〈引退〉中日・福留孝介(45)は“泥船”には乗らない!? ポスト立浪へ“PL先輩”との微妙な距離感とは

〈引退〉中日・福留孝介(45)は“泥船”には乗らない!? ポスト立浪へ“PL先輩”との微妙な距離感とは

引退セレモニーで胴上げされる福留孝介 ©時事通信

 今季限りでユニホームを脱ぐ中日の福留孝介外野手(45)が9月23日に引退セレモニーを終えた。来季はPL学園高の先輩でもある立浪和義監督(53)をコーチとして支えるとの観測も浮上した中、同8日に引退表明した直後からマネジメント業務を委託する吉本興業を通じ、来季は評論活動を行うことで放送局と調整に入っている。福留と立浪監督をよく知るチーム関係者は「中日に来季も上がり目は見当たらない。孝介は泥船には乗らないということだろう」と2人の微妙な関係を指摘する。

■引退へと外堀を埋めていった

 立浪監督が就任した今季、福留は代打の切り札に期待されながらも開幕から不振に陥った。23打数1安打で交流戦を終えると、2軍落ち。その後1軍昇格はなかった。

「監督は土田(龍空)ら来季に向けて早々と若手に切り替えた。孝介の1軍昇格の機運は高まらなかった。あえてそうしたようにも見えた。球団に対して孝介を来季の戦力として残すよう働きかけた形跡もない。引退へと外堀を埋めていったのではないか」(前出のチーム関係者)

 福留は自らが置かれた状況を察知したのか、9月初めに球団に引退の意向を伝えた。

「孝介は2軍でも試合に出ていた。来年やるのかなとも思った。自分からはやめないと思っていたので、驚きもあった。ただ、よく考えると、監督にしてみれば1軍で全く打てていなかったバッターを、本来なら交流戦前に(2軍に)落とすところを、交流戦後までは我慢した。これがPLの先輩としてできる最大限の特別扱いだった。裏を返せば、交流戦で結果を出さない限り、引退しかないというメッセージだったのではないか」(同前)

 福留は9月24日付の中日スポーツに寄せた手記でこう綴っている。

〈(8日の)会見の数日前にバンテリンドームナゴヤで監督に引退を報告した。もう決めたから、監督室に入って「ありがとうございました」と。それだけ伝えました〉

 立浪監督は「力になれなくて申し訳ない」と返したという。多くの言葉を必要とせず、あうんの呼吸だった引退に、2人の間にある「一定の距離感」が象徴されていた。

■福留派と立浪派

 福留が中学時代に故郷の鹿児島から中日の宮崎・串間キャンプに、毎週末に家族とともに車で訪れ、当時ルーキーだった立浪監督の練習にくぎ付けだったことは有名な逸話だ。その背中を追うようにPLに進学。在学中の1995年のドラフト会議で7球団競合の末、抽選で指名権を獲得した近鉄入りを拒否し、社会人野球の日本生命で96年のアトランタ五輪に出場するなど力を蓄えた。

 99年、逆指名で中日に入団し、晴れて立浪とチームメートになった。「福留にとって1年目からレギュラーを張り、既に球界屈指の内野手だった立浪は大きな目標だった。福留は入団時、遊撃手で、立浪とは同じ内野手でもあり、絶対に頭が上がらない先輩だった」(前出のチーム関係者)

 その関係に変化が生じ始めたのが2002年だった。伸び悩んでいた福留はこの年、打率3割4分3厘で初タイトルとなる首位打者に輝く。同年を最後に巨人からメジャー移籍した松井秀喜の三冠王を阻み、一躍ブレークした。

「引退セレモニーでは『この世界でやっていける自信を持てた』と言ったようにやっと芽が出て、ここから立浪との力関係が逆転していった」(当時の担当記者)

■実績では立浪に引けを取らない

 福留は球界を代表する強打者に成長。一方で立浪は衰えを隠せなくなる。

「福留は立浪より(チームの先輩だった)山崎(武司)に付いていくようになっていた。山崎は03年にオリックスに移籍したが、福留の2年目から合同でやっていたハワイでの自主トレは、山崎が楽天に移籍してもずっと続いた。中日では『立浪派と福留派』と言われた時期があった。ともに名球会入りする大選手になるわけだから、福留が後輩だからといって、いつまでも立浪の下につくのも不自然ではあるが……」(前出のチーム関係者)

 通算安打数は立浪の2480に対し、福留は2450。二塁打に限ると、立浪がNPB最多記録の487。福留は409。しかし、MLBとの合算では519で立浪を上回る。福留の「(立浪が)最初から最後まで憧れだった」という言葉は本音だとしても選手としては引けを取っておらず、むしろメジャーのほか五輪やワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での実績が立浪にはないだけに、ある意味超えたとの自負もあるに違いない。

■星野監督が認めた「監督の資質」

 そのメンタルの強さゆえ、福留はかねて中日の星野仙一監督から監督の資質を認められていた。セオリーではあり得ない球種を待ち、それが来ないと平然と見逃し三振し、周囲に「ぞっとする」と言わしめる駆け引きにもたけている。ベテランとして加入した阪神、晩年を過ごした中日では若手を積極的に指導した。中日では早くも次期監督の呼び声が高い。

 立浪監督は24年までの3年契約を結ぶ。

「ミスタードラゴンズの待望の監督就任で、よほどのことがない限り、任期は全うするだろう。ただし、25年以降は成績次第。去就問題になれば、孝介は有力候補に挙がってくる。中日フロントとは、加藤(宏幸)代表と良好な関係でもある」(同前)

 福留が現体制でコーチになると、不振なら立浪監督と連帯責任になる。同チーム関係者によると、何より、同監督の独裁色が濃くなっており、コーチが仕事をしづらい現状があるという。

「孝介はこうしたことを見越し、一旦チームを離れた方が得策と判断したと思う」とグラウンド外での勝負勘の鋭さにも前出のチーム関係者は感心する。その上で「監督になれば、それこそ山崎や憲伸(川上)らをコーチで招聘する構想もあるはず。(同学年の盟友)荒木(雅博)は今(内野守備走塁)コーチで、チームの現状は常に情報が入る状態。いつでも監督の就任要請に応える準備は整っている」と外部からじっくりと“時”を待つとの見立てを披露した。

 福留は06年のWBC、韓国との準決勝では代打で先制2ランを放つなど、現役時代は抜群の勝負強さを誇った。PL学園高の先輩、宮本慎也(元ヤクルト)をして「場を壊す打撃」と言わしめた。その打撃とは対照的に、「ポスト立浪」に向けては場の空気を読んでいるようだ。

(木嶋 昇/Webオリジナル(特集班))

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