《追悼・燃える闘魂》「出る前に負けること考えるバカいるかよ!」「1、2、3、ダァーッ!」日本人の魂を揺さぶった“アントニオ猪木の言葉”

《追悼・燃える闘魂》「出る前に負けること考えるバカいるかよ!」「1、2、3、ダァーッ!」日本人の魂を揺さぶった“アントニオ猪木の言葉”

今月1日、79歳で亡くなられたアントニオ猪木さん ©時事通信

 超一流と、それ以外を分けるものは何か。「言葉」を持っているかどうか、だ。

「わが巨人軍は永久に不滅です」(長嶋茂雄)

「チョー気持ちいい」(北島康介)

「報われない努力だったかもしれないけど、一生懸命頑張りました」(羽生結弦)

 国民的ヒーローと呼ばれる人々は必ず、わずかな文字数にその人の人生を結晶させたかのような、忘れがたい言葉を持っている。

 プロレスラーは、特にそうだ。

「俺はお前の噛ませ犬じゃない!」(長州力)

「新日本プロレスのファンの皆様、目を覚ましてください!」(小川直也)

「プロレスラーは本当は強いんです」(桜庭和志)

 プロレスの歴史は、プロレスラー達が綴ってきた言葉の歴史でもある。この点においても、アントニオ猪木は突出した存在だった。

■「言葉の力」を駆使したプロレスラー、アントニオ猪木

「元気があれば何でもできる」

「1、2、3、ダァーッ!」

 猪木やプロレスに詳しくなくても、猪木の言葉を知らない人はほとんどいないだろう。若い人にとっては、「バラエティ番組でよく見かける、おもしろい決め台詞のおじさん」というイメージが強いかもしれない。

 しかし、猪木の言語感覚の鋭さは今にはじまった話ではない。「言葉の力」で自らのキャリアを伝説にまで昇華したのが、アントニオ猪木というプロレスラーなのだ。

 力道山にスカウトされた2年後の1962年、猪木はテレビドラマ『チャンピオン太』に「死神酋長(しにがみしゅうちょう)」という、現代では口にすることすら憚られるキャラクターとして出演。

 力道山は死神酋長を気に入り、猪木のリングネームを死神酋長にしようとしたが、必死に頼んでやめてもらったというエピソードもある。笑い話に思えてしまうが、当時の猪木にとって、力道山に逆らうというのは命がけの行為だったはずだ。キャリアのごく初期から、猪木が言葉選びに意識的だったことがうかがえるエピソード……と、思えなくもない。

 そしてプロレスラーとして全盛期を迎えた猪木は、今でも語り継がれる、数々の名言を残すことになる。

■魂を揺さぶる「猪木の言葉」

「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」

「こんなプロレスを続けていたら10年持つ選手生命が1年で終わってしまうかもしれない」

「俺の首をかっ切ってみろ!」

「出る前に負けること考えるバカいるかよ! 出ていけコラァ!」

「てめぇらの力で勝ち取ってみろ!」

 こうしてあらためて並べてみると、その緊張感やドラマ性は突出している。スポーツというより、アクション映画や少年マンガの名セリフのようだ。

「優れたプロレスラーはほうき相手でも名勝負ができる」という言葉があるが、もっとも当てはまるレスラーが猪木だろう。屈強な肉体と言葉の力で、ただの現実をドラマに仕立てているのだ。

■プロレスラーから、大衆のヒーローへ

 猪木の活動範囲がプロレスの外に広がると、使われる言葉も変化した。

 1989年に参院選に出馬・当選した際には、「国会に卍固め」「消費税に延髄斬り」という伝説のコピーを採用。

 名言というより迷言・珍言の類にカテゴライズしたくなるものの、一度聞いたら決して忘れないキャッチーさがあるのは否定できない。

 以降、猪木の言葉は、ヒリヒリしたプロレスのニュアンスの代わりに、圧倒的な大衆性を獲得するようになる。

 2000年には『猪木詩集「馬鹿になれ」』(KADOKAWA)を刊行。下記に代表的な2作を引用する。

<サンタモニカの朝に>

不安だらけの
人生だから
ちょっと足を止めて
自然に語りかけてみる
「元気ですかーっ!」
自然は何も言わないけれど
ただ優しく
微笑みかえしてくれた
元気がいちばん
今日も
サンタモニカの
一日が始まる

<心の扉>

今日はいい天気
いつまでも拗ねていないで
心の扉を開いておくれ

窓のカーテンを引けば
心の奥へと光が差し込んでいく
さっきまであんなにこだわっていた
心のしこりが溶けだして
君の笑顔が輝いた
ほら、今日はいい天気

冷蔵庫の納豆
食べちゃってごめんね

「冷蔵庫の納豆を食べちゃった」そんな、どこにでもある日常の風景にドラマを見出す感性は、「ほうき相手でも名勝負ができる」プロレスラー、猪木の面目躍如と言えるだろう。

 こうした大衆の人気者・アントニオ猪木のすべてが詰まった詩が、あの「道」だ。

<道>

この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せばその一足が道となり
その一足が道となる
迷わず行けよ 行けばわかるさ

『猪木寛至自伝』(新潮社)に禅僧である一休宗純の詩として紹介されており、一般的にもそう理解されている。しかし、この詩が一休宗純のものである証拠はないらしい。

 宗教家・哲学者である清沢哲夫の詩を猪木が改変したものというのが、現在の通説になっている(確かに「迷わず行けよ 行けばわかるさ」は、猪木の口調そのものだ)。こうしたエピソードもまた猪木らしい。

 この詩には自己啓発、若干の宗教っぽさ、ポジティブさ、精神主義など、日本の大衆に愛されるものがすべて詰まっている。一休宗純のものと誤解されている事実も含めて胡散臭いが、普通に良いことを言っている印象も受ける(藤波辰爾が新日本プロレスの社長だった時期、社長室に相田みつをの「道」と並んで額装されていたらしい。いい話だ)。

 しかし、どれだけ大衆性を得ても、プロレスラーらしい狂気を忘れないところが、猪木の猪木たる所以だ。

「道」が紹介されている『猪木寛至自伝』では、拳銃密輸疑惑に対して「素手で人を殺せるから拳銃は必要ない」という、ストロングスタイルな反論をしていたりもする。

 また、週刊誌に浮気の写真を撮られた際は「俺が今でも悔しいと思うのは、そのときなぜピースサインができなかったのかだ」という名言を残した。「世間をお騒がせして申し訳ありませんでした」という定型文しか発信できないちっぽけな芸能人は、猪木に学ぶべきだろう。

■最後に勝つ負け方を知っておけ

 現在、猪木の公式YouTubeチャンネル「アントニオ猪木『最後の闘魂』」では、「最期の言葉」と題された動画が公開されている。

 そこでの猪木は、目にしたことを後悔するほどに、衰弱しきっている。パジャマ姿でモゴモゴと喋る姿は、プロレスラーでも政治家でも実業家でもない、ひとりの「老人」だ。YouTubeは残酷である。隅々までフォーカスが効いた映像と安っぽい打ち文字に、幻想が入り込む余地はない。そこにあるのは、ただの現実だ。

 あまりに痛々しい。こんな姿を晒してほしくなかった。私を含め、そう感じた人は少なくないだろう。

 しかし、思い出してほしい。猪木が敗北をドラマに仕立てるのは、これが初めてではない。

 1983年6月2日、第1回IWGP決勝リーグ戦の優勝戦、アントニオ猪木vsハルク・ホーガン。ここで猪木はホーガンのアックスボンバーでKOされた挙句、舌を出して失神するという屈辱的な敗北を喫している。並のレスラーだったらキャリアが終わっているだろう。

 しかし、ここからドラマをスタートさせてしまうのが、アントニオ猪木だ。優勝が確実視された中での敗北は、翌年の第2回IWGPにつながるアングルとなった。

「舌出し失神」は「本当に失神したら舌なんて出さない」「窒息を恐れたセコンドが指を入れて舌を出した」など、今でも論争が続いている。この試合が語られる時、主人公は優勝したホーガンではなく、敗者である猪木だ。

 そう。猪木の死も、また新しいドラマの始まりなのだ。

■猪木は未来永劫、勝ち続けるのだ

 猪木は「最後に勝つ負け方を知っておけ」という言葉を残している。猪木は亡くなってしまったが、私たちの記憶に、好好爺としてのんきに余生を送る猪木はいない。私たちが思い出すのは、老いと病いに壮絶な戦いを挑む猪木であり、モハメド・アリに不敵な笑顔を見せる猪木であり、若い猪木の鋼のような肉体だ。

 これが「最後に勝つ負け方」でなくて何だろう。

 アントニオ猪木は、死という最強の敵の前に倒れた。だからこそ、これからも未来永劫、勝ち続けるのだ。

「猪木さん、あなたのいない世界で、私たちはどう生きていけばいいのですか?」

 そんな質問をしたら、猪木は答えるに違いない。

「俺に聞くな!」と。

(橋口 幸生)

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