「コートそれしか持ってないの?」から始まった、私と福留孝介さんの8年間

「コートそれしか持ってないの?」から始まった、私と福留孝介さんの8年間

阪神時代の福留孝介 ©文藝春秋

 今月某日。めったに鳴らないスマホの着信音が鳴った。画面を見ずとも誰からかなんとなく悟った。この時期だもん。気にならないはずはない。表示はやっぱり“福留孝介さん”だった。

「元気してるか?」

 明るい声が余計に寂しさを感じさせる。続きを聞きたくなかったので、どうでもいい自身の近況を報告する。一度間ができたところで、すかさず本題に入られてしまった。

「引退することにした! お世話になったな! とりあえずそういうこと!」

 “インタイ”の一言だけが頭の中でぐるぐると回る。要件はわかっていたはずなのに。約2分の通話を終え、取材させてもらった8年間が走馬灯のように思い出された。

■最初にかけられた言葉は「コートそれしか持ってないの?」

 私が阪神タイガースの担当リポーターになったのは2015年シーズンから。プロ野球の取材自体が初めてで、毎日球場に行き手裏剣のように名刺を配っては挨拶に回った。今ではスポーツ紙にも女性記者が増えたが、当時の虎番記者に女性はほとんどいなかった。地味が売りのアナウンサーだったが、女性というだけで目立っていたのかな。毎日同じ、地味な茶色のコートを着て甲子園の通路に立っていると福留さんが声をかけてくれた。

「コートそれしか持ってないの?」

 本当はもう1着持っていたが、「はい!」と答えた。見事にスルーされた。初めての会話はこれだけ。とりあえず、翌日以降も同じ茶色いコートで甲子園へ通った。

 甲子園で取材可能な動線は長くない。準備をしておかないと、わずかなチャンスを逃してしまう。その一方で、シーズンは年間143試合もある。その時のチーム状況や個人成績によっては「声をかけに行かない方がいいな」という日もあった。それは表情や歩き方などの空気で察する。選手にとっての大事な時期に無理な取材はしない。言葉でなく背中で教えてくれたのも福留さんだった。

■食事もトレーニングも準備も、すべてが“超一流”

 PL学園時代から残してきた偉業はここに書くまでもないが、「この人、やっぱり普通じゃないな」と思うことがあった。その頃私は、阪神の選手たちに「いつプロ野球選手になりたいと思って、その夢が明確な目標に変わったのはいつですか?」という質問をしていたのだが、福留さんにも同じ質問をぶつけてみた。

 すると「小学3年生の時には職業プロ野球選手って決まっていたから」。サラッと返されたが、よく考えるととんでもなかった。そもそも小学3年生の時はソフトボールチームに所属していて、野球はまだ始めてすらいないはず。さらに、いわゆる子どもの頃にみんなが描く“夢”ではなく、職業の一つとしてプロ野球選手を選択していたというのが普通の9歳ではない。技術だけでなく、思考も幼少期から超一流だった。時間の使い方、過ごし方、どの世界もトップの人はこうなんだというのを教えてもらった。

 もう一つは体力が尋常じゃないこと。45歳を迎える今シーズンにむけた自主トレーニングにお邪魔すると、アップに2時間ほどの時間を費やしていた。ゆっくり丁寧に身体を動かし、それからようやくボールを握ってバットを振る。

 45歳ってこんなに元気だっけ。でも、食事をみると納得するなぁとも思った。数年前の話。テーブルに並びきらない程注文された料理。「誰がこんなに食べるんだ」と思ったが、綺麗になくなる。さらに2軒目にしゃぶしゃぶ。嘘でしょ。と思ったが、鍋もさらりと平らげた。化け物だと思った。

 夏場に痩せてしまう選手は1シーズン一軍で戦えないというが、「夏でも食欲は落ちないし、むしろ体重は増える」と話していた。それでも、40歳を過ぎたあたりからは起床時にベッドの上で身体を左右にゴロゴロしてからじゃないと起き上がれないということも言っていた。起き上がれないというより、急に動いて怪我をするリスクを減らしていたのだとも思う。

 一番の商売道具である身体の管理には誰よりも気を遣っていたベテラン選手は、緩んだ身体でキャンプインする若手選手に厳しい指摘をすることもあったがそれも優しさだ。そんな福留さんは45歳まで現役を続けた。

 報告を受けたあとに「まだ福留さんの野球をみたいんですけど、無理ですか?」と伝えたけど「誰もが通る道だからな!」と明るい声で返されて、また寂しさが増した。そもそも、24年のプロ野球生活のうちたった8年しか取材していない私に電話で報告をしてくれるなんてつくづく丁寧な人だなと思う。

「今後もよろしくお願いします」と伝えると「考えとくわ!」と、最後はいつものスカシで締めてくれた。野球の事はもちろん、一流の思考や取り組み方を学ばせてもらって、取材者としても成長させてもらった。プロ野球選手・福留孝介を来年からは見ることができないけど、ユニホーム姿はまたどこかで見たいなぁ。

 そんな気持ちの人は私だけではないはず。

 24年間お疲れ様でした。“今後もよろしくお願いします”!!

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(市川 いずみ)

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