箱根駅伝で「高校時代にもっとも遅かったランナー」の成長曲線――雑草たちの箱根駅伝 #2

箱根駅伝で「高校時代にもっとも遅かったランナー」の成長曲線――雑草たちの箱根駅伝 #2

青森県出身の鈴木悠太選手

 今年の箱根駅伝出場ランナーの中で、高校時代に一番遅かった選手は誰なのか――。

 そんな疑問がふっと浮かんだのは、年始の箱根で初優勝を果たした東海大が「黄金世代」という言葉とともにメディアに取り上げられていたからだ。

■ぶっちぎりで記録を持たない選手がひとり

 館澤亨次、阪口竜平、鬼塚翔太といった東海大の現3年生は、高校時代からインターハイや高校駅伝で実績を残してきた有名選手たちだ。高校生長距離ランナーの目安となる5000mのタイムも、抜群の記録を持って入学してきている。

 一方で、そんなエリートランナーとは対照的に、箱根駅伝を走る選手には高校時代の実績はなくとも、そこから這い上がってきた選手も多くいる。そんな中で、今大会で一番大学時代に伸びた選手は何者なのか――そこに興味が湧いたのだ。

 そんな思いで各ランナーたちの高校時代の5000mの記録を調べてみると、やはりほとんどの選手がエリートランナーの証でもある14分台のタイムを持っていた。

 だがそんな中で、ぶっちぎりで記録を持たない選手がひとり。関東学生連合チームの8区を走った鈴木悠太(平成国際大・4年)だ。

■今大会で区間7位相当の快走を見せた

 高校時代のベストタイムは、15分46秒。

 遅い。群を抜いて、遅い。

 出場ランナーの中で高校時代にもっとも速いタイムを持つ早大の中谷雄飛(13分47秒)と比べると、その差は実に2分。記録だけで見れば、トラックレースなら優に2周近い差をつけられることになる。

 そんな高校時代の記録にも関わらず、今大会で鈴木は8区で区間7位相当の快走を見せた。チームの順位も押し上げる力走は、タイムだけでなく勝負強さも感じさせる走りだった。

 高校時代に全国大会で実績を持つランナーの中にも、箱根駅伝という大舞台を走れずに終わる選手は星の数ほどいる。そんな中で、“雑草”鈴木がこれほどの成長を見せられた理由はどこにあったのだろうか。

■駅伝を経験して、すごく楽しかったことが記憶に残った

「両親や地元の同級生には、『本当にお前が箱根を走れるとは思わなかった』と言われました(笑)。4年間の大学陸上生活で僕自身は全部、出し切ることができたと思っています。やり残したことはないと言えるくらいに」

 鈴木はそう言って、年始の喧騒を振り返る。

 青森出身の鈴木が陸上競技を始めたのは中学時代。小学校では野球をやっていたものの、中学では「顧問の先生と先輩が怖そうで」野球は断念。走るのが好きだったこともあり、陸上部の門を叩いたという。

「中学時代もそんなに強かったわけでもなく、県大会にも出られませんでした。でも、中学時代に駅伝を経験して、すごく楽しかったことが記憶に残ったんです。『高校でもみんなとチームを組んで駅伝で他校と戦えたら楽しそうだな』と思って、進学しても続けようと思いました。陸上競技というより、駅伝が好きだった感じですね」

 そんな気持ちが原動力となり、高校でも競技を続けた。とはいえ進学先は普通の公立高校。顧問の先生も長距離経験者ではなく、朝練はナシ。日々のメニューも相談しながら作っていたという。

「駅伝が好きだったこともあって箱根駅伝は見ていて、出たいという気持ちはもちろんありました。僕は全国大会も出ていないし、記録も全然持っていないし、レベルの違いはあったはずなんですけど、高校時代はむしろそれすらよく分かっていなかったんですよね。青森からも何人か箱根を走っている選手もいたので、『まぁ大学で走れば出られるんじゃないかな』くらいに思っていました(笑)。そういう変な自信は最後までありましたね」

■それでも本戦に出られない

 そうして大学進学を控えた鈴木は、地元の国公立大学に進学するか、夢の箱根を目指して関東の私立大学に行くか、決断を迫られた。だが、当然ながら鈴木のタイムではスポーツ推薦の話はどこの大学からも来なかった。

 それでも鈴木には「変な自信」があった。箱根を目指すと決めるのに、そう時間はかからなかったという。そうして先輩に進学実績があり、チームで箱根出場を目指せる平成国際大を進学先に選んだ。

 だが、そんな思いで入学した大学で、鈴木は箱根駅伝の「現実」を思い知ることになる。

「自分は入った時に15分46秒という記録しか持っていなかったですけど、速い同期はゴロゴロいたんです。先輩たちももちろん強くて、持ちタイムも自分より1分以上速い。そんな選手がたくさんいるのに、それでも本戦に出られない。こんなに箱根ってレベルが高いのか、本当に死ぬ気でやらないと、夢舞台は全然遠いんだなという現実は、入ってすぐに痛感しました」

■記録を伸ばせる特効薬や、ブレイクスルーは存在しない

 とはいえ、走力は一気に伸びてはくれない。高校時代は朝練すらしたことがなかった鈴木にとっては、最初は練習についていくのがやっとだったという。

「朝と午後の2部練習という生活も初めてでしたから。寮生活にもなって、生まれて初めて陸上競技のことを中心に考える毎日になった。急にハードな練習ができるわけでもないので、とにかく心がけたのは、ひたすら当たり前のことを当たり前にやることです。朝練習だったら60分ジョグを毎日、絶対に走る。そこに基本的な動きの確認をしっかり入れてみる。ひとつひとつは簡単なことなんですけど、それを絶対にサボらないように徹底しました。スポーツ推薦の子たちと比べれば、より頑張らないといけないという意識もありましたし、とにかくまずは同期に追いつかないと、と思っていました」

 大雑把に言ってしまえば、基本的に陸上競技のトレーニングは走るだけだ。動きづくりや筋トレ的な要素もあるにはあるが、そこには爆発的に記録を伸ばせる特効薬や、ブレイクスルーは存在しない。だからこそ、鈴木は「意識の持ち方」を大切にしたという。

「大学では強い先輩や都大路を走ったこともあるような同期もいたので、まずはいろんなことを聞いて、それを吸収しよう、自分のものにしようということを意識していました。『どんな練習していたの?』『どういうところを意識するの?』と具体的な質問をどんどんしました。もともと僕は駅伝強豪校出身でもないし、変なプライドはなかったので、とにかく貪欲に吸収しようと」

■「あの波のなさは本当にスゴイと思います」

 また、特に高校時代に実績を持たない選手や、故障明けの選手はどうしても周りに追いつきたいばかりにオーバートレーニングに陥りやすい。そうして調子を落とす悪循環にはまっていくことも多いものだ。一方で鈴木に話を聞いていると、彼が特筆すべきメンタル面の強さを持っていることも見えてきた。指導をする神山雄司駅伝監督は、鈴木のことをこう評する。

「良くも悪くも浮き沈みがないんです。辛いことやモチベーションが下がることもあったのでしょうが、それをもって練習ができないという様子が全然なかった。いつも朝7時には絶対にグラウンドの決まった場所にいる。大学生だし誘惑も多いけれど、そこに流されずに、ずっと淡々とやって来ていました。あの波のなさは本当にスゴイと思います」

 大学2年の時には大きな故障も経験し、10カ月近く走ることができなかった。それでも毎日、朝の7時になれば、グラウンドのその場所には鈴木の姿があったという。

「今年は4年生で公務員試験や帰省もあって、チーム全体の流れから外れることも多かった。でも、それを練習がこなせない言い訳には絶対にしなかったですね。そういう芯の強さはものすごい。だからこそ伸びてこられたんだと思います」(神山監督)

 焦らず、驕らず、日々粛々と練習する。

 それは簡単なようで、何より難しい。

■才能はあるのに大学で記録を伸ばせない選手の多くは……

 そんな中で鈴木は、指導者や周囲の仲間の言葉を素直に吸収しながら、自分の血肉に変えていった。

「卒業するときに高校時代の監督に一つだけ言われたことが、『これまでは自分の指導でやってきたけど、大学にいったらちゃんと素直に大学の先生の教えを聞く』という点でした。才能はあるのに大学で記録を伸ばせない選手の多くは、高校の時の指導者が良かった分、そこを重視しすぎてしまうのかなと。そこでズレがあると、やっぱり人間同士なので難しくなってしまう。『自分は高校時代に強かった』というプライドもあるだろうし、自分なりの練習方法もあるとは思うんですけど、そういうのはいったんナシにして、指導者の教えに従ってみることはすごく重要だと僕は思っています」

 自分に合うトレーニング論を、自分で考えて貫くべしというのは、近年のスポーツ指導でよく耳にすることでもある。ただ、一歩間違えるとそれは、効果的なアドバイスを拒絶することにもつながる。鈴木は周囲の助言を素直に受け止め、日々の糧にできたことも大きかったと語る。

■区間順位もタイムも、想定よりも断然よくて

 そうして積み重ねた毎日の結果、15分46秒だった5000mの記録は、今年度には14分15秒まで伸びていた。10月の箱根駅伝予選会ではハーフマラソンで64分30秒をマーク。当落線上だったエントリー争いでも、選考会の10000mで好走を見せ、ぎりぎりで当確を決めた。

 夢だった箱根路を、初めて駆けた感想はどうだったのだろうか。

「やっぱり『今まで頑張ってきてよかったな』というのが一番の感想です。これまでの駅伝とは全然、違いました。予想していたよりも応援もすごかったですし……、何より楽しかったですね。区間順位もタイムも、想定よりも断然よくて、自分でもびっくりしました。周りの環境がそうさせてくれた部分もあったのかもしれません」

 実際に夢舞台を走ってみて、これまで続けてきた自分の選択が間違いではなかったことを実感できたという。

 現在の箱根駅伝がハイレベルな大会なのは間違いないが、それでもスタートラインに立たなければ、ゴールには到達できない。

■大学の陸上部に入ったらスタートラインはみんな一緒

 だからこそ、これから箱根を目指すランナーには、こんな言葉を贈りたいという。

「入学するときの持ちタイムは、あくまでただの数字だと思うんです。大学の陸上部に入ったらスタートラインはみんな一緒。入ってから、自分のやるべきことをしっかりやる。それで伸びなかったらしょうがない。でも、やることをしっかりやれば誰でも僕のレベルまでは伸びると思います。それは本当に4年間で思いました。変に高校時代の記録で劣等感を持って、『自分は遅いから』とチャレンジしないのはもったいないと思います」

 3月の大学卒業後は、地元青森に戻って町役場での勤務に就く。本格的な陸上競技とは離れることにはなるが、走ることを辞めるつもりはないそうだ。

「地元でもマラソンの大会はあるので、そういうのには出てみたいかなと思います。最近は市民ランナーでも良い記録を出す選手もいるので、働きながら今後はそういう走りも目指していけたらいいですね」

 その表情は、達成感に満ちていた。

写真=白澤正/文藝春秋

(山崎 ダイ)

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