「ドツボにはまった僕を救ってくれた一冊の本」――Eテレ『100分de名著』のプロデューサーが語る

「ドツボにはまった僕を救ってくれた一冊の本」――Eテレ『100分de名著』のプロデューサーが語る

『行く先はいつも名著か?教えてくれる』(秋満吉彦 著)

 本書は人生の折々で、困難や挫折を乗り越える原動力となった“名著体験”の記録だ。著者の秋満吉彦さんは現在、NHK・Eテレ『100分de名著』のプロデューサーを務めている。約30年前、テレビ局への就職を後押ししたのは、ナチスドイツによって強制収容所へ送られた心理学者フランクルの手記『夜と霧』だった。

「その頃、僕は大学院で、哲学を学んでいました。研究者を志していましたが、よりレベルの高い大学の博士課程に進むほどの実力はなく、経済的な余裕もなかった。でも、他に就きたい職業があるわけでもない。ドツボにはまった僕を見かねたのか、後輩が読むように勧めてくれたのが『夜と霧』でした。

〈人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれに期待しているかが問題なのである〉という一節を読んだとき、世界が180度裏返るような心地がしました。

 それまでの僕は〈なりたいもの/やりたいこと〉ばかり考えていましたが、例の一節に出合い、〈何を求められているか〉が大切だと気づいた。そこで信頼できる友人や先生に真剣に尋ねると『自己主張をするよりも、他人の話を引き出してまとめるのが上手いよね』と言われて。これが就職活動の際、マスコミを志望するきっかけになりました。あのとき後輩に『夜と霧』を勧めてもらわなければ、今の職業には就いていません。偶然に手渡された本に人生を動かされてしまう。はじめて名著の力を実感した体験でした」

 本書では、秋満さんの人生経験に絡めて、『夜と霧』をはじめ、岡倉天心『茶の本』、ガンディー『獄中からの手紙』、ミヒャエル・エンデ『モモ』、三木清『人生論ノート』など古今東西の名著が紹介されていく。

「テレビ局のプロデューサーは花形の職業だと思われがちですが、転勤や異動もあれば希望の部署には配属されないこともあり、上司や部下との不和など、ごくありふれた悩みや葛藤を抱えています。本書が想定する主な読者像は、僕と同年代のサラリーマン。働くことの意味や人間関係、老いと死など、同じような悩みを抱える人たち一人ひとりに語りかけるように、僕が名著に助けられてきた実体験を書きました」

『100分de名著』は、プレゼン上手な講師の解説のもと、毎週25分、全4回の放送で難解な名著を読み解いていく。今年で放送開始から丸8年をむかえた人気番組だ。

「僕は5年前にプロデューサーに就任したときに、自分のミッションは何かと考え、今を生きる人たちに響かなければ意味がないと思い至りました。先輩方が築いた〈古典を解説する〉というベースを受け継ぎつつ、今を生きる私たちは何を考えるべきか、何を問いかけられているのかということを、もっと突き詰めていきたいと考えています。

 例えば、16年に『苦海浄土』を取り上げた際は、大きな反響を呼びました。当時は、石牟礼道子さんがご存命で、本書を“古典”とすべきかという議論もあった。しかし水俣病公式確認から60年という節目の年で、さらに僕の念頭には原発の問題がありました。石牟礼さんは水俣病の問題を照らし出すために、足尾銅山鉱毒事件に立ち返った。そして僕らは原発の問題を考えるために『苦海浄土』を読む。まったく同じことをしているんです。同じ過ちを繰り返さぬように、歴史の叡智に学ぶ。それが古典を現代に読み直す意義だと思っています」

あきみつよしひこ/1965年、大分県生まれ。熊本大学大学院文学研究科修了後、90年にNHK入局。現在、NHKエデュケーショナルで教養番組『100分de名著』のプロデューサーを担当。著書に『仕事と人生に活かす「名著力」』(生産性出版)など。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年4月18日号)

関連記事(外部サイト)