「彼らも仲間を殺されて、気が立ってるから」ヤクザに順番を譲る警察官…取材中に見た“弱腰すぎる警察の実態”
2023年03月25日 07時00分文春オンライン

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これまでに2000人以上のヤクザに会い、取材してきたという鈴木智彦氏。ヤクザ専門誌『実話時代 BULL』編集長を務めた後、フリーライター兼カメラマンとしてヤクザ関連の記事を寄稿し続けている。
ここでは、鈴木氏が「教科書では教えてくれないヤクザの実態」について詳しくまとめた『 ヤクザ2000人に会いました! 』(宝島社)より一部を抜粋。知られざる「ヤクザと警察」の本当の関係とは……。(全2回の1回目/ 後編を読む )
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■報道されない「ヤクザvs警察」の舞台裏
ヤクザを取材していれば、どうしたって警察と出くわす。なにせ両者は天敵同士である。義理事(冠婚葬祭)の会場も警察官が取り囲む。抗争事件になるとパトカーや機動隊を乗せたバスが事務所前に張り付く。たとえ会いたくなくても、顔を会わすハメになる。それで顔見知りになった警官もいる。
時にはいやな目にも遭う。
高速道路料金所を通過した地元組織の総長がヒットマン部隊に襲われ、3人の刺客が防弾ワンボックスカーを銃撃、車両を蜂の巣にした事件があった。幸い、乗っていた総長は無事だったのだが、跳弾が鋼鉄の防護壁がない車両底部からボディを突き破り、足を負傷したという。筆者も病院に行こうと思ったのだが、警備が厳重なはずなので、まずは組事務所の写真を撮るために本部に向かった。
現地に到着すると某県警の車両が張り付いていた。
無視してカメラを取り出すと、警察官が降りてきて、「おいおい、あんた。誰の許可取ってんの?」と話しかけてきた。
暴力団事務所の外観を撮影するのに、許可など必要ない。少なくとも、警察の許可など絶対にいらない。頭に血が上った。
「そうですか。許可ってヤクザの許可ですよね? じゃあどいてくれますか。許可もらうんで」
警察官を押しのけて事務所のインターフォンを押した。
「すいません、鈴木と申します。『実話時代』という雑誌で総長を取材させてもらったことがあります。今日の事件の取材に来ました。張り付いてる警官が『誰の許可もらってんだ!』と言うので、撮影許可が欲しいです。あと、よかったら事情を聞かせてもらえませんか?」
事務所のドアが開いたので、振り返って警察に一礼して中に入った。1時間後、表に出ていって写真を撮ったが、警察官は車から出てこようとはしなかった。ガラスを叩いて呼び出し、「許可はもらいましたよ」と嫌味を言ってやろうかと思ったのだが自粛し、警察車両の周りをぐるぐる回りながら写真を撮った。
警察はあらゆる手段を使って暴力団の行動の邪魔をする。が、さすがに我々のようなマスコミが取材を妨害されたり、不当に拘束されたりする事態は一度もなかった。その点、さすが日本は法治国家である。ツラが割れているからかもしれないが、事務所前で職務質問されたことは……一度だけある。
2019年10月10日、山口組の分裂抗争で山健組の組員2人が銃撃され死亡する事件が起きた。マスコミのカメラマンに扮装した弘道会のヒットマンによる犯行で、犯行前、実話誌のカメラマンと言葉を交わしていた。すぐ現場に向かったが、神戸は日が暮れていた。それでも今のデジカメなら深夜の撮影ができる。新神戸駅からタクシーを飛ばして、神戸市花隈にある山健組事務所に向かった。
2人が殺されたのは事務所前の路上である。とはいえ、細かな場所は分からない。少し手前でタクシーを止めてもらった。するとすぐに周辺を警戒していた組員がやってきた。運転手がこちらを振り向き、困惑した顔をする。ごめん――。急ぎ料金を払った頃には、組員たちに囲まれていた。
「おたく……どちらさん?」
「週刊誌の取材で来ました。今名刺を出します」
名刺を渡そうとしたら、「ちょっと調べさせてもらう」とカバンに手を掛けられた。明らかに風格の異質な男性だったので、幹部だったと推測している。当然、カバンに調べられて困るものなど入っていない。おとなしく差し出した。
私を取り囲むヤクザの後ろに制服を着た警察官の姿が見えた。ヤクザを制止する様子はなかった。
ヤクザによる職務質問が終わったあと、その幹部は犯行現場を教えてくれた。朱みの残った黒っぽい血痕があった。合掌した後に撮影した。おそらく組長クラスだろうヤクザは、ぶっきらぼうな言い方だったが、不思議に嫌な印象はない。
■「私らも、職務質問させてもらいますね」
ヤクザたちが去っていくと、今度は制服警官がおそるおそる近づいてきた。
「私らも、職務質問させてもらいますね」
ヤクザに順番を譲る警察官に、無性に腹が立った。
「あんた、ずっと、見てたんでしょ。一般人がヤクザに囲まれて荷物調べられてるのに、なんで何もいわないの!」
「彼らも仲間を殺されて、気が立ってるから……」
「なんだよそれ! 俺が暴力を振るわれたらどうするつもりだったんですか。黙って見てるなんておかしいじゃないですか!」
抗議しているうちに激昂してきた。
警察官は「職務質問させてもらうから」と繰り返すだけだ。文句を垂れながら、私のカバンを調べる様子をずっと動画撮影した。それが終わると警察官は、「私にも名刺をもらえますか?」と言った。こうして思い返すとばかばかしくて笑ってしまう。ドラマに出てくる警察官は、いつでも毅然とした態度でヤクザに接する。こんなにも弱腰の実像を一般人は知らない。実際、歌舞伎町などで銃撃事件が起きても、警察官はヤクザを怖がって、すぐには現場を封鎖しない。
だから原則、抗争中に張り付き警戒をしている警察官は、我々にも接触しようとしない。あまりに無視されるので、福岡県の事務所近くに止まっていたバスをノックしたことがある。
「こんにちは!」
「……」
「俺、これから事務所に入っていこうとしています。警察から見たら不審者ですよね。職務質問はしないのですか?」
機動隊らしき着衣の警察官は、車両後部にいる上司らしき人間とゴニョゴニョ話したあと、こちらに向かってさっさと出ていけと手を振った。
■メンツを気にしてポーズをとる警察
ヤクザと対峙する専門の刑事はマル暴と呼ばれる。暴力団担当の通称で、暴力団犯罪が火急の社会問題だった昭和の時代は全国に捜査第四課が置かれており、その名残で今でも「四課」と呼ばれたりする。刑事たちは単純に「暴力」といったりする。北海道警察のように捜査四課が残っている場合でも、警視庁のように組織犯罪対策課になったエリアでも、取り締まりの主役が暴力団である事実は変わらない。どう呼んでも暴力団や警察には通じる。
掌を握り、おでこに当てる仕草が、暴力団社会で「警察」を意味するのは、「おでこ→デコ助→刑事」だからだ。さらに暴力団事件を専門に扱うマル暴たちは、ひどくヤクザに似た空気をまとっている。何も知らない者からすれば、見た目は完全にヤクザだ。
SNSでも、マル暴のヤクザっぽさはよく話題にされる。確実にウケる鉄板ネタといってもいい。YouTubeのような動画サイトを検索すれば、暴力団事務所に家宅捜索に入る警察官がヤクザ顔負けの迫力で怒鳴り散らしている映像がすぐ見つかるはずだ。ロックされたドアノブをガチャガチャと回し、扉をドンドン叩き、「開けんか! 大阪(府警)怖いんか!」と叫ぶ映像は、昔からテレビで放映されていた。山一抗争の頃、大阪の子供たちはそれを真似して遊んだらしい。
家宅捜索……通称ガサ入れは警察の格好の宣伝材料だ。大きなガサ入れとなり、警察が格好のパフォーマンスになると踏んだケースは、警察詰めの記者にあらかじめ知らされる。そのため、記者クラブのメディアは、ガサ入れとほぼ同時に現場に姿を見せる。マスコミ各社のカメラがセッティングされたのを見計らって、警察はヤクザ事務所をノックする。
とはいえ、県警によっては暴力団側と癒着しているので、あらかじめヤクザ側に家宅捜索の日時が知らされている。某県警のように、ヤクザに抱き込まれているエリアでは、ほぼ完全にヤクザ側が警察の訪問を知っている。
「明日、ガサがあるから、今日は早めに帰らないと」
知り合いの組長からこう言われたときはさすがにビビった。当時、私はまだウブだった。
テレビのニュース番組などでは、捜査員が押収した証拠品の入った段ボール箱をうやうやしく抱えて出てくる映像が放映されるが、たいてい中には何も入っていない。マスコミを引き連れ大名行列をしてきたので、そうでもしないと格好がつかないらしい。
前述したヤクザに対する威嚇や、必要以上に暴力的な警察の映像は、それがお茶の間に放映されると分かっているから、あえてやっているところもある。荒っぽいイメージの大阪府警にとどまらず、紳士的な応対の警視庁も、カメラの前で威圧されれば、対抗手段をとるしかない。警察官にもメンツがあるのだ。
ただし、大阪府警のヤクザに対する「嫌キチ」ぶりは筋金入りで、図抜けている。
ある山口組の法事の日、全国の直参組長が兵庫県内にある墓所に集結し、墓前に花を手向けて焼香した。すると大阪県警のマル暴がぞろぞろとやってきて、みんなの前で、ある直参組長を逮捕したのである。
群衆の前で手錠をかけるのだから、あえてやっているとしか思えない。さすがに山口組側も抗議していた。すぐにその周辺をいかつい刑事たちが取り囲んだ。兵庫県警には事前に伝えられていなかった。
「ほんま大阪は、昔からああいうことするんや……」
兵庫県警の刑事が、吐き捨てるようにいった。縄張りを蹂躙されたからかもしれない。
■カメラの前で怒鳴り「見せ場」をつくる
ヤクザの側にもメンツはある。衆人環視の中、天敵の警察に対して従順な顔は出来ない。それに警察には、違法な捜査は許されない。正当に抗議すれば人権は武器となり、警察に対抗できる飛び道具にもなりうる。
昭和の山口組分裂抗争は、離脱派が一和会を名乗ったため、山一抗争と呼ばれる。この頃のテレビ映像を見ると、山口組側が警察に対して捜査令状を要求したり、取り締まりの法的根拠を問いただしたりしている様子が残っている。山一抗争で一和会のヒットマンに殺害された山口組竹中正久組長は法律を詳しく勉強し、警察の捜査に順法精神を要求した草分けである。
メンツに生きるヤクザもまた、カメラの前で甘い顔はできない。そのため、時には吉本新喜劇のコントさながらの事態も起きる。
今回の山口組抗争で、離脱派である神戸山口組の傘下組織が銃撃された際のことだ。テレビの取材スタッフが現場入りし、事務所前で掃除をしていた組員に話しかけ、ダメ元で取材を申し込んだらしい。
その時はとても和やかに話が進んだのだが、その後、幹部が出てきてテレビクルーにこう打ち明けた。
「うちも取材のマスコミにニコニコ対応できないから、カメラを回すときは、あんたらを怒鳴りつけるからよろしく」
テレビ側にすれば渡りに船である。ヤクザが怒鳴る映像は是が非でも欲しい。
「おいコラ、なんだてめぇら。帰れ。いい加減にしやがれ」
思った通りの迫力映像が撮影でき、スタッフは小躍りしたことだろう。
前述の山一抗争では、組事務所を訪れ、呼び鈴を押す取材スタッフが怒鳴りつけられたり、水を掛けられたりする映像が頻繁に流された。おいしい映像をいっそう迫力あるものに仕立てるため、抗争終盤には女性アナウンサーたちがマイクを持たされ、組事務所に突撃させられた。フジテレビの看板アナウンサーである安藤優子もそのひとりだ。
■暴力団報道は気苦労の連続
同じマル暴でも、実際の捜査を担当する刑事と、情報係ではまるで毛色が違う。情報のプロである刑事たちは、おしなべて丁寧な口調を崩さず、看板を盾に虎の威を借るような態度はとらない。なにせ警察は情報をくださいとお願いする側だ。ヤクザの態度をことさらに硬化させるメリットはひとつもない。北風でコートを脱がせられなくても、陽光が照りつければ「ここだけの話」も出てくる。
情報を取るため一緒に飯を食えば、自分の分の代金は払う。私がその場に同席した際、目の前で結構な額を払うので、それを原稿に書いたことがある。
その後、某事務所で出くわしたのだが、エレベータに乗った途端、「なんでああいうこと書くんだよ。困るよ。そもそも親分が困るだろ」と抗議された。どうやら私が書いた原稿を国会議員が取り上げ、国会で質問したらしい。不承不承頭を下げたが、「親分に迷惑がかかるだろ」という言い分に納得できず、険悪な状態になった。だから、のちに山口組から「お前のネタ元はどこだ!」と詰められたとき、私は迷わずその刑事の名前を伝えた。どうせ嘘だし……。
その後もずっと険悪だったのだが、とある義理場で顔を会わせた際、その親分が私とその警察官を呼び、「あんたらは仲が悪いそうだな。ここで手打ちをしろ」といわれ、おそらく相手も不承不承、苦々しい顔で私と握手をした。手打ちもなにも、私は見たままを脚色せず、そのとおりに書いているだけだ。
懇意の刑事との関係は、暴力団のそれより数段気を遣う。表沙汰になれば暴力団から勘ぐられるし、刑事もこれまでのように情報はくれないだろうからだ。誰とつながっているかは決して口外できない秘密なので、現場であっても周囲に関係がばれないよう、あえて声はかけない。
さらりとした記事にみえても、暴力団報道は気苦労の連続である。記事の背後にはそれぞれの記者の戦いが潜んでいる。ヤクザと警察という猛者を相手に、ピアノ線の鋭敏で綱渡りを繰り返す記者たち――暴力団報道の行間を想像するのもまた一興。読書の新しい楽しみになるだろう。
今後、実話誌のヤクザ記事を読む際には、そうした事情をぜひ思い出してほしい。
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(鈴木 智彦/Webオリジナル(外部転載))
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