「2ちゃんねるに『アナウンス力がない』と書かれて落ち込んだ」元テレ朝・竹内由恵(36)が明かす局アナ時代の“知られざる苦悩”

「2ちゃんねるに『アナウンス力がない』と書かれて落ち込んだ」元テレ朝・竹内由恵(36)が明かす局アナ時代の“知られざる苦悩”

竹内由恵さん ©釜谷洋史/文藝春秋

 元テレビ朝日アナウンサーの竹内由恵さん(36)。現在はタレントとしてバラエティ番組を中心に活躍している。ニッポン放送のPodcast番組『竹内由恵のT-Times』では、パーソナリティにも挑戦中だ。

 竹内さんは、2008年から2013年までの5年間、国民的音楽番組『ミュージックステーション』のサブMCを担当していた。彼女の担当期間は、同番組史上最長と言われている。そんな竹内さんに、『ミュージックステーション』の思い出や、アナウンサー時代の話を詳しく聞いた。(全2回の1回目/ 2回目に続く )

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■『ミュージックステーション』の本番中は心臓がバクバクしていた

――2008年、入社1年目で『ミュージックステーション』のサブMCに抜擢されたときは、大きな話題になりました。

竹内由恵さん(以下、竹内) 『ミュージックステーション』のサブMCは、4~5年に1回の頻度で替わるんですよ。私が入社したときはちょうどそのタイミングで、「今年は“代替わり”があるかもしれない」と社内で噂になっていたんです。

 私もその噂を耳にして、「もし自分が担当になれたら夢みたいだ」とワクワクしていました。アナウンサーになるまであまりテレビを見てなかったんですけど、『ミュージックステーション』は好きでした。

 そして実際にお話をいただいたときは、天にも昇る気持ちでした。そのときのことは、今でも鮮明に覚えています。

――入社1年目で人気番組を任されるのは、緊張しなかったですか?

竹内 最初の2年くらいは、ずっと緊張していました。11年間のアナウンサー生活でいろいろな番組を担当させていただきましたけど、『ミュージックステーション』には特別な緊張感があったんです。

 日本を代表するアーティストの方々が本番前の楽屋で発声練習したりしていて、皆さんの“本気度”が直に伝わってくる。現場のスタッフを含めた全員が「100点の放送にするぞ」と思って作り上げている番組だから、常に「私なんかがミスをしてはいけない」という気持ちがありました。

 オープニング曲が流れて、カメラがタモリさんと私に寄る瞬間は、毎回心臓がバクバクしていましたね。

――緊張しすぎて、本番中に浜崎あゆみさんの名前が出てこなかった経験があるそうですね。

竹内 最初の頃、出演者のお名前がパッと出てこないことが何回かありました。特に、番組の最後にアーティストの方々を全員紹介するときが、一番の鬼門でしたね。15秒しか時間がないから焦ってしまうんです。

 それに当時は、自分の中で変なこだわりがあって。「アーティスト名と曲名紹介のときは、カンペを見ずにカメラをまっすぐ見つめながら言おう!」と決めていたんです。そうしないと視聴者に対して不誠実だと思っていたので。でもそのせいで、名前が出てこないときにすぐ対処できなかった(笑)。

 視聴者の中には、「調べてこなかったんだな」と感じた方もいたと思いますけど……いつも本番の1週間前から、出演されるアーティストの方々のインタビュー記事を隅々まで読んで、事前にみっちり調べていました。それなのに本番で緊張すると、咄嗟に名前が出なくなってしまう。

■タモリさんに「もっと肩の力を抜いていいんだよ」と……

――ものすごいプレッシャーだったんですね。

竹内 おそらく私は要領が悪いんです。特に新人のときは、大事な場面でいつもヘマをしていました。

――メインMCのタモリさんから、アドバイスなどはあったのでしょうか。

竹内 担当して1年が経った頃、タモリさんに「由恵ちゃん、もっと肩の力を抜いていいんだよ」と言っていただきました。それくらい、当時の私は緊張していたんです。

 緊張しないためのアドバイスは、福山雅治さんからもいただきましたね。「背伸びするから緊張するんだよ。そのままの自分でいればいいんだよ」と。今はそのアドバイスの意味が身に染みてわかるのですが、当時は“等身大の自分”でいる余裕がありませんでした。

――どうして余裕がなかったのですか。

竹内 新人のときは『ミュージックステーション』のサブMCと『やべっちFC』のフィールドリポーターを任せてもらっていて、どちらも身に余る光栄だったのですが、それ以外の仕事がいつまでも増えなくて、「どうして私だけ担当番組が増えないんだろう」といつも焦っていました。

――周りと比べて焦ってしまった、と。

竹内 入社当初から、ずっと自分と周りを比べていました。初めは同期の状況が気になって、次第に先輩の活躍も気になるようになった。そしてしばらくすると、今度は新しく入ってくる後輩のことも意識してしまって。

 それに、女性アナウンサー同士を勝手に比べたりする記事もあるじゃないですか。「テレビ朝日で今一番人気の女子アナは?」とか、「テレビでもっとも活躍してる女子アナは○○!」とか。そういうのを読んで後輩のことが書かれていると、「私より後輩のほうが活躍している」と落ち込むこともありました。

 それが事実かどうかはさておき、そうやって書かれているのを見ると、競争している感覚がさらに強くなってしまって。いつもハラハラしながら過ごしていましたね。

■「司会の横で笑ってるだけの“女子アナ”」と見られていた

――常に世間の目に晒されてしまう。アナウンサーは特殊なお仕事ですよね。

竹内 アナウンサーは人に見られる仕事なので、上手くいっているかどうかが世間の方々にもわかりやすい。そして、「この人はいろんな番組を担当している」とか「この人は最近出ていない」という“評価”も下されてしまう。

 新人時代、2ちゃんねるに「アナウンス力がない」と書かれているのを見てショックを受けたこともあります。

――特に女性アナウンサーは、ネットやSNSでネガティブな評価をされることが多いように感じます。

竹内 アナウンサーは、見えないところで調べ物などを徹底して、すごく努力をしている。でも女性アナウンサーに対しては、「司会の横で笑ってるだけの“女子アナ”」という見方をする人もいるんですよね。実際、私もそう見られていたと思います。

 ただ私は、テレビで楽しんだりふざけたりすることも、エンターテイメントとして求められている“仕事”だと考えていました。自分自身がテレビを楽しむことが、視聴者を楽しませることにつながると思っていたんです。

 けれど、その“楽しんでいる姿”が「努力していない」「不真面目」と捉えられることもあって……。女性アナウンサーという仕事の難しい部分ではありました。

――アナウンサーは番組内での立ち位置が難しいですよね。番組を盛り上げる必要がある一方で、一歩引いた場所にいる必要もある。

竹内 番組出演者の方々と同じ立場ではない。だからといって、番組制作陣と同じ立ち位置かというと、そういうわけでもないんです。アナウンサーは、ある意味で孤立した存在なのかもしれません。

 それに、テレビに出ているからタレント的な見られ方をされますけど、実際にはひとりの会社員なんです。それもアナウンサーならではの特殊な環境だと思います。

 会社員としての立場を守らなければいけないので、入社後の研修では「サインを作るのは禁止」と言われていました。会社員だけど、周りには会社員だと思われていない。よく考えると、不思議な職業ですよね。

■アナウンサーの仕事内容を知らなかった慶応義塾大学時代

――そもそも、竹内さんがアナウンサーになったきっかけは?

竹内 「ミス慶應コンテスト」に出場したとき、コンテストを主催した広告学研究会の人たちから「アナウンサーを目指さないの?」と言われたことがきっかけです。私はそれまで、アナウンサーという仕事がどういうものかわかっていなかったんです。テレビを見ない家庭で育ったので。

 でもその言葉をきっかけに興味を持ち始めて、大学3年生の夏にアナウンサーの無料セミナーに申し込みました。最初は軽い気持ちで受けたんですけど、セミナーでアナウンサーの仕事内容を知っていくうちに「夢があって楽しそう!」と思うようになって。次第に「せっかくなら挑戦してみようかな?」と考えるようになったんです。

 それからアナウンサースクールに入って、本格的にアナウンサーを目指すようになりました。

――テレビ朝日を選んだ理由は?

竹内 アナウンサーになるために、各局の試験を受けていたんです。そのなかでテレビ朝日とご縁があって、一番早く内定をいただけたので、入社を決めました。

――バラエティと報道、どちらをやりたいという希望はあったのですか。

竹内 最初は特になかったですね。まずはアナウンサーとして、しっかりと言葉を伝えられるようになりたいと思っていたので。入社後は与えられた仕事を“目標”と捉えて、とにかく目の前のことに一生懸命取り組むようにしていました。

 最初はスポーツ番組やバラエティ番組を担当することが多かったのですが、2015年3月から『スーパーJチャンネル』で本格的に報道番組のキャスターを任されるようになって。2018年からは『報道ステーション』を担当させていただくようになりました。( 2回目に続く )

撮影=釜谷洋史/文藝春秋

INFORMATION

『竹内由恵のT-Times』
毎週木曜日 お昼12時に、ニッポン放送Podcast Stationから配信中。

詳細は番組ホームページをご確認ください。
https://www.1242.com/tytimes/

「夫に泣きながら寂しさを訴えた」キャリア絶頂期にテレビ朝日を退社…竹内由恵36歳が明かした静岡移住直後の“複雑な心情” へ続く

(桃沢 もちこ)

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