「3日間の絶食後、真っ黒いモノが体から出てきて…」山田まりや(42)が明かす、“難病疑惑”から復活の裏に“凄腕鍼灸師”の存在

「3日間の絶食後、真っ黒いモノが体から出てきて…」山田まりや(42)が明かす、“難病疑惑”から復活の裏に“凄腕鍼灸師”の存在

山田まりやさん

23歳で緊急入院し、医者は「もう治ることはない」と…山田まりや(42)が語る、人気絶頂でテレビから姿を消した“本当の理由” から続く

 1996年、15歳で芸能界デビューを果たした、タレントの山田まりやさん(42)。デビュー後すぐに第1回ミスヤングマガジングランプリを受賞し、グラビアアイドルとしての地位を確立。さらに、軽快なトークと天真爛漫なキャラクターで、バラエティ番組でも活躍した。

 しかし山田さんは、23歳のときにハードスケジュールが原因で病に倒れてしまう。彼女はそこから、どうやって体調を回復させたのか。そして、現在の山田さんはどのような活動に取り組んでいるのか、話を聞いた。(全3回の3回目/ 2回目 から続く)

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■3日間の絶食で胃と腸が“ナミナミ”と動き……

――23歳のときに、難病に指定されているクローン病の疑いがあると診断されますが、友人から紹介された中国・上海の鍼灸師には、「クローン病ではない」と言われたそうですね。

山田まりやさん(以下、山田) 鍼灸師の先生には「クローン病じゃなくて、食べ過ぎで胃と腸が動いていないだけだよ。まずは絶食して、胃の中を空っぽにするところから始めよう。とりあえず、これから3日間は白湯か常温の水しか口に入れちゃダメ」と言われました。

 私が「3日間も絶食したら死んじゃいますよ」と言ったら、先生は「水分を取れていれば、何日か絶食しても大丈夫。それにあなたは、体にたくさん栄養を蓄えているから」って。

 そうアドバイスされたあと、胃酸の分泌を抑えるために、ガリバー王国の像みたいな状態になりながら鍼を刺されましたね。その日は、それで終わりました。

――3日間の絶食の効果は?

山田 2日目の段階で、胃と腸が“ナミナミ”と自力で動く感覚があったんです。体の中で何かが生きていると感じるくらいの動きだったんですよ。

 それでトイレに行って、「イテテテッ」と言いながら排便したら……真っ黒い、諸悪の根源みたいな宿便(しゅくべん)が出てきたんです。そしたら、そのあと急に“スコン”と体が軽くなって、びっくりしました。

 先生のところに行って「黒くてすごい宿便が出ました」と伝えたら、「ああ、宿便が出たんだね。良かった」って。それでそのあと、また鍼を刺しました。

 そのときに先生から、「普通の人は食べたものをすぐエネルギーに転換できるけど、まりやは今、その能力が弱っている。だから1回、炭水化物を抜いてごらん。そして、できるだけうちに通って」と言われたんです。

 だから、その日を境に食生活を見直すようになりましたし、雨の日も風の日も雪の日も先生のところに通い続けて、鍼を刺してもらうようになりました。

■食事を変えたことで、体調が劇的に変化

――そこから体調が改善していくんですね。

山田 徐々に胃と腸が正常に動くようになっていきましたね。よくよく考えてみたら、テレビに出て忙しかったときは、いつ食事が取れるかわからない状態だった。だから、楽屋に用意されているものをとりあえず食べるような食生活を送っていました。

 それに、常に緊張してガチガチの状態だったから、体が緩む時間がなくて。食べたものが常に消化不良を起こしていたんです。

 でも、先生に言われて食生活を改善してからは、「食事を変えただけで、これだけ体調が良くなるとは」と感動するくらい、体が健康的になっていきました。

 そして、体調の変化を実感したのをきっかけに、「もっと食について学びたい」と思うようになったので、スーパーフードマイスターや薬膳インストラクターなどの資格を取ったんです。

――体調が回復したあと、かつてのようにバラエティ番組に出る機会が減ったように思います。それは、体調を考慮してのことだったのでしょうか。

山田 もちろん、体のことを考えて無理をしないようにしていました。それに、その頃は舞台を中心に活動していたからというのもあります。20歳のとき、森光子さんに初めて舞台に呼んでもらってから、舞台の魅力にハマって。多いときは、年間5本くらい舞台のお仕事をさせていただいていました。

 ただ、舞台のお仕事は拘束期間が長いので、ロケにも行けなくなるし、どうしてもテレビの出演本数が少なくなってしまう。

 しかも、私の活動がそういう段階に差し掛かっていたときに、体を壊して入院・療養生活をすることになってしまった。療養があけてからも舞台のお仕事はしていたんですけど、テレビを見ている方々には、極端に露出が減ったような印象を持たれてしまったんだと思います。

■今年6月に会社を設立して“事業主”になった理由

――最近は、体調を崩したご自身の体験をもとに、健康や食に関する発信を積極的に行っていますよね。

山田 2014年には、私の経験を1冊の本にまとめた『食事を変えたら、未来が変わった!』という書籍を出しましたね。私の経験が、悩みを抱えている誰かの役に立てばと思ったんです。

 あとは食に関する資格を生かして、自分のオリジナルブランド「Mariya’s Choice」を立ち上げました。そこで、大豆ヌードルや大豆ミートの商品開発・販売にも力を入れています。最近は、商品展開について考えているときが一番楽しいですね。

 そういえば、2022年6月には会社を設立したんですよ。

――どういった会社を設立されたのですか?

山田 その会社では、困っている人たちの潤滑油になれるような取り組みをしたいと考えています。例えば、シングルマザーのお母さんたちがもっと子供と一緒にいる時間を持てるような、仕組みづくりや仕事の提供をしたいんです。

 だから今はその取り組みができるように、そういう分野に強い方々と一緒にお仕事をしています。

――なぜそのような考えに?

山田 いま、“見えない貧困”に陥っているご家庭が増えています。特にシングルマザーのご家庭は、女性の雇用問題も相まって、生活が厳しい状況にある。

 そうすると結局、子どもたちにすべてのしわ寄せがいってしまうんですよね。人格が形成される大事な時期に、家庭の事情で十分な愛情を注がれなかったり、必要な栄養を摂取できなかったりすると、子どもが自己肯定感を持てなくなってしまう。

■辛かった幼少期の経験があるから、困っている子どものために行動したい

 私自身、父の酒乱が原因で家で一度もリラックスして過ごせず、常に怯えながら食事をしていた……そのせいで、猫背で巻き肩になりましたし、常に周りの様子を窺う性格になってしまった。

 そういった実体験があるからこそ、困っているご家庭、そして子どもたちのためになることをやりたい。私の会社が“豊かさ”を循環させるシステムを作り出せればいいなと考えています。

 あとは、すでに取り組んでいる商品開発を通して、「Love Myself」をテーマに、皆さんに食と健康と笑顔を届けていきたいですね。自分が愛情を注いだ商品を沢山の方々に愛食、愛用していただけるように、事業主としても頑張っていきます。

■息子に嫌がられるまでは一緒に仕事をしたい

――ありがとうございます。今後は、かつてのようにバラエティ番組に戻りたいという気持ちは?

山田 もちろんバラエティに呼んでいただけたらうれしいです。でも、沢山の経験をさせていただいた10代のときと同じようには振る舞えませんし、今の私の役目はまた違う所にあるのではないかとも思います。

 芸能界のお仕事では通販番組や旅番組、ラジオ、ナレーション、声優のお仕事なども好きなので、引き続きそういった分野に取り組んでいきたいです。

 これまで、沢山の方々に商品としての「山田まりや」を育てていただいたので、これからもお茶の間の皆様に元気な姿を見てもらって、安心していただけるように頑張ります。

――2022年5月に放送された『よじごじDays』(テレビ東京)では、息子の崇徳(むねのり)くんと一緒に親子で出演されていましたね。

山田 オープニングで「草野崇徳、小学校4年生です!」って、YouTuberみたいなあいさつをして、びっくりしました(笑)。YouTubeを観て育った子どもは、テレビを観て育った私たちの子ども時代と、ノリが全然違うんですよね……。

 息子は自己肯定感が高くて、感受性が豊か。頭の回転も早くてサービス精神も旺盛で、私と同じく人見知りがゼロなので、ロケ向きかと(笑)。息子が将来、何を目指すかはわかりませんが、嫌がられるまでは一緒にお仕事もしていきたいですね。

写真=山田まりやさん提供

(「文春オンライン」編集部)

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