札幌ドームとの19年があったから…私たちがともにした楽しさ、苦しさ、素敵な日々

札幌ドームとの19年があったから…私たちがともにした楽しさ、苦しさ、素敵な日々

©斉藤こずゑ

 北海道の夏はあっという間だ。お盆が過ぎれば、たとえ気温が上がったとしても、風は軽くなり、空がぐんと高くなる。その時期くらいだっただろうか。「札幌ドームの試合はあと残り何試合です」と番組でカウントダウンをするようになった。いつからと決めていたわけでもなく、誰かに言われたわけでもなく、自然と自分の口から出るようになった。実感はまだわいていなかったけれど、必ず来る別れの秋の準備を始めていた。

■2022年9月28日、最後の札幌ドーム

 ファイターズが北海道のチームになって19年。2004年から本拠地としてきた札幌ドームから離れ、来季からは北広島市の新球場がホームになる。建設中のエスコンフィールドHOKKAIDOは完成まで秒読み。開閉式の屋根、天然芝のグラウンド、オフィス、各施設……毎日のように新球場に関するリリースがチームから届く。

 私は毎日HBCラジオ「ファイターズDEナイト!!」でファイターズに関する情報を伝えている。今シーズン、マイクに向かう時に心掛けていたことがある。「札幌ドームと別れる寂しさ」と「新球場への膨らむ期待」、そのちょうど真ん中にいよう、と。一方に偏らないようにしよう、と。もっとわかりやすく言えば、札幌ドームへの惜別を出し過ぎないようにしよう、と。

 ラジオのスタジオから何度も呼びかけた放送席。取材にもたくさん通った。優勝の祝勝会のビールかけも札幌ドームの地下で行われた。びしょ濡れになって中継を担当した。休みの日でも試合があれば応援に行った。思い出はいくらだって溢れ出てくる。話そうと思えばいくらだって話せる。だから気を付けた。でも残り試合の数字が減るにつれ、それはうまくいかなくなった。とにかく寂しいのだ。

 その数字が「1」となる特別な日の番組は札幌ドームから放送することになった。2022年9月28日、私は最後の札幌ドームへ向かった。

 札幌ドームの放送席は個室ではなく客席スタンドと一体型で開放されているので、各局で解説者やアナウンサーが誰が来ているのかがすぐにわかる。あの日、続々とやって来る解説者の豪華さに私はクラクラするほどだった。すぐそばに、岩本勉さん、建山義紀さん、森本稀哲さん、田中賢介さん、鶴岡慎也さん。レジェンドたちがずらりと顔を揃える。選手として解説者として札幌ドームの19年間を過ごした皆さんだ。

■頭の中に浮かんでくる様々な外国人選手

 最後の先発には上沢投手が抜擢された。高卒11年目、チームを支えるエース、誰もが納得する人選だった。札幌ドームに何度も響いた登場曲と共にマウンドへ。マリーンズからの先制点は上沢投手と同期の近藤選手のホームランだった。しかし、4回表、先頭打者のホームランから崩れ、ノーアウトで6失点してしまう上沢投手。何とか立てなおし、最後、3アウト目はレフト近藤選手が地面すれすれの打球を処理する。抜けていれば長打だった。守備で同期を助ける姿にぐっと来る。

 その日のスタメン・王選手の応援歌が札幌ドームで流れたのは久々だった。なかなかうまくいかなかった王選手の今シーズン。それを聴きながら、様々な外国人選手が頭の中に浮かんでくる。

 2006年、1年しかいなかったマシーアス選手が私は好きだった。きっとマシーアス選手も私が好きだった。あの年、1位通過、プレーオフ制覇でリーグ優勝、日本一と3回行われたビールかけで私たちはいつも抱き合った。

 セギノール選手はユニフォーム姿はもちろんだけど、移動の時のスーツ姿がかっこよくて画像を携帯の待ち受けにした。グリン投手はイライラする姿がすぐに頭に浮かぶけど、息子のカイルくんがとっても可愛らしかった。ホフパワー選手の笑顔はすぐに思い出せる。スレッジ選手も素敵な選手だった。マルティネス投手はジェントルマンだった。

 王選手とも話してみたい。コロナ流行後、選手の取材は気軽なものではなくなった。思いを巡らせている間に王選手は長打を放っていた、これが4月2日以来今季2本目のヒット。来年の契約はどうなるだろう。満員のドームの拍手にファンの思いが乗っているように感じた。

■もう二度とここでシーズン終了のセレモニーは行われない

 首位打者をほぼ確実にしている松本選手が7回代打で打席に入る。これで規定打席に到達。ショートゴロで苦笑いでベンチに戻るとチームメイトからグータッチが次々と。7月に自打球で骨折した左膝は完治していないと聞く。満身創痍でのタイトル獲得。これまでも苦労の多い選手だった。すべてをわかっているファンから惜しみない拍手が松本選手に送られた。

 そしてそれは相手チームにも。レアード選手が代打で出てきて盛り上がり、岡選手が出てきてまたまた大拍手のスタンド。井口監督の計らい、岡選手はプロ野球生活を、レアード選手は日本での野球生活を始めたのがファイターズだった。札幌ドームには本人もファンもたくさんの思い出がある。

 試合が終わりセレモニーが始まる。もう二度とここでシーズン終了のセレモニーは行われない。もしかするとまたここで試合をすることはあるのかもしれない。でもその時はもうホームではないのだ。

 選手の場内一周は涙のスイッチを入れるのにぴったりのシーンなのに、歩きながらマイクを持つ杉谷選手のパフォーマンスでそれどころじゃなくなる。ファイターズらしい。

 その後の、BIGBOSSのサプライズ。開幕投手の発表には本当に驚いた。エスコンフィールド北海道の幕開けは加藤投手に任された。

■札幌ドームがあったから、こんな素敵な毎日を送れた

 全てが終わってから、選手がバラバラとグラウンドに出てきてプライベート用と思われる記念撮影をしていた。ポンセ投手はマウンドの土をポケットへ。ノーヒットノーランを達成した球場だ。シーズン終了を待たずに、翌日、アメリカへ帰国。土はいいお土産になっているだろうか。

 ファイターズが東京からの移転を模索していたあの時、札幌ドームが存在しなければ、北海道は候補にも挙がらなかったに違いない。札幌ドームがあったから、私たちはファイターズと出会えて、こんな素敵な毎日を送れた。札幌ドームとの19年があったから、これからも私たちとファイターズの歴史は紡がれていく。

 人は簡単に新しいことに慣れる。きっとあと何か月もすれば今のこの気持ちは薄らいでしまう。だからここにしっかり記しておこう。

 札幌ドーム、楽しい時間、苦しい時間、あなたと共有してきました。その全てに感謝しています。心を込めて、19年間ありがとうございました。その時が来るのか来ないのか今はわからないけれど……きっとまたいつか。そして何度言っても足りないけど最後にもう一回、ありがとう、札幌ドーム。

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(斉藤 こずゑ)

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