白血病診断7年後に金メダル……なぜ彼らは病いを乗り越えられたのか

競泳女子の池江璃花子が2月12日、白血病を公表し、各界からエール続々

記事まとめ

  • 競泳女子の池江璃花子が白血病を公表し、各界からエールが続々と送られている
  • 白血病を克服した選手にマーテン・ヴァンデル・ウェイデンが思い浮かぶという
  • 白血病の診断から7年後に掴んだ金メダルという栄冠は、世界中で大きく報じられた

白血病診断7年後に金メダル……なぜ彼らは病いを乗り越えられたのか

白血病診断7年後に金メダル……なぜ彼らは病いを乗り越えられたのか

個人、リレーを合わせ計18種目の日本記録を保持 ©共同通信社

 競泳女子の池江璃花子(18)が2月12日、白血病を公表。各界からエールが続々と送られ、その中には難病を乗り越えて活躍した選手も多くいる。

 白血病を克服した選手として真っ先に思い浮かぶのは、08年の北京五輪オープンウォーター男子で金メダルを獲得したマーテン・ヴァンデル・ウェイデン(オランダ)だ。01年に白血病と診断された後、骨髄幹細胞移植や抗がん剤治療などを経て、体重は20キロほど落ちた。それでも水泳への思いは途切れず、2年後には選手生活に復帰。診断から7年後に掴んだ栄冠は、世界中で大きく報じられた。

 試合後、彼はこう語った。

「白血病が教えてくれたのは、一歩一歩やっていかなければならないこと、我慢強さが必要だということです」

■萩原智子ら……病気を乗り越えたアスリートたち

 池江と同じ競泳の萩原智子も病いを乗り越えている。04年に引退後、09年に現役復帰。10年には日本代表に返り咲いたが、翌年、卵巣嚢腫(のうしゅ)と子宮内膜症の診断を受けた。

 だが、手術を経てプールに戻ると、12年2月、50m(短水路)で日本競泳史上最年長となる31歳での日本新記録を樹立した。

 当時はホルモン剤の投与治療の副作用で「情緒不安定になっちゃって。すべてがうまくいかず、泣きまくった」という。復活の原動力について聞くと、「また日の丸を背負って頑張りたいという一心でした」と答えていた。

 17年の大阪マラソンで、2時間19分50秒の4位に入った糟谷悟も思い出される。

 糟谷は駒大で3度、箱根駅伝を制覇。実業団に進んだ後、13年に悪性リンパ腫を発症する。医師から「競技復帰は無理」と告げられたが、入院中、乳がんを克服して復帰した海外の陸上選手の映像を見て心を奮い立たせたという。

 手術や抗がん剤治療を経て、16年のニューイヤー駅伝で復帰。「これだけの病気を患っても陸上の舞台に戻れることを伝えたい」と走り切った。

 ほかにも、J2アルビレックス新潟の早川史哉は16年に急性白血病と診断されたが、練習試合に参加するところまで回復。プロ野球では元オリックスの岩下修一投手が01年に急性骨髄性白血病と診断を受けたが、翌年、公式戦のマウンドに立っている。

 彼らの存在は池江にとって、心強いものだろう。

(松原 孝臣/週刊文春 2019年2月28日号)

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