チームのために投げようと思いながらやっています。もし、先発で投げていたら、どんなシーズンだったのか分からないですが、今こうしていい場面で投げさせてもらっているのでマイナスなことばかりではなかったと思います。

 また、いろんな場面で投げましたが、最近はある程度(イニングの)後ろの方になったので準備はしやすくなりました。ただ、今季前半は試合の展開を見ながら準備をしていた分、そのおかげで肩が出来るのが早くなった感じがします。いろんな場面を経験させてもらったことがプラスになっていますし、僕としてはいい緊張感や集中力の中でやらせてもらっています」

 まさに一途で、まっすぐな男。

 そんな松本の真骨頂が発揮されたのが9月2日、西武との首位攻防戦だった。

 先発した東浜巨は無失点ピッチングだったが、1-0で迎えた6回表2死一、二塁で一塁ベース寄りの投ゴロを処理しようとした際に足にアクシデントが発生。結果は内野安打となり、まさかの緊急降板となった。

 続く2死満塁で迎える打者は栗山巧だ。ソフトバンクのリリーフには「左キラー」の嘉弥真新也がいる。松本も「(東浜)巨さんに何かあっても嘉弥真さんかな」と思っていたという。しかし、ブルペンの電話が鳴り、コーチから「マツ、準備しろ」と指示が飛んできた。

 慌ただしくマウンドに上がったが、「逆にそれが良かったかも」と言った。

 一軍登板は8月21日以来、12日ぶりと間隔が空いていた。胃腸炎による体調不良でファーム調整となり、戦列に戻ったばかりだった。

「試合前まで不安だったけど、そんなことを考えられない場面。逆に思いきっていけました」

 栗山に対しては力勝負を挑んだ。152キロストライク、154キロボール、152キロと154キロが連続ファウルで1ボール2ストライクと追い込んだ。勝負球はフォークだ。「良いところに落ちてくれました」と空振り三振を奪う最高の仕事を果たしてみせた。「どうやって投げたか詳しく覚えてない」と振り返るほど、勝負の世界に入り込んでいた。

 この対決がまさに勝負の分かれ目となり、試合は7投手の完封リレーでホークスが4対0と完勝。西武をかわして首位浮上を果たしたのだった。

 ところであの場面。藤本監督はなぜ嘉弥真ではなく松本を起用したのか。

「松本は栗山に対して(昨季)5打数0安打。嘉弥真は(今季)2打数1安打だった。松本のパワーピッチングの方が栗山に対してはいいと思ったから」

 アクシデントによる継投の中でも、藤本監督をはじめとした首脳陣は冷静だった。藤本采配もまたファインプレーだった。

 レギュラーシーズンはいよいよ最終盤。ホークスも残り20試合を切った。

 現在戦っている11連戦が、2年ぶりのリーグ優勝に向けた大きなヤマ場となる。もう一戦必勝の態勢だ。藤本監督も「リミッターを外す」とリリーフの3連投以上も辞さない方針を示している。

 ホークスの切り札である“投のジョーカー”にかかる期待はさらに大きくなるだろう。万能右腕・松本がホークスV奪回の頼もしい使者となる。

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(田尻 耕太郎)

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