不可能を可能にしてきた男 阪神・糸井嘉男に捧ぐ3000字のメッセージ

不可能を可能にしてきた男 阪神・糸井嘉男に捧ぐ3000字のメッセージ

オリックス時代の糸井嘉男

拝啓 糸井嘉男様

 お疲れさんでした。泣きすぎて、わてらファンも涙涸れてしもた。ほんまに泣いた1年やったよ。振り返ったらなぁ、あなたは今年、こんな話を良くしてたやんか。

「僕、活躍できると思います? レギュラーなれますかね。ええ選手がめちゃくちゃますよ。どうするのが一番ええんすかね……」

 いやいや、あなた首位打者を獲って盗塁王を獲得して何回ベストナインなってんねん!

 て、何度、心の中で叫んだことか。

 信じられないくらいの身体能力を持ってて、この肩幅で飲食店の扉入っていけるかな? 通れるかな?と思うくらい立派な身体してて。でもホンマは謙虚で結構な心配性で、いつも自分のことを謙遜していて……気が付いたらバットを振り、グラブを持ち、時間があったらトレーニングをして常に野球のことを考えている超人・糸井嘉男さん。

■野手・糸井嘉男は信じられない量の練習で生まれた

 ピッチャーとしてファイターズに入団して、クイックモーションに悩み、思うようなボールが投げられなくなり野手に転向。世間の皆さんには糸井嘉男がすぐに野手として成功したように見えてるかもしれへんけど、ホンマはめちゃくちゃ苦労している……というか、信じられない量の練習をして野手・糸井嘉男が生まれたんです。

 本人は自分から苦労や努力を言うことはないけど、野手として結果が出たのは「誰よりも練習したから」。キャンプ中もご飯に行く直前までバットを振って、気が付いたらグラブとボールを触ってて、「あれ? 嘉男くん、どこ行ったん?」て連絡したら室内練習場でずーっと一人で打撃マシン相手にバット振ってる。

 春季キャンプの清武球場に取材に行ったら夜は宮崎牛のお店に連れて行ってくれて、小谷野栄一くんといつも色んな話してくれる気遣いのよっぴマン(糸井嘉男のあだ名です(笑))。僕がある時、取材が長引いて食事に行くのが1時間くらい遅れると連絡したら、待っている間、腹筋背筋の体幹トレーニングをずっとしてた……これホンマの話です。というか糸井嘉男にとっては当たり前の時間の使い方。

「八木(智哉)がオリックスにトレードになって、新天地で頑張れよ! 対戦しよな!て連絡したら、そのすぐ後に僕も球団事務所に呼ばれてオリックスに移籍になって……八木にまた連絡して、俺も一緒に行くことになった!て。プロの世界は何が起きるかわからんですよね」

 あれだけ練習して、これ以上、練習したら怪我するんじゃないかと思うくらいギリギリまで自分を追い込んでレギュラーを獲得したあなた。ファイターズからバファローズに移籍して、またゼロからのスタートて言うてたよね。実績あるけど、白紙の状態に戻って、またレギュラーになるための日々が始まる。「僕、大丈夫かな?」「試合に出れるかな?」て不安な気持ちと向き合う日々を吐露してくれた。慢心なんて1ミリもなかった。

■「僕のこと必要としてくれるチームありますか?」

 嘉男君、すごいよな……。心の中でこの言葉を何回繰り返したことか。

 ファイターズの最後4年間は毎年3割超えて、出塁率4割超えは当たり前。最高出塁率も獲得して、ベストナイン、ゴールデン・グラブ賞の常連になっても「自分はまだまだ。自分はへたくそ。周りの人はみんな上手い。練習せなあかん」て口癖のように言うてる。

 ほんでまたオリックスでも最高出塁率に輝いて、ついに首位打者も獲得して、35歳で53盗塁してFA権を得て、色んなチームから声が掛かって……でも謙虚。

「大貴さん、どう思います? 僕のこと必要としてくれるチームありますか? FAとかは無理やと思いますよ」て。

 いやいや、あなた首位打者も、盗塁王も、最高出塁も、ベストナインも、ゴールデン・グラブ賞も、クライマックスシリーズでMVPも全部獲ってるやないの!!て心の中で叫んでましたわ。しかも俺なんかに普通に相談してくれるやんか。昔、野球やってて、そら大学野球で言うたら俺が1個上やったけども(笑)。

 そんでな、そんなんホンマのこと言うたらオリックスに残ってほしいわ!て言いたくてしゃーなかった涙。

 でも心優しいよっぴマンを目の前にすると言えないのよ。だって、絶対に人のことや他のチームのことを悪いようには言わへん人やから、あなたは。何か起きたら自分のせい、自分のことを常に過小評価してるくらい真面目。めちゃくちゃ謙虚。繊細で細やか。こんな身体デカいのに……なんなんよ、そのギャップ。ほんま魅力やねん涙。

 そんなあなたやからホンマにみんなに愛されてはる。ギータ柳田悠岐選手もマッチョ吉田正尚選手もよっぴマンに憧れてプロの世界でレギュラーになろうと思った子たち。普段着もお洒落な糸井さんに憧れてる。そして何よりも常におおらかで心優しく、人を褒めて、マイナスのことは言わず、自分のことを謙遜して、周りを盛り上げる人間性に惚れてる。

 自主トレで糸井嘉男に憧れて集まった糸井門下生はキャプテンになり、選手会長になり、球界を代表する選手になりました。これは間違いなく隠れて壮絶な努力をする糸井嘉男の姿を見て来たからこそ。阪神はもちろん日本ハムやオリックスの選手の誰に聞いても糸井嘉男のことを悪く言う選手はおりません。みんなに愛されてる。すごいよねぇ。ホンマにすごい。

 マッチョ正尚が付けている背番号7はよっぴマンに憧れて付けたもの。嘉男さんが現役続けられるんやったらどんなことでもする、僕がまた背番号34に戻してもええくらい……正尚くんの声が聞こえてきそうやもん涙。

■糸井嘉男の人間性が不可能を可能にしてきた

「紙面を騒がせてしまってすみません」て……そんなん謝らんでもええのに。「またしっかりとご報告します」て……ファン思い、どんだけ律儀やねん。また心の中で突っ込んでしもたわ。

 でもね、嘉男君。振り返ればあなたの野球人生、常に不可能を可能にしてきた。京都の田舎の公立高校から強豪・近畿大学の野球部に入部して、そしてプロの門を叩いて、投手から野手に転向。投手では一度も一軍登板はなかったのに野手では1800試合近く試合に出てる。色んなタイトル獲って、WBC日本代表にも選ばれて、30代後半に入るときに盗塁王も獲りはった。

 ホンマは膝がめちゃくちゃ痛いのにずっと隠してプレーしてた。甲子園の広い外野を痛めてるはずの膝をかばうことなく走ってた。痛かったやろうに。でも、その膝もオフの徹底的なトレーニングと治療で治したやんか。心底、超人やと思った。不可能やと思ってたのに可能にした。これが糸井嘉男の野球人生やで。

 よっぴマンと同い年の鳥谷敬が引退するときに言うてたよな、気持ちはわかります……て。若い才能ある選手らが出てきたら、チームのためにも彼らに場を与えるべきという気持ちもわかります、でも身体は元気。まだ動ける。

 そして何よりも野球が好き。応援してくれてる人がおる。

 今も空いた時間はウエイトトレーニングで物凄い肉体を作り上げてる。40歳を超えて、月曜日の試合がない日はこっそり甲子園に行って、トレーニングして、室内で打ち込んで長いこと練習してる姿がある。タイガースのユニフォームをいつもきれいに飾ってる。道具も大切にしてる。そんな姿見てると涙出そうになる。

 糸井嘉男の人間性が不可能を可能にしてきた。こんなとりとめもない文章をつらつら書いてすんません。でも書きたくなってしまいました。引退会見やってくれたのにまだ引きずっとる。

 だって糸井嘉男のレーザービームもフェンス際の強さも柔らかいリストの打撃も狙いに行った時の打球の飛距離も鮮明に心に焼き付いとる。まだまだ糸井嘉男語録も生まれるはず……あ、引退してからもメディアの前で名言・迷言を生んでくれるか(笑涙)。

 気が付いたら3000字くらい書いてしまいましたわ。最後まで読んで下さりありがとうございます。

敬具

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2022」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト https://bunshun.jp/articles/57179 でHITボタンを押してください。

(田中 大貴)

関連記事(外部サイト)

  • 記事にコメントを書いてみませんか?