“こども店長”加藤清史郎 留学、実家暮らし…21歳の「堅実生活」

“こども店長”加藤清史郎 留学、実家暮らし…21歳の「堅実生活」

阪神ファンでもある

 同僚役の杏や坂口健太郎らと居酒屋でレモンサワーのジョッキを掲げ、乾杯する姿は、大人そのもの。月9『競争の番人』(フジテレビ系)に出演中の俳優・加藤清史郎(21)が「こども店長」として一世を風靡したのは、もう13年前のことなのである。

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 今作は公正取引委員会を舞台に、坂口と杏が不正な取引を調査し、真実を暴いていくストーリー。加藤は同じチームの一員で、審査官の役を演じている。この歳で芸歴20年を誇るだけに、演技の安定感はバツグンだという。

「ある場所にロケに行った時は、10秒ほどの尺でしたが、もちろん一発OK。カメラリハーサルと本番あわせて、加藤さんの撮影は10分足らずで終わっていました」(ドラマスタッフ)

■「こども店長」として大ブレイクも学業優先の生活

 2001年、神奈川県で生まれた加藤。芸能界に入るきっかけは、母親だった。

「生後2カ月でお母さんが思い出作りにと、子役事務所に入れました。1歳1カ月でデビューをし、一躍有名になったのは09年のNHKの大河ドラマ『天地人』でした。オーディションの日は小学校の運動会があったのですが、終わってから駆けつけ、見事合格を掴みました」(事務所関係者)

 そして同年、8歳でトヨタ自動車のCMに出演し、「こども店長」として大ブレイクを果たす。ただ、学業優先の生活だったため、

「主に土日に仕事をまとめていました。平日に撮影がある場合は、もちろん学校が終わってからです。宿題は撮影の合間に頑張ってやっていました」(同前)

 中学に入ると、将来、俳優の道へ進むべきかどうかという悩みを抱えることになる。そんな加藤に声を掛けたのが、15年に『六本木歌舞伎』で共演した市川海老蔵だった。

「海老蔵さんに『芝居一本でいけよ。13年のキャリアをその歳で持てる人なんていないんだから』とアドバイスを受けた。ただ清史郎君は俳優業はシビアな世界だということも分かっていた。将来食べていけなくなっても、バイトをしながらでも続けよう、と心に決めたようです」(芸能関係者)

■ロンドン留学で何を学んだのか?

 そんな“堅実思考”の加藤が選んだのが、ロンドン留学だった。実は英語を学びたいという思いは、以前からあったという。

「11年のミュージカル『レ・ミゼラブル』に出演した際のこと。稽古ではイギリス人スタッフから演技指導を受けていました。ただ、通訳を介してのやり取りだったため、どうしても相手の意図が理解しきれなかった。それでいつか英語を学びたいと考えるようになり、高校に上がるタイミングで、留学することを決意したようです」(同前)

 ロンドンでは寮に住み、サッカー部に所属。週末はミュージカル鑑賞をしたり、美術館に足を延ばしたりした。だが遊んでいるだけではない。高校生活を送りながら、放課後に通ったのが、現地の俳優学校だった。

「英語のセリフで演じるのはもちろん、時にはお題を出され、即興劇を生徒たちで作ることも。英語でやり合いながら、言葉を学んでいったようです」(同前)

 高校3年生で一時帰国した際に出演したのが、ミュージカル『KID VICTORY』。アメリカで上演された作品を輸入したものだ。演出家の奥山寛氏が語る。

「稽古を開始した時には、既に台本が丸ごと頭に入っていました。英語で書かれた台本も読み込んできており、日本語では表現しきれない深い解釈で演じてくれました。母親に思いの丈をぶつけるシーンでは、稽古中でさえ周りが静まり返るほど、人を惹き付ける演技をしていました」

■父親に話を聞くと…

 受験生役を演じた昨年のドラマ『ドラゴン桜』(TBS系)では、ラップに乗せて英語を披露した加藤。いまは現役の大学生だが、自身が育った郊外の実家から通っているという。売れっ子俳優でありながら、都内のタワマンで1人暮らしなどはしないのが彼らしい。

 加藤の父に話を聞いた。

――今もご実家から?

「そうですね」

――英国にも留学して、英語も身につけて。

「良い学校だったんじゃないですかね」

――ご活躍されているのをどう見ていますか?

「本人が好きでやっていることなので、もちろん応援しています」

 “おとな店長”の堅実生活は続く。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2022年9月8日号)

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