毎朝6時40分起床、先輩の言うことは絶対…「懲役囚・後藤祐樹」のあまりに窮屈なプリズンライフ

毎朝6時40分起床、先輩の言うことは絶対…「懲役囚・後藤祐樹」のあまりに窮屈なプリズンライフ

後藤祐樹さん ©文藝春秋

〈家族写真あり〉元EE JUMP・後藤祐樹はなぜ図工室を放火したのか? 幼い彼を“ワルの道”に導いた「父親の死」 から続く

 2007年に起こした「銅線窃盗事件」が原因で、川越少年刑務所に送られた元EE JUMP・後藤祐樹さん。1500人もいる受刑者との共同生活で彼が味わった「不自由」とは?

 新刊『 アウトローの哲学 』より一部抜粋してお届けする。(全4回の3回目/ #1 、 #2 、 #4 を読む)

◆◆◆

■プリズンライフ

 刑務所は一日の流れがきっちりと決まっている。

 起床は6時40分。チャイムが鳴って、起こされる。

 それから布団を畳んだり、顔を洗ったりに、10分。この、布団の畳み方がちょっとズレていたり、というだけで雷を落とされる。これくらい別に何も変わらないじゃないかと思ったって、しかたがない。ここではそうすることになっているのであり、ちょっとでも違えば怒られる。そういう世界なのだ。

 7時くらいから朝食が配られる。

 川越少刑は受刑者が1500人もいるので、配り終わるだけでそれなりの時間がかかる。最後の方の部屋の者は急いでかっこまなければならないが、配る順番はちゃんとローテーションが組まれている。平等になるようにそれなりの配慮はされているのだ。

 7時50分くらいに房を出て、廊下に並ばされる。点呼があってそれぞれの工場に移動し、作業開始だ。

 僕達は懲役囚なので、どれかの工場で作業することが義務づけられる。働くことが刑罰の中に含まれているので、作業義務のない「禁錮」や「拘留」とはまた別なのだ。だから「働きたくない」などと言えば「就業拒否」と見なされ、「懲罰」の対象とされる。「懲罰」となれば「仮釈放」の考査にも響くので、できる限り避けたいものだ。

「工場」には「生産工場」と「経理工場」とに分かれている。「生産」は文字どおり何かを作る作業。タンスや、ベッドの枠などを作る「木工工場」は、刑務所の作業としてドラマなんかでもよく描かれ、お馴染みだろう。ボールペンや、イヤホンを作ったりする工場もある。

「経理工場」は「炊飯」や「洗濯」、「掃除」などで、受刑者の大量の食事を作る「炊場(炊飯工場)」はともかく、掃除などは「工場」という言葉のイメージには合わないだろう。でも刑務所ではなぜかそうした作業もひっくるめて、すべて「工場」と呼ぶ。また、各工場の担当の刑務官は「先生」と呼ばれる。

 ちなみに一番人気は「炊場」で、これは他よりも量が食べられるからだ。「副菜」といって、みんながご飯を食べた後、自分達だけでもう少し料理を作って食べていいということになっている。

 僕が最初に配属されたのは「経理工場」の「舎内掃」だった。刑務所の建物内の掃除をするところで、布団や枕を作ったりもする。僕はここに10か月いた。

 午前中の作業は途中、10分間の休憩を挟んで、12時まで。そこから昼休み。昼食をとって、12時50分までのんびり休める。

 運動の時間も毎日あるのだが、これはどの時間帯にやるかは工場によってまちまちだ。運動場は広さが限られている。そこに1500人が一度に出て来ることはできないので、何時から何時まで何工場、というふうに割り振られているのだ。作業の中身によっては、あまり中断しない方がいいものもあるので、そういう工場だと出役後すぐ運動の時間になったりする。

 僕のところは昼休みの後すぐが運動だったので、けっこうキツかった。運動の時間はひたすら走らされるので、食べてすぐ後はやはりツラいのだ。

 運動場に出れない雨の日は、運動の時間は「講堂」での筋トレになる。体育館のような建物で、他にもイベントの時の映画の上映や、講師が来ての「講話」なんかにも使われる。「筋トレ」といってもダンベルなんかは当然なく、腕立て伏せやスクワットなど、体一つでできるトレーニングになる。

 後で詳しく述べるが、少刑では「運動」にとても力を入れているので、講堂での筋トレだってみっちりやらされた。最初の頃は筋肉痛にもかなり悩まされた。

 13時50分から午後の作業開始。16時30分に作業終了で、それぞれの部屋に戻る。17時から夕食で、それが終わると自由時間。18時から20時55分までは、テレビを見ることもできる。21時で就寝時間となる。

 これが毎日、繰り返される。土日は作業はないので一日中、部屋から出ることはない。

■何より重要なルールは「番手の序列」

「失礼します。テレビ視聴中ですが、よろしいでしょうか」

 室内で、同房者に話しかけること一つにもルールがある。まずいちいち、断りを入れなければならないのだ。相手が「いいよ」と言ってくれて初めて、本題に入ることができる。「あの~、この件なんですけどね」なんて、いきなり用件を切り出すことは許されない。

 各房は工場ごとに分けられている。

 僕が最初に入った舎内掃工場は、15人くらいと比較的小さな所帯で、途中で少し入れ替わりはあったが基本的に、8人部屋と5人部屋、そして独房が一人ずつという割り振りだった。

 ここで何より重要なルールは、工場に入った順番、「番手」が序列のすべてということだ。年齢に関係なく、先に入った方が偉い。僕の例で言えば、舎内掃工場に最初に行った段階では最下層の「15番手」ということになる。

 その部屋で一番上の番手の者が、「部屋長」。彼の言うことは絶対だ。逆らうことなどあり得ない。

 そこまではいかなくとも、番手が一つでも上であれば、その人に言い返すことだってできやしない。さっきも記述したように、ちょっと話しかけるだけでもちゃんと断らなければならないルールがある。

 なかには「面倒くさいからそういうのはいいよ」と言う先輩だっているだろう。だがあまり勝手なマネはできない。もっと上の方から、「おい、指導になんないからさ。ちゃんと注意しろよ」と怒られる。番手が上の者は下の者を指導して、ここのルールを叩き込まなければならないことになっているからだ。互いに本音では「もういいよ」と思っていても、なかなかそういうわけにもいかない。本当にいちいち、面倒なことばかりの世界なのだ。

 この「番手がすべて」というルールは、刑務官だって公認である。むしろそこをちゃんとするよう指示される。ただ、「上が下を指導する」というルールは実は、「イジメの温床」という実態もある。そこのところは次で詳しく述べるが、言ってみればイジメがはびこる環境を、刑務所側が作っているようなものだった。

■なぜ刑務所でイジメがなくならないのか?

 それともう一つ、このルールで忘れてはならないのは、「番手の序列はあくまで工場に入った順番」ということだ。工場を移動になったらまた最下位に逆戻り。一から「番手の積み上げのやり直し」ということになる。

 だから、なかなか次の新人が工場に来てくれないと、ずっと最下位のままという悲惨な目にも遭う。まあこれも後で述べるが、時おり工場内の番手が入れ替わる「まくり」という事態もあるのだが。

 それと、前の工場でイジメていた相手が他の工場に移り、その後に自分もそこに行くことになってしまったら、悲惨だ。後から行っているから、そいつより下の番手になってしまうからだ。前の仕返しとばかりにヒドい目に遭う。だからそこを気にするのなら、イジメなんかやめた方がいいのだが、実際にはなくなることはない。

「どこに住んでんだよ。教えろよ。パンティー盗みに行きたいからよ」ゴマキ弟・後藤祐樹が刑務所で体験した「最低最悪のイジメ」 へ続く

(後藤 祐樹)

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