佐藤康光九段に聞く「将棋指しとメガネの深い関係」

佐藤康光九段に聞く「将棋指しとメガネの深い関係」

©杉山秀樹/文藝春秋

 昨今の将棋人気でファンの裾野が広がるなか、対局以外の事柄についても注目されることが増えている。対局中の食事やおやつをはじめ、ファッションや趣味に至るまで……。そうした話題からは棋士の人柄が垣間見えることもあり、将棋のルールに詳しくなくとも興味深い。

 今回着目するのはメガネである。棋士にとっては、ときに勝負を左右することもある重要なアイテムだ。話を訊いたのは、日本将棋連盟会長も務める佐藤康光九段。じつはメガネにまつわるエピソードに事欠かない佐藤氏が語る、将棋とメガネの関係性とは?

 〈 日本将棋連盟・佐藤康光会長インタビュー「AI全盛時代でも貫きたい、私のスタイル」 〉も併せてお読みください。

■将棋盤がぼやけていた小学生将棋名人戦

―― メガネをかけるようになったのは、いつ頃からですか。

 佐藤 小学校高学年のときには、もうメガネをかけていました。でも、6年生で小学生将棋名人戦に出たときには、気恥ずかしくてメガネをかけなかったんです。ですから、将棋盤がぼやけて見えていた記憶があります。今も、かなり近視が強いです。

―― 棋士には若い頃からメガネを掛けている方が多い印象があります。

 佐藤 やはり気合をいれて盤面を見ますから、目を酷使して神経が疲れてしまうのでしょう。近いものをずっと見ているわけですから。といっても、私の場合は単にテレビを見過ぎていただけなんですけど(笑)。今では対局中に気分転換がてら外の景色を眺めたりもしますが、子どもの頃はひたすらに盤面を睨みますからね。さらに現在はテレビやネット中継など映像で将棋を見る機会も増えているので、なおさらメガネが必要になる人も多いんじゃないでしょうか。

■メガネを買うときは、もう一つ同じものを

―― 現在かけていらっしゃるのはプラスチックフレームですね。クリアグレーのスクエア型が、落ち着いた印象です。こちらを選んだ理由は?

 佐藤 前のメガネが壊れたから……、だったかと思います。必要に迫られて、近所で買いました。将棋連盟会長の就任会見のときにはこれをかけていたので、2年は過ぎましたね。

 メガネを変えたことでイメージがガラっと変わらないよう、以前かけていたものと雰囲気の近いデザインを選んだつもりです。フレームと鼻パッドが一体になっているのも選んだ理由なんですが、特にこだわりがないので、そうしたメガネがあることもこれを買うまで知りませんでした。一応これは同じものをもう一つ買ってあります。

―― 対局の際は、つねにスペアを用意しているんですか。

 佐藤 必ず持っているわけではありません。ただ、また壊れたときにイメージが変わってしまわないほうがいいかなと思い、二つ買っておきました。勝負を左右するものでもあるので、現在使っているものが壊れたときに、違和感なく使えるものがあったほうが安心できますから。さらにもう一つ買っておこうと思ったときには、残念ながらもう同じデザインのものがすでにお店にありませんでした。

■何事も困らないと変えようとは思わない

―― 対局中はかなり近い距離を凝視することになります。普段使いとは別に、近くが見やすいメガネを用意するといった使い分けはしていないんですね。

 佐藤 はい。たしか近くが見えにくいのが老眼の始まりでしたか……? とくにまだ困っていないのでメガネを変える予定はありません。

……今考えてみると、私のメガネ選びは、将棋のスタイルと同じかもしれません。必要に迫られないとスタイルを変えない。

 この1〜2年AI(人工知能)の登場で将棋界はガラっと変化していますが、私は昔からずっと自分なりの戦い方をしてきました。でも20代後半の頃、羽生(善治)さんに連敗が続いていたときには、将棋のスタイルを変えたことがあったんです。基本的に、何事も困らないと変えようとは思わない。向上心が少ないのかもしれませんが(笑)、そういうタイプなのかもしれません。

―― 羽生さんといえば、以前かけているメガネが鯖江のメーカーのものからZoffへと変わったときに、メガネ業界や将棋ファンの間で話題となりました。昨年、Zoffは棋戦の協賛社にもなりましたね。

 佐藤 はい。それはたしか羽生さんとのご縁がきっかけだったと思います。じつはZoffさんを愛用している棋士は多くて、女流棋士にも何人かいたと思います。

■メガネは勝負を左右する

―― メガネの企業が新たにスポンサーとなったり、棋士のかけているメガネが話題になったりなど、将棋への注目度の高まりを感じます。

 佐藤 身に着けるものであるとか、食べるものであるとか、近年そうした将棋以外のところで関心を持っていただいているのは、本当にありがたいなと思います。とくにメガネは、棋士にとって勝つために重要なアイテムでもありますから。

―― 対局の際にかけるメガネに、制約などはあるのでしょうか。たとえば極端に派手なものや、色の濃いカラーレンズが禁じられているとか。

 佐藤 とくにルール化はされていません。なかには、対局中にかけかえる方もいらっしゃいますね。たしか最近、広瀬(章人)さんとの対局のとき、彼は休憩後に違うメガネをかけていたような気がします。自分は無頓着ですが、メガネをいくつか持っているという人は多いはずです。

―― 佐藤さんを含め、コンタクトではなくメガネを選択する人が多いのは、対局中にズレてしまうなどのトラブルを避けるためなのでしょうか。

 佐藤 女流の方にはコンタクト使用者も多いかなとは思うんですが、たしかにメガネ派のほうが多いですね。自分は、基本的にメガネです。試しに1〜2週間コンタクトを使ってみたこともありますが、目に物が入っている状態は、あまり得意ではないですね。やはり何かあった時のために、メガネのほうが良いかなと。

■メガネにまつわる不運なアクシデントも

―― 順位戦などでは、深夜まで対局が続きますからね。

 佐藤 ええ。もちろん棋士は盤面を見なくても頭の中で思考することができますが、やはり見ていたほうが良い考えが浮かぶことが多いので。

 たしか、羽生さんがメガネを変えたのは、負けが続いたときに中原(誠)先生から「メガネの度が合っていないのではないか」とアドバイスを受けてのことだったと記憶しています。実際に、変えたら調子が戻ったようでしたし、やはり非常に大事な要素ですね。

―― メガネはときに勝負を左右するほど重要なアイテムですが、佐藤会長は何度かメガネにまつわるトラブルに見舞われていると伺っています。

 佐藤 はい(笑)。まずひとつに、メガネを海に流されたことがありまして。1997年の竜王戦の第1局がオーストラリアのゴールドコーストで行なわれたときのことで、私は立会人として同行していました。対局の前日に時間があったので男3人で海岸へ行ったんですけど、メガネをかけたまま海に入ると危ないということを知らないものですから……。突然高い波がきて、「えっ!?」と思ったら、もう無いんですよ。他の2人は「大変だ!」なんて言いながらも、笑いが止まらないんです。対局まで1日余裕があったので、急いで現地で1日使い捨てのコンタクトを作り、伊達メガネも用意して。開始時の写真は、その伊達メガネをかけて収まっています。

■タイトル戦の1日目にメガネのつるが折れた

―― コンタクトでも、メガネはかけるんですね(笑)。メガネが壊れて困った経験もあるとか。

 佐藤 じつは2度ほどありまして。一度は対局前日に電車のなかで突然メガネのレンズがポロリと落ちてしまったんです。そのときは、なんとか当日までに修理が間に合い、難を逃れました。

 大変だったのが、2006年のタイトル戦のときです。1日目だったのですが、目を休めようとメガネを外そうとしたら、つるの部分が壊れてしまいました。修理をお願いしたのですが、地方ということもあってすぐに直せるところもないと言われて。自分なりに気にしてしまう時間が増えてしまいました。

―― 対局中となると、それは焦りますね。

 佐藤 それを理由にしてはいけないんですが、その勝負は負けまして……。大きな勝負だったので、もう少しベストを尽くせたら違う結果を出せたかもしれないんですけど。でも、後悔しているわけではありません。つるが折れたときは一瞬の動揺こそありましたが、「あ、折れたか」という感じで、今ではそれも一つの良い経験だったと思っています。

 このときに限った話ではなく、どの勝負についても「ここで勝っていたら、もう少し実績が上がったかもしれない」とか、「ここが人生の分岐点だったかもしれない」といったことは、一瞬は思ってもこれまで一度も深く考えたことはありません。自分はつねに過去よりも、未来のこれからの自分に期待をしているんです。

佐藤康光(さとう・やすみつ)
1969年、京都府出身。将棋棋士。日本将棋連盟会長・九段。タイトル通算13期。永世棋聖の資格を有する。2011年より、日本将棋連盟棋士会長、2017年より現職を務める。同年、紫綬褒章受章。

写真=杉山秀樹/文藝春秋

(伊藤 美玲)

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